好みは人それぞれ
「あ、ポロポロどうしたの? 捕まった? 一緒にお酒飲む?」
刑務所に捕まった師匠を訪ね、独房を訪れた私が見たものは、ベッドに腰掛けながらビールを飲む師匠の姿でした。……いや承◯郎じゃないんですから真面目に囚人生活やっててくださいよ。イベント始まるまでに出れなくなりますよ?
独房の中を見ると、高級そうなベッドや冷蔵庫、本棚や家具まで揃っており随分と過ごしやすそうです。アークさんも座布団の上でまったりしております。
……わざわざ会いに来たというのになんですかその寛ぎっぷりは。自宅じゃあるまいし脱獄する努力でもしたらどうです? それと、私は犯罪者ではないので捕まる事はありません。その辺の管理はしっかりとしておりますので。
私は自分が捕まった訳ではないことを説明し、近くに置いてあった椅子に腰かけました。
そして檻を挟んで師匠と顔を合わせます。……街一つ吹き飛ばした後には見えませんね、にっこにこしてる……。
「そうなんだ? この間もたくさん殺してたのにしっかりしてるねー。あと、私の拠点はここだから、実質家みたいなものなんだよー」
あーなるほどー、だからそんなにリラックスして……って、そんなアホな話があってたまりますか! どこに拠点作ってるんですか!?
常識知らずの師匠に対して私はそう叫びますが、本人はキョトンとした顔をしながらビールを飲み干しました。
「ぷはぁ~……。だって拠点に設定しないと刑務所のデメリットでステータス減っちゃうじゃん、だったらいっそのことここを拠点にすればいいって思ったんだよね。私、天才!」
つまり、あまりにも捕まってしまう事が多いので、デメリットを無くす為に拠点にしてしまったと……。
犯罪者にならないための努力をしてくださいな! なんで捕まる前提のプレイをしているんです!? アークさんも丸まってないでなんとか言ったらどうですか!
「せやかて、ここ快適なんやもん。尻尾を狙う変態も居らんし、シーデーはんが居たら穴掘って逃げることもできるさかい。それに……こうやってゆっくり酒飲むのもええやん?」
ダメだコイツら!
完全に一仕事終えた感じを醸し出しています。……言っときますけれど! あの動画酷かったですからね! なんで最後にしれっと街一つブッ飛ばしてるんですか! 大抵の人は理解できない行動でしたよ!
動画サイトの評価も見ましたけれど低評価の嵐でしたからね。どうしてあんなことをしてしまったのか。
途中までは良かったのに……。
「仕方なかったんだって、あんなに大量の狂ったNPC相手になんかできないし。レベルも高かったんだから。あのまま放っておいた方が問題だよ」
そうは言いましてもねぇ……。
師匠の言い分もわからなくは無いのです。
実際あのまま放っておいた場合、暫くの間街として機能しなかったでしょう。
おそらく、あの解き放たれたNPC達はジェンマの手に終えないレベルまで到達してしまった……それほど繰り返し殺されてしまった狂ったNPCだったのだと思います。
最初に召喚されたNPCはまだ正気を保っていましたからね。
そんなレベルのNPCとまともに戦えるプレイヤーはそう多くはないはずです。
ですので、確実に相手ができる師匠が戦うしかなかったのは間違いありません。結果については目を瞑るとしまして……。
確かに全てを吹き飛ばして一日待てば街もNPCも全て元通りですので、間違った事はしていないんですよ。ジェンマが召喚したNPCも消えるでしょうし。
しかし、それを理解できるプレイヤーがどれくらいいるのか……。
「ええんよ。少なくとも『ソールドアウト』の連中は理解しとるはずや。仲間がわかってればそれでええねん。ポロラはんもわかっているみたいやし? キュキュキュ……」
心を読むんじゃありませんよ。変態狐。
アークさんってまるで心を見透かしたような発言をするんですよね。どうやっているのか?って聞いたこともありましたが、「狐やからね~」って適当に返されましたし。
実は本当に反則的な強さを持っているのはこっちだったりするんですよねぇ。最強のサポーターって感じです。
「……ま、終わった話はここまでにしようか。それで、ポロポロは何をしにこんなところまで遊びに来たの?」
冷蔵庫から新しいビールを取り出した師匠は赤い顔をしながらそう言いました。……別に。ちょっと文句を言いに来ただけです。
私は椅子から立ち上がり、黒籠手を起動状態にしました。
そして、大爪を作り出し、目の前の檻をバラバラに引きちぎります。
「おー」
「……なにしとるん?」
私の行動に、お二人は驚きもしませんでした。
師匠はビールを片手に楽しそうな声を漏らし、アークさん目を細めて睨み付けるような視線をこちらに向けてきます。
……決まってるでしょ。私が先に目を付けた獲物を奪われたのです。文句を言わないわけがありません。
ここから出ろ。
私と戦え。
お二人に大爪を向け私は構えます。
この場所から引きずり出す事もできますし、私の考えていることも伝わると思いますしね。ついでに私もスッキリできて一石三鳥です。……武器を取れ。本気で叩き潰してやる。
私がそうやって師匠を焚き付けると、彼はビールを一気に飲み干し、口を開きます。
「消えな。お呼びじゃあないぜ」
いや、承◯郎かよ。
私は聞き覚えのあるフレーズに思わず突っ込みました。……というか師匠ジョ◯ョ読んでたんですね。
「もちろんだよ。絵柄と構図が好きなんだよね~、芸術じゃん? 私、7部がすき~。漆黒の意思良いよね~」
……は? 最高なのは5部でしょうに、ブチャ◯ティのかっこよさがわかんないんですか?
あと、私が一番好きなシーンはブチャ◯ティが天に登っていくところです。あれは泣ける。
「あ、それはわかる。ブチャ◯ティを格好良いって思う感情は当然だし。主人公だもんね」
なんだわかってるじゃないですか。流石師匠です。
私達は熱い握手を交わしました。
「それでええんの……? でも最高なのは3部やろ。ちょっとわてには理解できんなぁ……」
死ねぇ!
私は展開した大爪を全てアークさんに向かって打ち出しました。……出ましたね! 3部信者! 3部が面白いのは当然でしょ! 花京院が死んだときは涙が出ましたー! 3部はどこが好きかで語れ!
「3部かぁー……ヴ◯ニラ戦が好きなんだけど……」
あ、それは私も好きです。やっぱり師匠はわかっていますね。すきー。ポルポルくん良いですよね?
話がわかる師匠に私は抱きつきました。……やっぱり師匠は師匠ですよ。妙に話が合うんですものー。チョロいですし可愛いったらありゃしない。
戦ってみたかったのは嘘じゃないんですけれどね。もうこうなったらそんな雰囲気じゃありませんから。
邪魔者も消えましたし、今日はゆっくり語りましょうか? お酒もらえます?
私は師匠の肩に腕を回し、リラックスモードに入りました。
「ん? 最初に言ったのは私だけど大丈夫~? イベントの開始までに酔いが覚めてなかったら悲惨だよ?」
それは師匠も同じでしょう~?
イベント前には刑務所から出てくださいね? どうせなら一緒に街を守りましょうよ、ディリヴァ陣営のプレイヤーを根絶やしにして追い剥ぎするのです。きっと楽しいですよ~?
私はそうやって師匠を誘ってみますが、彼女はゆっくりと首を振りました。釣れない態度です。
「残念。私はこの場所を守らなきゃいけないから」
は? 何言っているんですか? ここは街じゃありませんよ? ここに邪神が現れるわけないじゃないですか。まぁ死んだ犯罪者達は来るかもしれませんけれど……。
私がそう言って手持ちのぬるいお酒をアイテムボックスから取り出していると、師匠は困ったような顔をしながら笑いました。
「へへへ……私も犯罪者なんだけどね? ……ここを壊されたら大変だから、私はここにいるよ。本当に出しちゃいけない奴等もここに送られてくるから。そんな奴等を逃がしちゃいけない。だから私はパーティを組まなかったんだ」
はぁ? 何を言っているんですか?
せめて私にわかるように言って……あ。
そこで私は気付きました。
拠点作ることができるのは、プレイヤーが買った土地か街の中のみ。『ノラ』が良い例ですね。
もちろん、この場所は買える訳がありません。刑務所ですから。
では、師匠がここを拠点にできている理由とは……。
「気付いた? ……そう、ここって街と同じ判定らしいんだ。つまり、ここにも邪神の分身が現れると思う。誰かが戦わないといけない」
い……いやいやいや。
別にそんな事する必要ないでしょ?
そんなのここに捕まっている奴等がなんとかすればいいんですよ。師匠がする必要なんてありません。
貴女は自分のしたいことをすればいいんです! それがこのゲームの楽しみかた……そう教えてくれたのは師匠……貴女ですよ!
私はそう言って立ち上がりました。
……パーティが違くても、一緒に戦おうと思っていたのに。このままでは師匠と一緒にイベントが楽しめないじゃないですか。
一緒に遊びたいから、文句を言いに、ここまで来たんですよ……?
「……ごめんね。ポロポロと一緒に遊びたいのは私も同じ気持ち。けれど、誰かがやらなきゃいけないことだから。それにさ、なんか格好良いと思わない? 誰も知らないところで戦うヒーローみたいなさ、ちょっと憧れちゃうんだ! 私のプレイスタイルにも合っているし!」
師匠は申し訳なさそうな顔をしながらそう言いました。
この人は絶対に表舞台に立たない戦場で戦うと言っているのです。トッププレイヤーの実力を持っているというのに。
『正体不明』という二つ名を覆す位の活躍は絶対にできるというのにも関わらず、この人は……。
……わかりました。負けないでくださいね?
私はそう言い残し独房の出口に足を向けました。師匠は意外に頑固な方ですから、絶対にここから出ようとはしないでしょうね。
ですので、終わったあとの感想を楽しみにしながら、私はここを去るしか無かったのでした……。
「……あ、ちょっと待って。渡しとくものがあるから」
……はい?
振り返り、師匠を見てみると、彼女の腕の中には何個かの手榴弾がありました。真っ黒な奴です。
えっと……それは?
「ポロポロ、自分の目標を見失っちゃいけないよ? ……これは餞別、本当に倒したい相手に使いなよ。これが師匠としてできる唯一のお手伝いだから」
……!
その言葉で。
私は思い出したのです。私のゴールはイベントをクリアすることではないと言うことを。
……やっぱりこの人は私の師匠です。いつだって、どんな時だって私を導いてくれます。
ありがとうございます、師匠。
貴女が予想もできない結果を見せつけて上げましょう。
「うん。ここで楽しみに待ってる」
そんな師匠の言葉を背中に受けて、手榴弾を受け取ったあと、私はクランに戻ったのでした……。
私の倒したい敵は、ディリヴァでもジェンマでもありません。このイベントはただのお遊びです。前座にすらなりません。
私はまだ強くなれます。首を洗って待っていなさいな。
『死神』ぃ……!
・刑務所
犯罪者の溜まり場。大抵壁を採掘されて脱獄されている。ここに入る面子は大抵固定されるので看守も諦めて話し相手になっている。ご飯はでないので、お腹が減ったら便器の水を飲むしかない。理不尽。




