してもいいことと悪いこと
「ちょっと強いからってよう……モンスター風情がプレイヤー様に勝てると思うなぁ!」
既に倒れそうなジェンマは右腕を突き出し鉄柵を出現させました。
それは『黃衣の王』となったケモモナに深々と突き刺さり、その動きを止めてしまいます。
乱雑に突き刺されたそれは、ケモモナの体中に突き刺さっており、普通ならば致命傷でしょう。
もちろん、それは人間だった場合の話ですが。
「その程度で死ぬような身体ではない。……『ライトニング・レーザー』!」
ケモモナは攻撃を受けながらも、触手をうごめかせ反撃の魔法を行使しました。ジェンマに向かって雷の帯が放たれます。
雷鳴を轟かせながら伸びていくそれは正確にジェンマを打ち抜きました。電撃によって身体がビクビクと痙攣しています。……凄いじゃないですか。圧倒的です。
カウンターで現れる鎖も正確に破壊していますし、突き刺さっていく鉄柵もものともしておりません。
このまま押していけば、ジェンマを倒すのは時間の問題でしょう。周りのお邪魔虫さんたちも大体倒しちゃいましたし、これ以上抵抗する存在もいないはず……。
「ふざザザザ……ざっけんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
身体からシビレが抜けたジェンマが怒号を響かせた瞬間、新たな鉄檻が街中に出現しました。
そして、檻の扉が開かれて、何かがケモモナに向かって飛び出して来ます。……ジェンマのNPCですか!
私は飛び出して来たNPCに向かって大爪を生成、なだれ込んでくる彼等に対して攻撃を加えました。しかし、一撃では止まってくれません。
一応一撃で倒す方法もあるのですが、私としてはまだ覚悟が決まっていないのです。しかししなければ不利になるのはこちらです。……『属性付与』ぉ!
全ての属性を武器に付与し、私は、正気を失ったNPCに照準を合わせます。『深淵』属性を付与しているので、攻撃が直撃すれば彼等は灰となるでしょう。生き返りもしません。
おそらく、今倒しても檻の中に復活するだけです。ですので、ロストさせる必要があるのですが……。
私は、師匠程割り切る事は出来ませんでした。
攻撃を戸惑っているうちに、NPC達はケモモナに襲いかかります。
触手を引きちぎり、その黄色い外套を剥ごうとしていました。流石のケモモナもダメージがあったのか、苦しそうな声をあげます。
しかし……。
NPC達が黃衣によって隠されていた『黃衣の王』の姿を見た瞬間、変化が起こりました。
NPC達は金切り声を上げてバタバタと地面に倒れていきます。完全に気絶していて、ピクリともしません。口からは泡を噴いていました。
狂気付与の状態異常攻撃です。
「は……? 嘘だろ? 俺が育てた奴隷どもが……」
「NPC程度がそこまで強い訳ないだろう? 特に人型NPCはレベルを上げても耐性は強化されない。奴隷と言うのならば良い装備位は用意しておくべきだったな」
その言葉に対して、ジェンマは苦虫を噛み潰した様な表情を見せました。そりゃそうでしょうね。いい装備は大量にあった筈なんですもの。
クラン『紳士隊』から奪ったアーティファクト、それらを装備させておけばケモモナの攻撃も防ぐ事ができたかもしれません。
にも関わらずそれをしなかったというのは完全にジェンマの落ち度です。奴は覚醒と強化されたNPCという自らの手札を最大限に活かすことが出来なかった、ということですね。
追い詰められた表情でジェンマは懲りずに新たな鉄檻を自らの側に作り出しました。
その中には性懲りも無く人の影があったのですが……どうやら小さな女の子の様です。どこまでも見下げ果てたクズですこと。
「動くな化け物め! テメェ等が動いた瞬間にコイツの首を切り落とす! 当然ロストだ! 灰になるのを見たくなかったら俺に従え!」
ジェンマは檻から女の子を引きずり出すと、その首にナイフを突き立てました。既に首筋からは血が一線流れており、殺すことに躊躇は無いようです。
それを見て、私とケモモナは大きく動揺しました。
ケモモナはフードの下に見える目を怒りで燃え上がらせていましたが、完全に動きを止めてしまいます。自分達が育てた子供と重なってしまったのでしょう。無理はありません。
彼がここに居るのは、子供達の為なのですから。
けれども、私は、その少女を見てケモモナとは全く別の事を考えていました。……やっぱり、カエルの子はカエルという事ですか。
「な、に……?」
「ポロラ……何をしているんだ!」
「…………」
私がとった行動に、ジェンマとケモモナは釘付けになっています。
唯一反応を見何も言わなかったのは少女だけです。彼女だけはすこし表情を変えてただけで、その出来事を受け入れていました。……何を? 見ればわかるでしょうに。
殺したんですよ。
私が放った大爪は、少女ごとジェンマを貫いていました。
少女の身体は崩壊が始まっており、徐々にその身は灰へと化していきます。消えゆく少女表情はどこか穏やかに見えました。
……ジェンマ、貴方はその子にいったい何をしていたんですか? 死ぬ直前にそんな顔をするなんて、どう考えても普通の精神状態じゃないでしょ。
私の攻撃を受けたジェンマは各種状態異常を発症し、悶え苦しんでいます。
あの子、もう死んでたじゃないですか。首に刃物を突きつけられてもピクリともしませんし、泣き叫びもしない。身体にも力が入っていないみたいで、まるで壊れた人形みたいでしたよ。
……そんなものが生きていると言えますか! 何でもできるからって、何をしてもいいわけではないんですよ! くたばりなさいな!
私は槍を手にしてジェンマに襲いかかりました。
オートカウンターの鎖が私に巻き付いてきますが、空中に刃を周囲に展開し、それを防ぎながら前進します。
それでも私の身体に食い込み、肉を削り取りますがそんな事を気にしている暇はありません。
目の前で殺したい相手が動きを止めているのです。それを逃す馬鹿がどこにいると言うのですか。……死ねぇ!
刃は正確にジェンマの喉に向かいますが、その身体は目の前から消えてしまいました。
絶対に避けられない一撃だったはずです。にも関わらず、この攻撃を避けることができたということは……。
見ると、ケモモナが奴の身体を触手で雁字搦めにしており、身動きを取れないようにしていました。彼は厳しい眼差しでこちらのことを見ています。
なんですか……? 私があの子を殺したのがそんなに気に食わなかったのですか、ケモモナ?
私は怒りを抑えることもなく睨みつけると、彼はゆっくりと首を横に振りました。
「君の気持ちはわかる。だからこそ、納得しなくてもその行いを咎めるつもりは無い。……だが、コイツをそんなに簡単には殺させないぞ。それでは俺の気は収まらない」
そう言いながら、ケモモナはジェンマを締め上げます。苦しませて殺したいという事でしょう。
確かに、ケモモナの言うことは最もです。
今殺してしまえばまたコイツはどこかで悪事を働くでしょう。ですので、予定通りに事を進めなければなりません。その為に、オークさんと金髪ちゃんを行かせたと言うこともありますし。
……そうですね。そこまで師匠と一緒ではよくありません。
少し焦りすぎましたよ。コイツには地獄を味わってもらわないといけませんからね。
私は武器を納めて触手で絡め取られたジェンマを見下ろしました。
「ぐぅ……揃いも揃って甘ちゃんしかいねぇな! ガキが犯されたくらいでヤケになりやがって! ……ああそうだ! 粗大ゴミの処分を手伝ってくれてありがとな! 何しても反応しなくなったからよ! ちょうど取り替えようと思っててなぁ! ガハハハハハ!!」
反吐が出るような挑発です。
もう勝つ事ができないと悟った上での反応でしょう。わざと殺されることにより、スキルを発動させるつもりです。
もう師匠との戦いで見ているのでわかりきっている事なんですよねぇ。……残念ですが、こうなった時点で貴方はもうお終いなんですよ。
そろそろ戻って来る頃ですしね。
「シャアオラァ! 皆殺しにしてきたぜぇ! プレイヤーもディリヴァ陣営も丸焦げじゃあ!」
意気揚々と、炎を撒き散らしながらワッペさんが戻って来ました。
強化されたのがよっぽど嬉しかったんでしょうね、テンションが上がりまくっています。『黃衣の王』の姿を見て何も思わない位には。
「ん? ああ、お前がジェンマか。ツイてねーよなー、俺達に目をつけられるなんてよー。……ほい『再起動者』っと」
ワッペさんがジェンマを指差すと、その身体はぼんやりとした光に包まれました。
復活地点が変更されたようですね。
「な、なんだ? 復活地点の変更? 何がどうn」
ケモモナは触手を引絞り、ジェンマをミンチにしました。
その身体は一瞬にして辺りに散らばり……。
先程いた位置に復活します。
「ろ、ログアウトがでk」
続けて、私が槍でその喉笛をカッ切りました。既に覚醒状態は終わっていたようで、可愛そうなくらい貧弱になっています。
しかし、いくら貧弱であろうともその身体は再び再生してしまいます。自身の境遇を察したジェンマは絶望の表情を見せていました。
『再起動者』の能力で復活した場合、デスペナであるステータス減少は普段の比ではありません。
更に、復活地点が設定されている一時間は、死んだ際にログアウトが出来ないようです。
つまり、殺し続ける事ができるということですね。……さぁ、ジェンマ。覚悟は決まりましたか? このゲームにお別れをする時が来ましたよ?
ワッペさんに焼かれるクズに対して、私は槍を構えます。
まだまだ時間はたっぷりとありますので、ステータスオール1を目指しましょうか? なぁに、ちょっと一万回程死ぬだけです。簡単でしょう?
私は構えながらにっこりとした笑顔を張り付かせました。
「は……はぁ……? や、やめろよ……やっていいことと悪いことがあるって……」
お前が言うな。
黒籠手から刃を伸ばし、ジェンマを串刺しにします。
次に現れたときにはケモモナの魔法により消滅、ミンチが辺りに散らばったと思った瞬間にまた姿を現します。
それを何度も何度も、繰り返していくうちに、ジェンマからは余裕というものが無くなっていきました。
俺が悪かった。
許してくれ。
捕えているNPCを全員開放する。
涙を流しながら、鼻水を垂らしながらそうやって懇願しますが、彼のミンチは山の様に辺りに積もっていくばかりです。……まだ始まったばかりだというのに、何を言っているんですか?
もう貴方が責任を取れる範疇からは逸脱した話なのです。黙って殺されなさいよ、このウジ虫が。
私が無慈悲に槍を構える姿を見て、ジェンマは絶叫しました。
それが今まで積み上げていたものが無駄になる絶望感から来たものなのか。今までの行いを反省した懺悔から来たものなのか。
それとも、純粋な恐怖からだったのかはわかりません。
私はただ、黙って目の前のウジ虫に刃を突き刺すのでした。




