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Phase2 《ワールドイーター》

 見上げるような大きさの蠢く肉塊、《ワールドイーター》を前にして、真っ先に行動に移ったのは子猫先輩でした。


「みんな躊躇しちゃ駄目だ! 全力でいこう! 『覚醒降臨』!」


 ツキトさんの肩から飛び降りた彼女は人の姿へと変わると、そのまま覚醒状態に移行します。


 辺り一面に蓮の花が咲き乱れ、中から黒い子猫達が飛び出して来ました。……切り札を出すのならば、やはりここですよね。


 目の前に現れた敵は、普通に戦っても勝てないことは百も承知です。ならばアイテムか魔法を使って自身を強化する他ないでしょう。


 しかしながら、今の私は『覚醒降臨』が使えません。少しマズイかもしれませんね。


 そんな中、他の方々も子猫先輩に続く様に覚醒していきます。


 ですが一人だけ《ワールドイーター》に向かって飛び出した方がいました。師匠です。


 大量にながれてきた覚醒の告知の中で、師匠の物はありませんでした。いったいなんの目的があって飛び出したというのでしょうか? まさかなんの考えも無しに特攻するとは思えないのですが……。


「Uuuu……Aaaaaaaaa……」


 自分に敵意を向けられた事に気付いたのか、《ワールドイーター》は奇妙な唸り声を響かせながら太い触椀を動かしました。


 それの太さは師匠の数倍はあるように見え、そのまま振り回すだけで強力な攻撃になる事は予想できます。


 けれども、その辺りは師匠ですので。


 上方から叩きつけられる攻撃を華麗に回避した師匠はそのまま触椀に飛び乗ると、肉塊に武器を向けて叫びました。


「邪神だったらコレが効くよね? 『七神失落』!」


 スキルの使用と共に、《ワールドイーター》は光輝く鎖に拘束されてしまいました。


 対邪神専用の強力なデバフスキルです。これなら少しはコチラも楽になることでしょう。


「今うちに吹き飛ばして━━」


 そう思った瞬間です。


 他の触椀が先程と大差無い速度で師匠に襲いかかりました。


 『七神失落』の光の鎖は砕け散り、確かに有効に働いている様に見えました。ラスボスだから効かないというパターンもあるかもしれませんが、そういった感じには思えません。


 予想外の挙動に戸惑ってしまった師匠に触椀の一撃が横薙ぎに入りました。


 その小柄な身体は簡単に吹き飛ばされ、大きく宙に浮き上がります。……し、師匠ぉぉぉぉ!!


 私は弾かれた師匠のを受け止めるべく駆け出しました。周囲にいる黒猫達も、負傷者を感知したようで一緒に動きます。


 見たところ、触椀による追撃はないようでしたが、このままでは彼女は地面に墜落してしまうでしょう。そうなれば、もしかしたら死んでしまうかもしれません。


 けれど、このまま走っても間に合いませんね……それならっ!


 私は黒籠手から細かい金属片を伸ばしてクッションを作り出しました。


 それを師匠の落下地点に配置し、なるべく優しく受け止めます。黒猫達も乗せて一緒に伸ばしたので、瞬時に治療がはじまりました。


 黒猫達が師匠の身体に取り込まれていき、その身体を回復していきます……が、その傷口を見た私は思わず目を見開きました。


 衝撃によって吹き飛ばされただけだと思っていましたが、その腹部はまるで何かに齧り取られた様に無くなっていて見るからに致命傷です。


 一瞬で完全回復できるはずの子猫達を何匹か取り込んでいるにも関わらず、未だに師匠はピクリとも致しません。


 とにかくこの場所にいるのは不味いですね、早く師匠を下がらせないと……!?


 師匠を担いだ瞬間に大きな影が私達を覆います。見上げると、振りあげられた触椀がそこにはありました。ヤッバ。


 私はなりふり構わず逃げ出しました。もう振り返る暇すらありません。


 早く攻撃範囲から逃げ出さないと私達はただの無駄死にです。先程ツキトさんも言っていましたが、それだけは避けなければなりません。


 しかし、無情にも私達を覆う影はドンドン大きくなっていきます。……ちょ! ヘルプ! へループ! 押しつぶされてしまいますう!


 そうやって死にものぐるいで助けを求めてみます。かなりダメ元です。


「させるか! 今の内に逃げるんだ!」


 すると、急に現れた大きな物体が駆け寄って来て触椀を受け止めてくれました。……な、なんか既視感のある見た目をしていたんですけれど? え? メイドさん?


 いやいやいや。いくらなんでも見間違いでしょ。なんかスカートの下を走り抜けて来たような気がしましたけれど気のせいですよね?


 そう思ってチラッと振り返ると、体長十メートル以上はあるだろうメイドさんが触椀相手に徒手空拳を繰り出していました。

 あのツインテールはヒビキさんですね、間違いありません。


 えぇ……なんですかあの大きさ……ああいうこともできるんです? もしかしたら覚醒状態になったからかもしれませんけれど……えぇ?


 そう困惑しながらも私はなんとか後方へと戻ってきます。そして、子猫先輩の前に師匠を下ろしました。


 子猫先輩! 治療お願いします!


「ポロラ、グッジョブだよ。シーデーの火力をここで失わなうのはもったいないからね。『リジェネレーション』!」


 子猫先輩は落ち着いた様子で師匠に再生魔法を使用します。


 食いちぎられたような傷跡はみるみると回復していき、すぐに師匠も目を覚ましました。


「あ、生きてた。おはよー」


 今の今まで死にそうだったにも関わらず、気の抜けた声を出して師匠は起き上がります。……おはよーじゃありませんよ! 何勝手に突っ込んで死にかけてるんですか!


 私がそうやって怒鳴ると、師匠はキョトンとした顔をします。


「え? だって『七神失落』ってある程度近づかないと発動できないんだもん。相手の情報が少ないんだから、できる事はやってかないと駄目だと師匠はおもうなぁ?」


 それで貴女が死んだら元も子もないでしょうが!


 いまいち自分の価値を理解していないようです。確かソールドアウトの中でもトップの火力だって話じゃありませんでしたっけ?


 まぁ……師匠の言い分はわかりましたから、さっさと覚醒してくださいよ。師匠の覚醒した能力だったら一気に本体を叩けますよね? 大量の爆弾を叩きこんでくださいな。


 私がそう言うと子猫先輩もうんうんと首を振ります。


「そうだね! 遠距離から吹き飛ばして様子を見ようぜ! 先ずは様子見をしたいってツキトくんも言ってたしね! それじゃあよろしくシーデー!」


 子猫先輩も同じ意見の様です。


 ツキトさんの言う様子見というのもアリだと思いますが、安全圏から攻撃を加えるというのはベストでしょう。


 攻撃した結果、どのような反応をするのかを見ることができますし、ダメージを与えなければ勝てませんからね。


 どんなに強大な敵でもダメージを与えていけばいずれ死ぬんですよぉ……!


 という事で、やっちゃいましょう師匠! 貴女の能力でしっちゃかめっちゃかかき回してくださいな!


「あー……実は昨日使っちゃって……一日置かないと使えないんだね! 知らなかったな!」


 師匠はそう言って、テヘッと可愛い顔をします。うっわ殴りてー。


「シーデー、ちょっと僕の攻撃が届く所まで来てくれない? 何もしないから、うん、本当に」


 これには子猫先輩も激おこです。


 それを察した師匠は慌てて私の陰に隠れました。そして弁明を始めます。


「ち、違うんですよ! 昨日、意外に敵の数が多くて覚醒しなきゃ倒せなかったんですよぉ! そ、それよりも、さっき攻撃されたときに気付いた事があるんです! あの太い奴……噛んできます!」


 あ、はい。そのようですね。


 それは先程の師匠の傷口からわかっています。それで、他には何かないんですか? 一番近づいていたんですから他にも何かあったんじゃないんです?


「え、なんか今日のポロポロ冷たくない……?」


 そりゃあ現在進行形で盾にされてますからね。文句の一つでも言いたくなりますよ。


 私がそう言うと、そんなぁ〜、と言いながら泣きついて来ました。自分の行いを悔いろって言ってんですよ。全く。


「噛んできた? さっきの傷が噛み跡ってことは…………ツキトくーん! 一回戻って来てー!」


 私が師匠をひっぺがそうとしていると、子猫先輩は大声で叫びました。どうやら何かに気付いたみたいです。


 その声が届いたのか、前線で触椀と戦っていたツキトさんはこちらを一瞥すると、一瞬の内にこちらに戻って来ました。多分移動系の能力か魔法を使ったようですね。


「どうしましたか? まだ相手の行動パターンはわかってないですが……と、シーデー復活してんじゃねぇか。オラ、さっさと覚醒して爆破してこい。得意だろ?」


 同じような事を言われて、師匠はより強く私に抱きついてきました。……ちょっと〜、師匠が怯えているじゃないですか〜。もうちょっと優しく取り扱ってくださいよ〜。


「そうだよ、爆発物なんだから慎重に取り扱わないと! ……情報上がったよ、噛み付き攻撃があったんだって。ツキトくんなら何かわかるかな?」


 子猫先輩がそう言うと、ツキトさんは眉間にシワをよせながら前線で戦っている方々を見つめます。


 巨大化したヒビキさんに、その身に羽衣を纏わせたシバルさん、超高速起動で次々と剣撃を繰り出していくケルティさん……。


 皆さん覚醒した状態で触椀と戦っているみたいです。


 しかし、ツキトさんは見ているのはもっと先、《ワールドイーター》でした。


 数秒黙って見つめていた彼は、静かに口を開きます。


「動いている腕は二本……全部で六本……いや、七本か。噛み付きっていうと『暴食』だな。で、効かなかった『七神失落』ね。……よし、シーデー、今度は腕にスキルを打ち込んでこい」


 え? なにかわかったんですか?


 振り返ってこちらを見たツキトさんはにこやかな顔をしていました。この人って笑顔で人を戦場に放り込める人みたいです。


「あとポロラさんもな。二本あるからちょうどいいっしょ。行こうぜ?」


 え、私もですか? まぁいいですけれど。


 私はそう答えて、小脇に師匠を抱えました。はい、覚悟決めていきましょうねー。


「……え? 無理だよ? あれって絶対に覚醒する前提の敵だよね? さっき攻撃食らったら一発でHPがマイナスいったからね? 魔王様の能力が無かったら死んでたよ? それでも連れてくの? 師匠に対する優しさって無いのかな? というか、ツッキーさんがいるなら私いらないよね! ツッキーさんも『七神失落』使えるよね!? そのあたりどうなの? 私に優しさをください!」


 私とツキトさんは師匠を引っ張りながら、触椀に向かって駆け出しました。何やら長々と言っていましたが知りませんねぇ。


 三途の川、みんなで渡れば怖くない。という事です。


「言っとくけど俺も覚醒してねぇよ! 周りからバフもらってんだからなんとかなるわ! 楽しんでいこうぜ!」


 そういうことですよ! とりあえず効くかもしれないんですから覚悟決めましょう! ほうら! そろそろ効果範囲に入りますよぉ!


 私は師匠の足から手を離して、触椀に向かって飛び上がりました。


 もう片方の触椀に対しては、ツキトさんが師匠を放り投げています。その扱いには優しさの一欠片もありません。


 しかしながら、ここまできたのならやるしかないでしょう。


 戦っている方々を追い越して、私は振り下ろさせる触椀の前に立ちました。先程は恐ろしかったそれが、今ではただの障害物にしか見えません。


 くらいなさいな……『七神失落』!


 私のスキルの行使と共に光の鎖が現れ、迫りくる触椀の動きを完全に絡めとりました。


 いつものように動きを止めることができたのは一瞬でしたが、見てわかるほどその動きは鈍いものに変わります。……ホントに効いた!


「な、なんで!? さっき私がやったときは効かなかったのに……」


 師匠の方も上手くいったみたいです。


 その効果を確認したと同時に、後方からツキトさんの声が響きます。


「本体と腕は別物だ! 本体に攻撃しても腕に影響はない! それと腕の一本一本に邪神の特性が乗っている! それを念頭に今は動いている腕を攻撃しろ!」


 ああ、なるほど。


 さっきの本数の確認はそういう事ですか。


 食べられたという情報から触椀に邪神の特性ある事を仮定して、本数の確認をしたのでしょう。


 それで本数があっていたので自分の考えに確信を持ったのだと思います。


 そして、まともに動く数が二本というのも大きな情報です。無駄な労力を使わなくてもいいという事ですから。


 それでは……いきますよ!


 私は先程スキルを使用した触椀に向かって大爪を射出しました。

 それは深々と突き刺さり、触椀が大きく仰け反る程のダメージを与えてくれたようです。


 しかし、攻撃に反応したように私に触椀が振り下ろされました。……が、単純な攻撃ですので避けることは難しくはありません。


 黒籠手からワイヤーフックを射出し、ヒビキさんの身体に引っ掛けます。そしてワイヤーを引き戻し、すぐさま攻撃範囲外へと移動しました。


 ……あの攻撃、弱っているはずなのにヤバいです。食らったら私も一撃でお陀仏って感じがします。避け続けるしかありませんね。


 一発喰らえば終わりの戦闘というのは久しぶりです。


 楽しくなってきました。それならば、どこまで戦えるのか……やってみましょうか!


 私はアイテムボックスから、六枚のギフトカードを取り出しました。今まで溜めてきたこれを使うときが来たのです。


 覚醒状態に成れない今の私の切り札はこれしかありません。もしかしたら、先程のディリヴァの様に力に取り込まれてしまうかもしれませんが……その時はその時です。


 私は取り出したギフトカードを、一斉に発動させました。


 腰の辺りがズッシリと重くなるのを感じます。尻尾が増えた証拠です。


 そして、それと同時に目の前にウィンドウが現れます。




 ……………………。




 ウィンドウが、現れます。




 え? このタイミングで? もしかして、その時きちゃいました?


 ちょっとどうするんですか、調子乗った結果がこれってダサすぎますよ? どうするんです、コレ?


 と、取り合えず、ちゃんと確認しますか……。




 …………。




 ほう?


 冷や汗をかきながらウィンドウを見た私は、思わず笑みを抑えることができませんでした。なるほど、そういうパターンもあるんですねぇ。


 それでは……。




 思う存分、暴れましょうか。



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― 新着の感想 ―
[一言] ツキトくん覚醒……いつ? ついでに魔王様とツキトくんのいちゃラブもう少し見たい………ダメ?
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