サアリドの死闘
城塞都市『サアリド』。
隣国ザガードとの戦争中に作られたアミレイドの中でも特に大きな街で、周囲を城壁に囲まれています。
アミレイドで活動するプレイヤーは、レベルの低いうちはここで活動するのがオススメだそうで。
もちろん私が低レベルだった頃もサアリドを中心地にして、師匠と一緒に冒険をしていました。懐かしい話です。
起きるミニイベントも沢山あり、『暴食』の邪神と戦う事ができるのもここでした。
あと、純粋に人が多いということもあり、賑やかなんですよね。お店もいっぱいありますし、施設も大抵揃っていますので。
ですので、皆さん一度は訪れた事があり、良く知っている街だったのですが……。
「おいおいおい、なんじゃこりゃ。随分寂しくなっちまったな。店は閉まってるし、街の住民も全然出歩いていねぇじゃねぇか」
街の現状を見たワッペさんは残念そうにそう言いました。……仕方ありませんよ、どんな街もコルクテッドみたいにレベルが高いNPCが居るわけじゃありませんから。
「その通りだ、特にサアリドのNPCのレベルは低い。『ペットショップ』のお膝元ということもあり、NPCの殺害は禁止されていたからね。……多少ではあるが街に戦闘の跡がある、簡単には倒せなかったようだ」
ケモモナが真人間のふりをしながら街の様子を眺めています。
試しにここで尻尾を振ってみましょう。……はい、視線がいきなりこちらに向きました。もはや救いようがありません、自分の性癖を抑えきることができないのです。
「また君はそうやって俺を誘惑する……。頼むから一度もふらせてくれ、そうすればこの煩悩を断ち切ることができるかもしれない。30秒だけでいい」
無理です、諦めてください。
どんなに真面目な顔をしてもだめです。貴方にもふらせる尻尾などありません。
「おっ? じゃあ俺は? 試しに触ってみたかったんだよなぁ、やたらでけぇしよ。俺って動物すきだs」
「素人は黙っていろ」
不用意に伸ばされたワッペさんの手を、ケモモナが払いのけました。……おっと、これは面白い事になってきましたね。
無駄にプライドが高いワッペさんは、自分がされた行為に対して明らかに不満そうな表情を見せました。何も言わなくとも「何してんだ、テメェ」という言葉が頭に思いつくようです。
「何してんだ……テメェ……」
あ、ホントに言った。まんまチンピラですね。
「それはこちらのセリフだ。……狐というのは野生の動物さんだ、犬や猫とは話が違う。ここはプロに任せたまえ」
多分そういうことじゃないと思うんですけれどね。
そう思っていると、ケモモナは両手にナイフを持ちワッペさんに対して構えをとります。実力で黙らせるつもりです。
「変態風情が……俺に勝てると思ってんのか?」
そう言いながらワッペさんも鞘から剣を引き抜きます。……そういえば、ケモモナがどれくらい戦えるか私知らなかったんですよね。
あー、ちょうど良いです。貴方達ちょっと殺し合いしてくださいよ。どのくらい戦えるのか気になります。
全力で、相手がミンチになるまで。
殺し会う姿を私に見せてくださいなぁ……。
「え……こわ……パーティメンバーに殺し合い強要させるとかマジ……?」
「……こんなものだろう? 君、まさか常識人か?」
正体が露見しましたね。
意外に常識人枠なワッペさんはこのノリについて来れていません。……いいから戦いなさいな。私は貴方達の実力がみたいんです。やれ。
「え……あ、はい。という事で……しねやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
愚直過ぎる攻撃です。
ケモモナに向かって真っ直ぐ、かつ単純な攻撃をワッペさんは繰り出しました。剣道で言うのなら面ですね。
そんな攻撃をケモモナは片手のナイフを使って軽くいなします。……今の見た目は教祖ですけれど、おそらく元の職業は盗賊か何かですからね。
もう片方のナイフがワッペさんに迫ります。
隙を突いた様に見えましたが、ワッペさんは最小限の動きでその攻撃をかわし、ボソリと呟きました。
「『崩壊』」
……魔法詠唱!
『崩壊』は相手の防御や回避力を低下させる魔法です。近接戦闘をメインにするプレイヤーにとっては驚異となります。
「その見た目で本当に魔法を使えるのか……?」
ケモモナの動きが目に見えて悪くなりました。
見た目はまんまド◯クエの戦士でMP0にしか見えない感じですからね、仕方がないです。しかしながら、その思い込みは致命に繋がります。
「『ブースト』『サイレス』『パワー』」
速度強化、魔法封印、筋力増強。
支援魔法により、ワッペさんはどんどん優位をとっていきます。
攻撃を繰り出す度にケモモナの体は傷ついていきます。至るところから血が吹き出し、守ることしかできていない状況です。
ワッペさんは攻撃を繰り出しながら、更に魔法を重ねがけしていきます。まるで無慈悲なマシーンのようです。確実に殺しにかかっています。
前にオークさんや金髪ちゃんと戦った時には、ここまでできていなかったはずです。修行中毒者の方達に相当鍛えられたのでしょう。
しかし、ケモモナの顔からは笑顔は消えません。
「ははは……! やるねぇ……! このままじゃ負けてしまう……『ワイルド・ラヴァー』!」
ケモモナがそう叫んだ瞬間、ワッペさんの攻撃は彼の身体を両断しました。あっけ無さすぎるおしまいです。……彼の能力を知らなければ。
「あぁん? こんなもんか? 大口叩いてこんなもんかよ、大したこたぁねぇ……いっだぁ!?」
ワッペさんはいきなり現れたグリフォンに後ろ足で蹴り飛ばされてしまいました。蹴りの勢いが強すぎて壁にめり込んでいます。
この人ホント弱いですね。
「いやぁ、すまない。少し本気をだすよ、『プレゼント』を使ってからが俺の本気だしね」
グリフォン……もとい、ケモモナが笑います。
……普通に考えて、コイツってチートキャラなんですよね。
自身が死んでも『怠惰』のギフトで他人に取り憑けば死んだ事にならないんですもの。無限に残機を用意できるのと一緒です。
しかも、高レベルの魔物も召還できるので、自分自身で戦うよりも強いという。優秀な人材としか言えません。
「第2ラウンドだ。楽しもうじゃないか、パーティメンバーの強さを知っておくのは悪いことじゃない……」
ケモモナはそう言って構えます。……確かグリフォンはレベル7000位の魔物ですね。結構強いイメージがあります。
普通に強敵なんですよねぇ。しかも、今はケモモナのステータス上乗せされているはずです。それが『怠惰』の能力ですし。
……あれ? ケモモナかなり強くないですか? 『プレゼント』が使える限り、死なないとか冷静に考えるとヤバすぎじゃないです? 生存力つっっよ。
「ふざけやがって……! 何度でも殺してやらぁ!」
「なら何度でも繰り返してやる。……俺は本気だ、『怠惰』のギフトなめるなよ? 死んでも死ぬつもりはない」
二人は全力を出しきり、ぶつかり合いました。
これでわかった事なのですが、ケモモナは召還したNPCならばどれだけレベルが高いNPCでの憑依できるみたいです。グリフォンが倒れた後も様々なNPCを召還して戦っていました。
ワッペさんは良い勝負をしていましたし、何度かケモモナをミンチにしていましたが……致命傷を与えることはできていません。ケモモナは健在です。
最終的に、ドラゴンに足蹴にされるワッペさんの姿がありました。
「おや、勝負アリかな? 悪いね、一対一なら負ける気がしないんだよ。そういう能力だからね」
ドラゴンの姿になったケモモナはそう言って、ピクリとも動かなくなったワッペさんに襲いかかります。
ケモモナ……恐ろしい能力です。
ふざけた能力の癖に、本気を出せばここまで強いとは。
頼もしい事この上ありません、うまいこと使って差し上げましょう。
そんな事を、ぐったりとしたワッペさんを咥えるドラゴンを見上げながら、私は考えていたのでした……。
・『ワイルド・ラヴァー』
魔物を召還することができる『プレゼント』。『怠惰』のギフトと組み合わせる事により、強力な効果を発揮する。性癖が開花した結果である。変態は強い。




