最後の悪足掻き
《ワールドイーター》による魔法のカウンターが始まったことにより、戦況はより激しいものに推移しました。
大きなダメージを出している方に向かって多量の魔法弾が飛んでいくので、ダメージが思うように稼ぐことができないというのが現状でした。
けれども、そこは歴戦の皆様ですから。すぐに対策を立ててきます。
「ターゲットがこっちに向いたよ! みんな、今の内に攻撃をよろしく!」
師匠の声が辺りに響きました。
単純な火力ならば覚醒していなくても師匠がトップのようです。簡単に自分に対してターゲットを操作します。
魔法弾の雨を前にして、一瞬の間に彼女の姿が消失しました。ターゲットを失った魔法弾はあらぬ方向に飛んでいき、地面に着弾して消えてしまいます。
アークさんの姿をくらませる能力を上手く使っているみたいですね。
そうやって師匠が魔法のターゲットを引き受けてくれたことにより、我々もかなり攻撃しやすくなりました。
そうやって総攻撃を受けている《ワールドイーター》ですが、その姿は全く変わっていません。むしろ回復していました。
私とケルティさんで切り落とした左腕も、いつの間にか再生しております。
HPについてはガリガリと減っていっているそうですが……。
「チップぅ! コイツの残りHPはぁ!?」
「残り四割きった! でもいま攻撃しなかったからかなり回復された! 確認する暇あるなら攻撃しろ! ツキト!」
戦線に復帰したツキトさんと、ウィンドウを表示しながら攻撃しているチップちゃんのやり取りでわかるように、凄まじい回復速度のせいで油断しているとあっという間に回復されてしまいます。
とにかく攻撃を続けなければなりません。
私もチップちゃんの近くで大爪による攻撃を続けています。……的が大きいのは良いんですけれど、いい加減見飽きたので死んでくれませんかねぇ!
大量の大爪を《ワールドイーター》に向かって打ち出していきます。
刃が擦れる音と共に射出されたそれは、他の攻撃をしている方々の間を通り抜けて着弾していきました。
しかしながら、とある物を狙って撃ちだした数本は《ワールドイーター》の腕に阻まれ止められてしまいます。
やっぱりディリヴァを狙う攻撃は駄目みたいですね。
「いや、それでいい。防ぐために腕を使わせる事ができるから。その調子でよろしく」
近くにいるチップちゃんはレーザーによる射撃をしながらそう言いました。
片腕による攻撃が無くなった瞬間に、《ワールドイーター》の近くで戦っていた方々の攻撃が再開します。こうして見るとワッペさんの炎って目立ちますね。頑張っているようです。
そんな中、最大戦力であるツキトさんが大きく動きました。
私が突き刺した大爪に向かって跳躍し、肉塊の巨体を駆け上っていきます。
こっちも馬鹿の一つ覚えで攻撃していたわけじゃありません。近接職の方々が弱点に攻撃できるように、足場を作るつもりで大爪を突き刺していたのです。
そんなツキトさんに、自分の身体を登ってくる虫を払い落とそうとする巨大な手が迫ります。
その手が彼に直撃する瞬間、ツキトさんの身体は黒い霧となって霧散しました。もちろん、死んだ訳ではありません。
輪廻の『カルリラ』の神技、『カルリラの契約』です。
《ワールドイーター》には神技が通用しないという事がヒビキさんによって証明されましたが、『契約』は自らを強化するスキルですので問題はないでしょう。
漆黒の外套に身を包み、死神の姿になったツキトさんが次に姿を表したのは、《ワールドイーター》の肩の上でした。
「その首、もらったァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
大鎌を振りかぶり、ツキトさんは叫びます。
腕で防御しようとも無駄なこと。スキルを発動させたツキトさんの動きは、通常時の物とは比べものにならない程でした。到底間に合うとは思えません。
白銀の刃が煌き、大鎌が振るわれます。
その一撃がどれほど鋭いものだったのかはわかりません。けれど、それは今まで私達がしてきたどんな攻撃よりも、強烈な一撃であった事はひと目でわかりました。
大鎌を振り抜いたツキトさんに対して、反撃の魔法陣が展開します。
それとほぼ同時に……。
《ワールドイーター》の頭部はゆっくりと傾き始めたのでした。
一目でわかる致命傷。
私も首元に何度か大爪を撃ち込んでいました、防がれるか突き刺さっても切断まではできませんでしたが。
人型をしている以上、そこを切り落とされたらただでは済まない筈だとおもっていましたが……この反応を見るに正解だったようですね。
地面に向かって降下していく頭部。
首の切断面から吹き上がる体液。
垂れ下がる両腕。
消滅する魔法陣。
その場にいた全員が、《ワールドイーター》の死に様を眺めていました。
ただ一人を除いて。
「攻撃を止めるなぁ! 残りHPが回復している! 死んでない!」
チップちゃんの警告と共に、《ワールドイーター》から黒い波紋が広がりました。
HPとMPが急激に減少し、凄まじい疲労感が私を襲います。……やるだろうと思っていましたけれど、エナジードレインですか。
厄介な限りですが……知っていますよ、それ一回使ったらしばらく使えないんですよねぇ!
私は『嫉妬』のギフトを発動させ、お返しとばかりに黒い波動を飛ばしました。
波動が《ワールドエンド》の身体に着弾したと同時に、失われたHPが戻ってきます。追撃でやられるなんて絶対にゴメンですからね。
他の方々も、子猫先輩とオークさんの能力ですぐに回復はしているようでしたので身動きが取れずに死ぬという事はないでしょう。
しかしながら、回復して再度立ち向かおうと構える私達の目に映ったのは、さらなる絶望でした。
《ワールドイーター》はゆっくりと動作で胸の前で手を合わせています。そして、ゆっくりとした動作で手を離すと、掌の間にさっきも見たエネルギーの塊が集まりつつありました。
動作は違いますが、間違いなく『ソウル・オーバー』を発動させようとしています。
「きたっ……! 全員攻撃に集中しろ! 私達でなんとかする!」
それを見たチップちゃんが指示を飛ばしました。
立て続けに起きる予想外の事態に硬直していた方もいましたが、その声で我に返り攻撃を再開しました。
『ソウル・オーバー』の予備動作中はカウンターの攻撃もしてこないようで、殴り放題です。
胸の前でチャージしているので、ディリヴァへの攻撃はできませんが……。
「ポロラ、さっき言ったとおりだ。ギリギリまで攻撃してもらうために、アタシが指示するまでは待機していてくれ」
もちろん。私はチップちゃんに従いますよ。
というか、そうしなかったら全滅ですからね。全力で待機させていただきます。
私は座っていた大爪の上に立ち、《ワールドイーター》の攻撃を阻止する為の準備をしました。大丈夫、よく見えています。
狂った様に大鎌を振り回し、肉を削ぎ落としていくツキトさん。
なんとかして、腕を切り落とそうと飛び回るケルティさんとそのパーティメンバー達。
ただ愚直に、繰り返し拳を繰り出すシバルさんとメレーナさん。
必死に炎を吹き出すワッペさんに、魔法絶えず使い続けるケモモナ……全員が自分にできる事を必死にやっていました。
絶対に発動させてはならないという思いが、その行動から伝わってくるようです。
きっと、ツキトさんが首を切り落とした時点で《ワールドイーター》のHPは殆ど残っていなかったのだと思います。だからきっと、これは最後の悪あがき。
ここさえ乗り切れば、きっとエンディングはすぐそこです。
みんなでエンディングを見るために、私も自分にできる事をいたしましょう。
《ワールドイーター》の手の間で集まっていた光が大きく輝くと共に、その膨張が止まります。
その後、一気に収縮し……。
「今だぁ! やれぇ!」
チップちゃんの掛け声がかかります。
その声を聞いた瞬間に、私は━━。
大きく開いていた口を、齧りつく様に閉じたのです。
歯と歯がぶつかる音がしたと同時に、『ソウル・オーバー』の光球がその手ごと消滅しました。
『暴食』のギフトによる捕食攻撃。私自身何回もやられてきた、何でもかんでも食べてしまう問答不要の攻撃。
この間の邪神戦でも攻撃を食べられたりしましたからね、確かにできないことはないでしょう。チップちゃんに言われなかったら気が付きもしませんでしたが。
「よし、上手くいった! HPも1割を切っている! 一気に攻め立てれば倒せるぞ!」
嬉しそうな声が隣から聞こえてきました。
《ワールドイーター》の動きも止まっていますからね。確かに大成功でしょう。
このまま押し切る事ができれば我々の勝利です。……そうですね。もうここまで来たらゴリ押してしまった方が早いまであります。
私ももう少し近づいて一気に……!?
そう思っていたときです。
《ワールドイーター》の体表に出現していた口の様な器官から一斉に叫び声が上がりました。
その後、頭上にまるでプラネタリウムを思わせるように数多の魔法陣が出現します。それこそ、夜空に光る星の数ほどです。
さっきのが最後だと思っていたんですけれどね……どれだけ粘れば気が済むのだか。
ため息を吐く間もなく、魔法陣から魔法弾が打ち出されました。誰かを狙っているわけではなく、完全に無差別な攻撃のようです。辺りに猛吹雪が吹いているのでは無いかと思う程、魔法弾が飛び回っています。
発動したであろう《ワールドイーター》もこの攻撃を受けていました。……っちぃ! ここまで来て発狂モードとかどんだけ厄介なんです!? ふざけんじゃありませんよ!
チップちゃん! ここから私をディリヴァのところまで飛ばしてください! 直接ぶっ潰してあげます!
私は周囲に刃で防護壁をつくりそう叫びました。おそらくアレを潰せば終わるでしょう。
しかし……。
「ごめんっ! 魔法弾が多すぎてちゃんと視認できない! それに、能力を発動する隙が無いんだ!」
なんですと!?
アーマーズを装着しているおかげでダメージはないのでしょうが、彼女の能力は視界が確保できなければ発動できないというデメリットがあります。
良い発想だと思ったんですけれど……仕方ありません。何か他の手を考えましょう。
しかしながら、そうやっている内にも魔法弾は降り注ぎ続けます。防御に撤しなければあっという間にやられてしまうでしょう。
ギフトの中で、ここから攻撃に転じられるものは残っていません。
ここまま守っていて《ワールドイーター》が先に自滅してくれるとも限りませんし、いったいどうしたら……。
ピコン。
……ん? なんですか、こんな時に……んん!?
刃の防護壁に守られながら思考を巡らせていると、唐突に信じられないものが気の抜けた音と共に現れました。チャットウィンドウです。
別に出てきてもおかしくはないのですが、問題はその送り主でした。
それが子猫先輩や、ツキトさんの様な攻撃を多少くらいながらもチャットを送る事ができそうな強い方ならばおかしいことはありません。
しかし、その送り主に私は驚きを隠せませんでした。
『シーラ 今、ポロラさんの真下にいます。すぐに来てもらえませんか?』
き、金髪ちゃん!?
私は驚きながらも防護壁を一部取り除きました。
魔法弾が来ないように下方の大爪だけをどかして、慎重に見下ろしたのですが……そこには本当に金髪ちゃんの姿があったのです。しかもたった一人で。
そして、更に驚いたのは……。
この荒れ狂う攻撃の中、彼女は戦闘が始まった時の姿と全く同じ姿をしていた事でした。




