産まれ出る者
私がギフトカードを使った際に出現したウィンドウは二つ。
一つは邪神化を告げるウィンドウで、これを見た瞬間に私はやってしまったと思いました。もうどうしようもない。
しかしながら、同時に『プレゼントを開封しますか?』という文字が書かれたウィンドウも出現したのです。まさに渡りに船と言ったところでした。
このタイミングで出てきたという事は、何かしらの条件を満たしたとしか考えられませんでしたからね。
まさか同時にウィンドウが現れるとは思っていなかったので少し驚いてしまいましたが、結果的にはオッケーです。
邪神化のウィンドウが表情されきる前に、私はウィンドウを操作して『プレゼント』を開封しました。
それと同時に、両手にはめていた黒籠手は形を変え、ドレスで着飾るときに付けるような長い手袋へと変化しました。
肘までを隠すような手袋で、どう見ても戦闘用には見えない代物です。……なんか思ってもなかった変化ですね。最初に開封したときみたいに大分能力も変わっているんじゃないですか?
戦闘中ではありましたが、とにかく何が変わったのかを確認しなければお話になりません。
なので、私は周囲を警戒しつつ、この『プレゼント』の細部をウィンドウに表示しました。
名前は『神喰い狐の完全武装』。
黒籠手のときの能力はそのままで、更に邪神やギフトについての能力が加わっていました。……というか、これ、ほとんど覚醒した時と同じ能力ですね。
刃を作るのは手元でしかできないみたいですが、ギフトカードを使えば使うほど能力が強化されるというのは私の覚醒状態と一緒です。
尻尾が増えれば増えるほど、刃を操作するときの精密性は上がりますからね。
そして、新たに追加されたのが『その身に宿したギフトの数に応じたギフトとステータス強化』と『身につけている限り邪神の力に対して耐性を持つ』という二つの能力でした。
前者はそのままですね、ギフトカードを使った分だけ私は強くなることができます。
後者については今の現状が物語っていますね。
邪神化を告げるウィンドウは消えてしまい、私は未だに正気を保っています。……邪神化を阻止できる位の耐性ですか。素晴らしいですね。
しかも、『邪神の力に対して』って事はギフトに対しても耐性があるという事です。もしかしたら、ギフトを使った際のデメリットも無くなっているかもしれません。
ふふふ……最高ですよ。邪神の親玉を目の前にしてこの強化ですからね。殺せと言っているようなものです。
ついつい笑みが溢れてしまいました。
それを見てしまったのかヒビキさんとツキトさんが何かを言っていますね。まぁどうでもいいです。とりあえずステータスの確認もしたいですからね。どの位上がっているのか……。
と、そんなときです。
いろいろとウィンドウを表示させて確認をしようとしていた私の背中に衝撃が伝わりました。具体的に言うのなら、誰かが尻尾の中に倒れてきた感じです。何事?
「意識がない今がチャンス……もふもふぅ……」
……………。
振り返って尻尾を見てみると、そこには幸せそうな顔をしながら尻尾の毛並みに身体を沈ませているヒビキさんがいました。大きな人形はそのままですので、新たに新しい人形を呼び出したのでしょう。
そして、どうやら私が邪神化してしまっていると判断したようで、こちらの意識は無いものだと思っているみたいです。
そういえば、この人も私の尻尾を触りたがっていましたね。
戦闘中に何をしているんだか……せいっ!
私は尻尾に頬擦りしているヒビキさんの頭に容赦なく拳を振り下ろしました。まぁ容赦なくといってもそれ程強くはありません、かるーい感じにゴツンとです。
思いっきりぶっ叩いて壊れてしまっても困りますから。
しかし。
「もふもふ……あ、やば……あがっ!」
私の拳が当たると同時に、ヒビキさんは小さな悲鳴を漏らして地面にバラバラになって散らばってしまいました。
崩壊も始まっているようですので、どうやらHPが0になってしまったみたいですね。……え、私どれだけ強くなってるんですか?
ヒビキさんの人形は個体によって強さが違うらしいですが、こうやって戦場に出しているのであればそれなりの強さをもった個体でしょう。
それを一撃で……。
へー、ふーんー、ほー……。
これは……楽しくなってきましたねぇ!
私は胸の高鳴りを感じながら、高らかに笑い声を上げて暴れまわる触椀を見上げます。
大きいヒビキさんが打撃を加えているようですが、いまいち攻め手にかけている用に見えました。これは私も戦わなくてはいけませんね。
いつもの要領で大爪を展開していきました。尻尾が増えましたので、十個以上の黒い刃の塊が私の周囲に展開されます。
更に属性付与により火力を増して……細切れの時間です。
私は大きく腕を振るい、作り出した大爪を触椀に向かって撃ち出しました。それは空を切る音を立てながら飛んでいき、正確に突き刺さっていきました。
最初に作った大爪だけで触椀の動きは大分落ちてしまいます。……おやおやおやぁ? まだおかわりもしていないのにダウンですかぁ?
私はもう一度大爪を作り出しました。
一瞬の内に展開した大爪を、今度は上空から触椀を地面に縫い付けるような勢いで発射します。
それらは動きが鈍っていた触椀に突き刺さり、触椀が完全に動きを止めた頃にはまるで剣山のようになっていました。
いやぁ、いいですねぇ。
いい火力です。あっという間に倒すことができましたよ。邪神に対して耐性があるとだけ書いていましたが、もしかしたら追加ダメージもあるのかもしれません。検証していないのでわかりませんが。
そういえば、目の前に検証に使えそうなのがいますねぇ……協力していただきましょうか?
私はそう思いながら、二つの触椀を失った《ワールドイーター》を見上げるのでした。
その後、ツキトさんと師匠に尻尾をもふられそうになったりもしましたが、大質量の九本の尻尾を振り回し撃退しました。
なんだか吹き飛ばされるときに幸せそうな顔していましたね。……この人達はホント、戦闘中に何考えてんだか。
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二本の触椀を倒された《ワールドイーター》はその巨体をゆっくりと動かして、次の触椀を私達に向けました。
よく見ると、向けられた二本はよく見ると表面に特徴があります。
一つは表面がビッシリと小さい骨のようなもので覆われていて、もう片方は黒い金属で覆われています。特徴的に『嫉妬』と『傲慢』ですかね?
『傲慢』の特性を鑑みて、後で倒すのは得策ではないでしょう。他の触椀を倒したらパワーアップ……なんてされたら困りますし。しかし『嫉妬』の方はエナジードレインをしてくるはずなので、先に倒したいところ。どうしたものですねぇ。
しかしながら、そんな事は考えないと言いたいかのようにツキトさんが指示をだしました。
「今度は俺とシバルさんが『七神失落』を打ち込む、それと同時に攻撃を開始しろ! 全部まとめてぶっ飛ばしちまえ!」
……わかりやすくてありがたいですね。
ツキトさんの叫びと共に、二本の触椀が光の鎖によって身動きを封じられました。
鎖が砕け散るのと同時に攻撃を仕掛けるべく、その準備として周囲に大爪を展開します。……そうだ。操れる量が増えたたのなら、戦い方も変えるべきですね。
私は新たに大爪作り出し、その上に腰掛けます。上手くいくといいんですけれどね。
準備が終わった瞬間に光の鎖が砕け散りました。それと同時に周りの皆さんも攻撃に移ります。
それでは……私も行きますか!
私は座っている大爪を浮き上がらせて、上空へと飛び上がりました。前から数に余裕があったらやってみたかったんですよね。
大爪を操作する要領で動くができますし、普通に自分で動くよりも速く移動することができます。
それに、こうやって飛べば標的もよく見えますしねぇ……。
私は周囲に展開させていた大爪を動いている触椀に向かって突き刺していきました。そして、着弾した瞬間に操作を止めて新しい大爪を作り出します。
安全圏から物量で無理矢理な制圧……。
これ気持ちいいですねぇ。上から眺めているというのも相まって優越感がたまりません。
攻撃が当たる度に触椀もビクビクしていますからね。ほらほらほらぁ、コレがいいんでしょう? さっさと串刺しになって死んじゃいなさいなぁ。
ちゃんと属性付与もしてありますので、属性の追加効果により動きを止める事にも成功していますからね、味方の支援も同時にできています。
なのでこのまま気持ちよく串刺しにしていきましょうかぁ……!
私は継続して攻撃を続けました。
あまりにも攻撃をし続けた結果、二つの触椀から一気に狙われたりもしましたが、そこはヒビキさんが殴って弾き飛ばしてくれます。
覚醒していないのにも関わらず、一撃で触椀の一部を削り取るなど、師匠の火力も素晴らしいです。
もうあっという間に追加の触椀も動かなくなってしまいました。
元々火力の高い皆さんが更にバフがかかった状態で戦っていますからね。たとえラスボスだとしてもこのザマですよ。
懸念していた『傲慢』のパワーアップも無かったみたいですし……あれ?
私は次の触椀を動かして蠢く《ワールドイーター》を見て、不審な点に気がついてしまいました。
もう既に残っている触椀は三本、あまりにもサクサクいきすぎではないでしょうか?
コレって、ラスボスなんですよね? その割にはあまりにも手応えがありません。
『七神失落』を使っているからと言っても、もう少し手強くていいのでは無いでしょうか? 攻撃だって普通に見きって避ける事ができますし。
それに『嫉妬』の特性を持っている筈の触椀がエナジードレインをしてこなかったのも気になります。……ツキトさんに報告するべきでしょう。何かおかしいです。
私はそう考えをまとめると、乗っている大爪を操作してツキトさんの近くまで移動しました。
すると、彼はチラリとこちらの事を確認して落ち着いた様子で口を開きます。
「どうした? もう少しで次の腕が出てくるぞ?」
その顔は厳しく、何かを考えているようにも見えました。
た、多分わかっているから言うんですけれど、何かおかしくはありませんか? いくらなんでも順調すぎると思うんですけれど……。
私がそう言っている内にも、《ワールドイーター》は次の触椀をこちらに向けようと必死に身体を動かしていました。もうすぐ攻撃が始まります。
それに備えなくてはいけないとわかってはいましたが、それでも気になって仕方がなかったのです。……もし、この違和感が本当で、手遅れになるかもしれないのなら早めに手を打った方がいいと思います。貴方なら何か思い浮かぶのでは?
そう問いかけると、ツキトさんは大きく息を吐き出しました。呆れた感じではなく、緊張をほぐすためにするような呼吸です。
「……そうだな、俺もそう思う。あの七本の腕は邪神を宿しているにも関わらず、その能力を使って来なかった。『暴食』の能力を使われていたら、今頃シーデーは死んでいただろう」
その視線は《ワールドイーター》を見つめており、一切こちらに向くことはありません。
「しかし、だ。それに気付かないまま、俺達はもう四本も倒しちまった。俺が思うに今から対策を立てようとしても━━」
その時です。
《ワールドイーター》の呻き声が激しいものとなり、まるで悲鳴のように変わりました。
残っている触椀は苦しんでいるように激しく脈動し、私達が立っている地面を激しく揺らしています。……こ、これはいったい!?
「━━遅かったみたいだな」
ツキトさんはそう言い残して動き回る触椀に向かって駆け出しました。
彼は華麗に飛び上がり触椀の上に着地すると、それを伝って《ワールドイーター》の本体部分へと向かいます。
私も何が起きているのかを確認するべく、大爪で上空へと戻りました。
下からではよくわかりませんでしたが、《ワールドイーター》の本体部分は大きく震えており、中で何かがはねまわっているように見えました。
今まで私は、触椀を倒した後に本体を叩くのが《ワールドイーター》との戦い方だと思っていました。
しかしながら、ディリヴァの特性を考えるとそれは完全に悪手です。アイツは邪神を倒させる事によって経験値をその身に取り込んんでいたのですから。
つまり、私達は最初から触椀を無視して本体に攻撃するべきだったのです。
だからこそ、それに気付いたツキトさんは走っていたのでした。
あと少し本体部分に到達するという直前に、彼は走りながら大鎌を構えました。そして、到達したと同時にその刃を深々と《ワールドイーター》に向かって突き刺したのです。
それを見ていた私も、彼に続こうと大爪を展開しました。
……しかし。
「何が……!? クソ……!!」
本体部分が更に大きく振動した瞬間、《ワールドイーター》を突き破り、肉塊でできた巨大な人の腕が現れました。
現れた時にツキトさんは弾き飛ばされ、大きく吹き飛ばされます。……まずい!
私は攻撃に使おうとしていた大爪を操作し、ツキトさんをキャッチ。そのままシバルさんの元へと届けました。
そんな事をしている間にも、《ワールドイーター》は変化を続けます。
もう片方の腕も本体部分から現れ、更には這いずり出るように頭や身体も姿を表しました。
高さはおよそ五十メートル程で、本体部分から上半身の部分のみを出しているような状態です。
見た目はディリヴァそっくりですが、全身が肉塊できており、歪な形をした頭部には顔のような物はありません。
更によく目を凝らして見ると、胸元には全ての元凶であるディリヴァの姿がありました。眠っているように目を閉じており、ピクリともしません。……おそらくコレが《ワールドイーター》の真の姿なのでしょう。ここからが本番ということですか。
《ワールドイーター》はゆっくりと腕を、持ち上げると、こちらに向かって人差し指を向けました。
すると、そこに少しずつエネルギーが集まっていき、光の球体が出来上がっていきます。
この感じは……まさか『ソウル・オーバー』!?
『色欲』の最強スキル『ソウル・オーバー』を今使われたら本当におしまいです。
私が壁を作って『リリアの祝福』を使う方法で数名は助けることができるでしょうが、全員をカバーする刃の壁を作るのは時間が足りません。
この場にいる人を守ればサポーターが、後方で支援をしている方々を守ろうとすれば戦闘員がいなくなってしまいます。
こういう時に知恵を貸してくれるツキトさんはまだシバルさんの治療を受けていました。
いったいどうすれば良いといいのですか……!
必死に考えを巡らせながら大爪を《ワールドイーター》に突き刺していきますが、攻撃のチャージは止まりませんでした。
やがて、エネルギーの充填は終了し……。
私達に向かって、『ソウル・オーバー』は放たれたのでした……。




