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報告、連絡、相談……社会人の基本だよ?

 事前に約束をしておく、ということはとても重要な事です。社会人なら当然のお話ですね。私はまだ学生ですけれど。


 それこそ、私は私怨でツキトさんを殺そうとしておりますので、決闘の日付を事前に話し合って置くことは大事な事だと思います。いきなり決闘を仕掛けた場合、私が一方的な加害者になってしまいますからね。それはよろしくない。


 ですから事前に話し合いをして、決闘の予定を決めて置くということは大事なのです。……しかし、この世にはそれよりももっと大事な事がありました。


「懐かしいね、ツキトくん。前もこうやってこの部屋で過ごしてたっけ。そんなに昔の事じゃないのにずっと昔の事みたいだよ」


「忙しかったですから。ちゃんとログインできるようになったのもここ1、2ヶ月の間ですし。……そういえば、こうやって二人っきりっていうのも久しぶりですね、先輩」


 それは事前に連絡を入れて、話し合いをする時間と場所を決めておくことです。報・連・相です。それを怠ればこういう事になります。


 ━━さて、現状を説明致しましょう。


 クラン『ケダモノダイスキ』にて決戦の為の準備を終えた私は、『ペットショップ』の跡地に来ておりました。イベントの慰労会会場がここだそうです。


 話を聞いたところ、ツキトさんと子猫先輩が先に来て準備をしているという事でした。実際に足を運んでみると、ニャック達がニャーニャーと建物の片付けと宴会準備をしていましたね。


 焼きそばを一生懸命焼いていたニャックに聞いたところ、二人は奥の部屋にいると言うことなので足を運んだ次第です。


 しかし、部屋に入ってみるとその部屋には何もなく、ただ地下への入り口があるだけでした。入り口の蓋が壊れている下に続く穴があったのです。


 梯子が付いていたので、降りられる様になっていました。……そうなれば下に何があるのか気になるじゃないですか。もしかしたらお二人がいるかもしれないと思いましたし、何より好奇心が勝ってしまったんですよ。


 私はウキウキしながら地下への梯子を降りていきました。


 一番下までたどり着くと一本の通路があり、真っ暗な道がずぅっと続いていたのです。俄然ワクワクしてきたのを覚えています。


 宝探しみたいで楽しくなって来てたんですよね。


 そんな私はランタンを片手に進んでいき、たどり着いたのは一つの扉。


 かつてのトップクランの地下にある謎の扉とか、絶対に何かを隠しているに違いありません。もしかしたら凄いアイテムが眠っているのかも……。


 そう思って勢い良く扉を開け放ちました。閉めました。


 ………………。


 速攻で閉めましたよ、ええ。


 言ってしまえばこの部屋は子猫先輩が作った部屋です。間違いありません。


 修行部屋だったんですよ、黒く光る虫が沢山いました。いわゆるゴキ部屋です、地獄です。


 能力で絶対に扉が開かないように封印してからダッシュで逃げ出し梯子を駆け上りましたね。もう死にものぐるいで。


 そうしたら、入ってきた入り口が何かに塞がれており、上からお二人の会話が聞こえてきた……という感じです。説明終わり。


「久々って……ゲームの中だけじゃないか。いつも帰ってきたら一緒にご飯食べてるのに何言ってんの? ま、ツキトくんがもう少し早く帰ってくれば、もっと長く居られるんだけどねー」


「これでも飲み会は全部断って頑張って帰って来てるんですよ? ……あとちょっと頑張れば続いた休みを貰えるんで、もう少し待っててください。一週間とまではいきませんけれど、遠出できる位の休みを貰いますから」


 私が居ることに気付いていない二人のお話は続きます。


 凄い落ち着いた雰囲気です。和やかって言うんですかね? 二人だけの空間を楽しんでいるようです……気まずい!


「本当!? それじゃあどこかに遊びに行きたいね! そんなに人がいない所がいいなぁ。ツキトくんはどこか行きたい所はある?」


 子猫先輩の嬉しそうな声が聞こえました。……うあー、見える、見えますよ。子猫先輩の嬉しそうな顔が。


 にしても、ツキトさんは悪い人です。こんなに可愛い彼女さんを放っておいて女神様と遊んだりしている浮気者なんですから。


 やっぱり去勢するしか……。


「それじゃあ温泉にでも……と言いたいですけれど、そろそろ話をしに行きませんか? 辛いと思いますけれど、いつかは行かなきゃなりませんし……」


 おっと、シリアスな感じをぶっ込んできました。絶対に子猫先輩のお家の話でしょ。これ。


 色々と複雑な家庭環境ですからね。他人が首を突っ込んでもいいものか悩むレベルですので。


 ツキトさんとしては話し合った方が良いと思っているみたいですけれど、子猫先輩の反応は……。




「やだ。会いたくない」




 ……良くないですね。


「離れてわかったけど……あの人狂ってたよ。絶対に会いたくない、ツキトくんだって会ったら何されるかわからないんだよ……? 怖いよ……嫌だよ……」


 いつもの様子からは想像ができない程の弱々しい声。聞いた話が何かの勘違いだとよかったのですが……そんな事は無かったようです。


 子猫先輩が虐待を受けていたという話は聞いていましたけれど、今の今までは半信半疑でした。


 いつもの明るさと前向きさからは想像できない話です。もしかしたら、ツキトさんが支えになってくれているからこそのいつもの子猫先輩なのかもしれません。


「もう僕の人生にあの人はいらないんだ。君が……君だけがいればいいんだ……だから……だから……っあ」


 泣きそうな声が続いた後、子猫先輩のちいさな声が聞こえました。ちょっと驚いたような声です。……何したんです?


「それを言いに行きましょうよ。もうお前の物じゃないって、自分の人生は自分の物だって。先輩を捨てたその人に、今の貴女を見せてやりましょう。大丈夫、俺も一緒ですから、安心してください」


「……うん」


 布が擦れる音が聞こえました。もしかしたら抱きしめているのかもしれません。なんか上でギシギシいっていますし……。


 というか、意外と彼氏やってるじゃないですか。私の予想が正しければ今のセリフを抱きしめながらやってるんですよね? 頭を撫でたりして、落ち着かせながら。


 …………。


 い、居辛い……。


「でも……ごめん、ツキトくん。その……まだ勇気が出ないよ…………だからさ……その……」


 その居辛さに拍車をかけるように、子猫先輩がどこか恥ずかしそうな声を出しました。ちょ、子猫先輩、やめ……。




「もう少し強く……抱きしめて欲しいな……」




 ンンンンンンん………!!


 私の中になんとも言えない感情が走りました。今ならケルティさんの気持ちがわかります。友人が誰かとイチャついてるのを見るのはキツイです。


 子猫先輩も子猫先輩で「あっ……」とか「はぅ……」みたいな声を漏らしていますからね。これから何が始まってもおかしくはありません。


 私も私でいつまで盗み聞きしているんだって話ですけれど、今動いたら音でバレてしまう危険性があるんですよね。バレてしまった後の事を考えるだけで未動き一つ取れなくなってしまいます。


 お願いですから……お願いですからこれ以上のことはしないで……。


 私は心の底からそう思っていました。色々としんどい。


「……ありがとう、勇気でた。もう大丈b」


 そんな思いを無視するように子猫先輩の声が途切れました。


 何をしたかは言いませんが、私の耳に届いた情報を整理すると……こゃ〜ん。


 それからは少しの間無音が続きました。別に何らかの水音が聞こえていたとかそんな事はありません。本当です。本当ですってば。


「……別に勇気なんて無理矢理出さなくて良いんですよ。そのうち向き合える時が来るはずだから」


 沈黙を破ったのはツキトさんの優しい声でした。普段の様子からは想像することができない、子猫先輩だけが知っている声です。


「もしもその時がきたら教えてください。いつだって俺が先輩を守りますから」


「うん……ありがとう……本当に……」


 それからしばらくは静かな時間が続きました。


 きっと何も言わなくてもお互い通じあっているんでしょうね。お二人の仲はそれ程まで深いのです。


 悩みとか、不安とか、抱えているものはあるんでしょうけれど、この二人ならきっと乗り越えて行けることでしょう。


 ですので、早くイチャつくのやめて! もう私耐えられない! 次会っときどんな顔して会えばいいのかわかりませんよ!


 お願いだから早く!


「……あ、そ、そろそろニャック達の準備、終わったんじゃないかな? ちゃんと見てあげないとおかしな事になりそうだしね、一回見に行こうよ!」


 流石子猫先輩、空気が読める。


 私はそう思いながらホッと安堵しました。ようやくこの空間から開放されるのです。長かった……。




「え? いいじゃないですか、アイツらに任せておきましょうよ。まだ宴会までは日がありますし……駄目ですか?」




 このスケベ野郎、なんて事を言うのですか。


 もう耐えれませんよ。私はお二人のイチャイチャでお腹がいっぱいです。これ以上やられたら死んでしまいます。


 直接的な事は言っていませんけれど、私にだってこの言葉の意味はわかりますよ。はい。


 でも……大丈夫です。子猫先輩はツキトさんとは違いますから、まさかこんなところでおかしな事をするわけがありません。


 私は安心して子猫先輩の言葉を待つことができま……。




「ろ……ログアウト……するね?」




 なるほど。その手がありましたか。


 子猫先輩の言葉と共にお二人の気配が消えました。耳に届くのは完全な静寂、人っ子一人いないでしょう。……よし。


 私はそう判断して、穴を塞いでいたベッドをずらして脱出。何もなかったかの様に家具の配置を元に戻してテレポートのスクロールを使い『ペットショップ』跡地を去りました。


 いやぁ、お二人がどれ程仲が良いのか良くわかりましたね。いろんな意味でとてもドキドキしましたよ。これからはちゃんと事前に連絡をするようにしなくてはいけません。


 はぁ……空が青いなぁ……。


 私はそんな事を呟きながら、全てを忘れるべく何処までも澄み渡る、青い大空を見上げるのでした……。






 後日、子猫先輩にチャットを入れたら宴会の出し物として決戦の場を整えてくれるみたいです。

 地下闘技場もあるので、なんの問題もないとの事でした。


 最初っからこうすればよかったんです。一分もしない間に決定しましたから。


 報・連・相……社会人の基本って、とっても大事なんですねぇ。

・とある女神からのタレコミ

「『浮気者』の奴、ずっと膝の上に彼女を乗せてあれやこれやしていたよ! 世界を超えて逃げられたからそれ以上は見れなかったけどね!」


 後でからかってやろー、と言っていた彼女がどうなったかは誰も知らない……。

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