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食欲とプライド

 クランに戻った私は、その辺で暇をしていた男性の黒子さんを捕まえて、チップ様の居場所を聞き出していました。


「つ、遂に本性を現したな……!」


 盛大に勘違いされたので、交渉材料として刃物を用意すると、黒子さんは両手を上げて震えだします。……何も物騒な事なんて考えていませんよ。なので、早くチップ様の居場所を吐くのです。そうでなければ、このままでは貴方の首と胴体がお別れすることになってしまいますよ? 悲しいですね。


 私はニコりと笑顔を作ります。


「言っている事が支離滅裂ってレベルじゃない!? お、お前みたいな奴を長のところに案内できるわけ無いだろ! どんな風に脅されても、絶対屈しないからな!」


 む。


 存外にマトモな感性を持っていますね。

 しかしながら、私はチップ様に歯向かおうなどとは微塵も考えていません。少しお話ししたい事があったのと、お土産を持っていこうとしていたのです。

 そこまで言うのでしたら、貴方を通じて渡して頂いても、一向に構いませんよ?


 そう告げると、黒子さんはハッとした様子で口元を抑え……。


「お土産……? 舌触りの2号……。まさか、自分自身を生け贄に、長に取り入るつもりか……?」


 おかしな事を口走りました。はい、待ったー! 舌触り!? どういうことですか! 私は叫びます。


 恐らくは、チップ様に私がご馳走さまされた件についてのお話なのでしょうが……、舌触りって、ちょっと貴方。


「いや、長がポロラの事を、そんな感じに言ってたから」


 こゃ~ん……。


 な、なんということでしょう。

 食料2号と言われ、これからも食べられるのかとショックを受けていたのに、更に食べられる理由ができてしまっていたとは……。


 私はチップ様の口に合う味をしていたのですね……。


 って、何でそんな会話をしているのですか。人を食べた感想を聞くとか常軌を逸していますよ?


「え。こうやって刃物を向けて会話するのは普通なの? 常識って何?」


 このゲームなら普通です。

 死んでも生き返られるんですから、これは簡単なコミュニケーションというものですよ。強いて言うのなら、スタンプ機能みたいなものです。


 そう私が常識を教えてあげると、黒子さんは困惑しながらこう言いました。


「物理的に潰して殺すのは、スタンプ機能って言わないんだよ……?」


 知っています。


 それで、なんでそんな事を聞いていたんですか? まさか『暴食』持ちのプレイヤーがまだいるって話じゃ無いですよね!?


 チップ様の食欲の暴走は『ギフト』のせいだと聞いています。能力のデメリットだそうです。

 あんな感じで、無意識に人を食べたくなるプレイヤーが同じ組織の中にまだ居るというのは、中々ヤバイものがあると思うのですが……。


「いや、チャイムさんが聞いてたんだよ。『実際のところ、どう思っているのですか?』って。そしたら長が……」



「ん……あー……。ポロラはなんか……舌触りが良い気がする。チャイムは食べごたえがあるよな?」



「って、言っていたから……」


 私はその場に崩れ落ちました。


 恐らくチャイムさんは、『仲間を食い殺す事について』質問したのでしょう。けれど、チップ様からは完全に食料として見られているじゃないですか。ヤダー。


 もしかして、歯ごたえの1号に舌触りの2号って感じですかね……?


 全然嬉しく無いんですけどぉ!


「食べられるのが嫌で、そろそろ反逆でもしようとしているんじゃ、って噂されてるよ? お前。だから暫く大人しくしていた方が良いと思うな」


 私の評価ぁ……。


 チップ様の飼い狐として努力し、謙虚に生きようと心に誓って間もないというのにも関わらず、女神様は早くも試練を与えてきたようです。


 ……わかりました。これを乗り越えてこそ、私の誠実さというか、清楚さみたいな、ふんわりしたものが貴方達にも伝わるということですね?


「もとよりそんなの無いじゃん。今の時点で姿形も無いし」


 あります。


 ならば証拠をお見せしましょう。……私を調理室に案内なさい。目にもの見せて差し上げます。


「遂に覚悟を決めたんだな。わかった、華々しく送り出してあげるよ……」


 また勘違いされているようですが……まぁ、よいでしょう。


 私の真の姿を見せてあげます……!



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「長は作戦室で会議中だけど、そろそろ休憩のはずだよ。幹部連中が出てきたら、その隙に会いに行けば良いんじゃないかな?」


 そうだったのですね、ありがとうございます。


 私は黒子さんを懐柔し、チップ様の居場所を教えてもらいました。……ふふふ、私の手に掛かればこんなものですよ。


 それじゃあ、と言って去っていく黒子さんを見送り、軽やかな足取りで作戦室へ向かいます。

 すると、タイミング良く、部屋からクランの幹部達が出てきました。……あ、チップ様にお土産を届けに来ましたので、通してくださいねー。


 そう言うと、数名は憐れみの目を向け、先頭を歩いていたチャイムさんは、


「気を強く持って、前を向いて生きていこう……お互いに……な?」


 顔を伏せながら私の肩を優しくポンポンと叩き、去っていきました。頑張ってください。


 さて、皆さんが休憩をしに行ったのを確認して、私は作戦室の中に入ります。すると、大きな地図を貼っているホワイトボードの前で、悩んでいる様子のチップ様がいらっしゃいました。


 部屋に入って来た私に気付き、よっ、と小さく挨拶をされました。


「どうした? 今は会議中だぞ……?」


 随分長引いているのでしょうか? チップ様からは疲労の色が伺えます。……今日は差し入れにとお菓子を持って参りました。あ、勿論お茶も用意しております!


 私はそう言うと、空いているテーブルの上に、アイテムボックスから取り出したティーセットとクッキーを並べます。


 アフタヌーンティーの様にいくつもお菓子があるわけでは無く、最低限の質素なものですが、ちょっとした差し入れですので、こんなもので御容赦致します。


「……ふぅん、どこで買ってきたんだ? コルクテッドにこんなの売ってる店があるっていうのは知らなかったな。一つ貰うよ」


 そう言いながら、チップ様はクッキーを摘まむと口の中に放り込みます。


 すると、少し驚いたように目を開き、口元を綻ばせました。そして、私がそれを見ている事に気付くと、サッと顔を隠してしまいました。


 良かった。チップ様のお口に合った様です。


 ………どうですか? 実はお菓子作りには自信がありまして。その辺の有象無象の店売りの物よりは、美味しいと思いますよ?


 私は、ふふん、と胸を張りました。


 このゲームで料理をする場合、スキル『料理』を使って作成する方法と、食材を持ちより実際に一から作る方法の2通りがあります。


 後者の場合、リアルスキルを使う事ができるので、スキルが使えない私でも、問題なく調理をすることができたという事です。リアル女子力万歳。


「手作りなんだ……凄いね……じゃない! す、凄いな。美味しかったよ、サンキュー」


 ?


 チップ様?


 なんか、急にキャラが変わった感じになりましたね? もしかして、普段の気を張っている感じは作っているキャラなのでしょうか?


 ……ちょっと揺さぶりをかけてみましょう。


「な、なんだよ。ニヤけた顔して……」


 チップ様、チップ様。


 どうぞ一つと言わずに、もっと食べてくださいよ~。味だって、ジャムやチョコチップとか色々用意してみましたから~。美味しいですよ~?


 私はクッキーを一つ摘まんで、チップ様の口元に持っていきます。


「う……、あ、後で食うよ。感想も後で伝えるからさ」


 でも、私は出来立ての感想が聞きたいのですよ。今が一番美味しいのに勿体無いです。ですから……はい。あーん。


 チップ様は少し恥ずかしそうにしながらも、食欲に負けてしまったのか、目を逸らしながらもゆっくりとお口を開きました。


「あ、あ~ん……」


 実に素直で可愛らしいと思った私は、迷うこと無く、クッキーを自分の口の中に入れました。……我ながら良い出来です。美味しい。


 それに気づいたチップ様は慌てた様子で私の手を掴むのでした。


「ひ、酷いよ!? 私にくれるっていったのに!」


 ……?


 え? 私?

 確かチップ様の一人称は『アタシ』だと思ったのですが……。


「……あ」


 自分の素が出てしまったことに気づいたチップ様の顔は、みるみる間に赤く染まっていきます。


 今さらですけど、この人。見た目は軍服を着こんだ堅苦しそうな女性軍人、みたいな感じなんですよ。普段の印象は。

 ですのでこの状況を分かりやすく例えるのなら、学校生活で怖い先輩の意外な面を、垣間見てしまった様な感じですかね?


「ぽ、ポロラ」


 はい?


「今のは聞かなかった事に……して……ね?」


 チップ様は目を潤ませながらそう懇願してきました。その様子を見て、私は笑顔で頷きながらまた新しいクッキーを摘まんで、チップ様に差し出します。


 当たり前じゃないですか。今日の事は私とチップ様だけの秘密です。なので……ほら。あーん。


 拒否されると思っていましたが、チップ様は戸惑いながらもゆっくりと口を開きました。


 これ以上意地悪をするつもりはありませんので、慎重に口の中にクッキーを入れました。……美味しいですか?


「う、うん……おいひぃ」


 私の質問に、チップ様はモグモグと口を動かしながら答えます。その顔は恥ずかしさが混ざった笑顔をしておりました。


 ……なんでしょう、この可愛い生き物? ずっと餌付けしていたい気分になってきたのですが?


 しかし、もう会議の休憩時間も終わってしまうことでしょう。そろそろお暇しなければなりません。こんなところを誰かに見られてしまっては、どんな噂が立つかわかったものではありません。


 私は残念な気持ちになりながらも、この場を去ることをチップ様に伝えます。


 それでは、私は帰りますので、残ったクッキーは会議のお茶請けにでもしてくださいな。失礼します。


 と、帰ろうとしたのですが、


「あ、ま、まって!」


 チップ様に腕を捕まれて止められました。……はひ? なんですか?


 驚いて振り替えると、チップ様は私に向かってクッキーを摘まんで手を伸ばしていました。


「これじゃあ私だけ……じゃなくて、アタシだけ恥ずかしい思いしただけだろ。だから……ポロラ。お前も、口、開けろ」


 え。


 あ、は、はい……。


 予想外のチップ様の行動に、少し驚いてしまいましたが……なんて事はありません。

 チップ様なりのスキンシップみたいなものでしょう。私に対してのお返しという訳ですね。


 私はそう考えて、素直に口を開きます……が、とあることに気付いてしまいました。


 あれ? 結構恥ずかしいですね、これ。

 チップ様、なにもしないでずっとこっちの事見つめてきますし。どうやら、向こうもいざやろうとしたら恥ずかしくて、中々踏ん切りができない様です。


 どうしましょう……。


 このまま見つめあっていても、どうしようも無いのですが……。


 …………。


 え……えーい! どうにでもなれー!


 私は思いきって、クッキーを持っているチップ様の手にパクつきました。そしてクッキーを奪い取り、急いで咀嚼し飲み込みます。


 いきなりの行動に驚いたのか、チップ様は固まってしまいました。しかし、すぐにハッとしてボソリと呟きます。


「ほ、ほら、恥ずかしいだろ……。これからはすんなよ……。頼むから……」


 う……わかりました……。


 確かにこれは恥ずかしい……。


 もしも誰かに見られていたら、恥ずかしすぎておかしくなるところでした。しかしながら、この部屋には私とチップ様と幹部の皆さんしか……。


 しか……。


 !?


 私が気づいたのとほぼ同時に、チップ様も帰ってきた幹部の皆さんの存在に気付いたようです。見たことも無いような、驚愕の顔をしています。


 そして、驚いている私達を見て、先頭に立っていたチャイムさんが微笑みながら、こう言ったのです。


「ブラボー……」


 それを合図にしたように、周りの幹部達も続いて、「いい……」「……猟犬と狐の組み合わせは鉄板」「キマシタワー……」等と口にしながらパチパチと小さな喝采を私達に向け送ります。……チップ様、質問があります。


「……なんだ?」


 あれらは殺しても良い、ウジ虫さんですか?


 私の問い掛けにチップ様は頷くと、拳銃に銃弾を装填して答えます。


「生かして返すな、全員殺せ」


 イエス……マム!

 うーじっ虫、ウッジむしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!


 私は武器を手に取ると、絶叫を上げながら、覗き見をしていた愚か者達に襲いかかるのでした。





 チップ様の支援を受け、私が幹部を皆殺しにした結果、今日の会議は中止になりました。


 なお、覗き見をしていた幹部達はクランに戻って来た後、軍法会議にかけられ、問答無用で全員処刑されました。クランに少しばかりの平穏が訪れたのです。


 めでたし、めでたし。





 って、開封の事を聞くのを、忘れてました……。


・クラン ノラ

 クラン『ペットショップ』から派生した、傭兵派遣……もとい、新人及び弱者救済が目的のクラン。基幹メンバーは『ペットショップ』において斥候部隊を率いていた『ガンドッグ』の二つ名を持つ獣人『チップ』。そして彼女を慕っていたコボルト『チャイム』の二名である。また、黒子達は元々斥候部隊のチップ直属の部下達であり、戦闘要員ではなく後方支援(サポーター)として運用されている。逆にチャイム直属の部下達は戦闘要員であり、他のクランへの派遣や治安の維持に勤めている。

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