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死ぬよりも辛く

 女の子を保護した私は、クラン『ケダモノダイスキ』の拠点である孤児院に招かれていました。


 そこにあるケモモナの部屋に通され、私達三人はお茶をご馳走になっていました。


「あの子達を見つけてくれてありがとう、ポロラちゃん。やはり信じるべきはモフモフだ……そう思わないかい?」


 私達に振り返りもせずに、ケモモナは窓の外を眺めながらそう言いました。

 彼の眺めている方に目を向けると、中庭の木の下に小さな墓標が見えました。……茶化さないでください。不愉快です。


 私は女の子を保護すると共に、近くに積もっていた灰も回収していました。もしもあれが本当にあの男の子の物だったのなら、そのままにしておくのはあまりにも忍びなかったのです。


 そして、できることならば全て私の勘違いだったら良かったのですが、思った通りに事が進むほど世界は優しくありませんでした。


「……茶化してなどいないさ。あの時にはもう、あの二人は助けられなかったんだ。一人は犯され、一人はロスト……これ以上酷い事になる前に済んで良かった。そう思うべきだと俺は考える」


 そう言った瞬間。


 椅子からオークさんが立ち上がり、ケモモナに襲いかかりました。


 『憤怒』のギフトで身体を巨大化させ、押し潰そうと拳を振り下ろします。

 金髪ちゃんはそれを止めようと席を立ちますが……少し遅かったようです。


 オークさんの攻撃はケモモナに直撃しました。


 しかしながら、ケモモナはその攻撃をやすやすと片手で受け止めていたのです。


「情熱的だな、ゴワゴワ。……君もわかっているだろう? これはゲームの世界だ、現実じゃない。彼等の人生は0と1の集まりでしかなく、全ては虚空のものだ。気にしなくていい」


「だから……だからなんだというのだ! あの姿を見て、何も感じないとお前はいうのか!? それならば、お前もジェンマと同類だ……!」


 オークさん……やめなさい。


 叫ぶ彼に対して、私は冷静にそう言いました。


 オークさんはこちらに振り返りなにかを言おうとしましたが、私の顔を見た瞬間に口を閉ざしてしまいます。


 ……別に、貴方の気持ちがわからない訳では無いのです。そして、それはケモモナも一緒ですよ。そうでないのなら、ああやってお墓を立てるような真似はしません。


 第一、ここは孤児院です。


 名目だけかも知れませんが、そう名乗ってもおかしくない程の子供達がここにはいました。そんな事をしている方が何も思わないとは考えられません。


 私はケモモナの方を一瞥しながらそう言います。


 すると、彼の方からすぐに答えが返ってきました。


「はっ……孤児院? ふざけて宗教を起こしたら、流れでそうなっただけさ。クランの拠点を作ったらスラムから救いを求める戦争孤児達が集まって来てね。教会と勘違いしたらしい。見捨てるにもいかないから面倒を見ていただけだ。食料と生活できる場所を与えただけだがね」


 その言葉でオークさんは腕を下ろしました。何かに気付いてしまったようです。


「たったそれだけさ。たまに服を買ってやったこともあったかな? 俺の能力で召喚した動物と遊ばせた事もあった。見ていて楽しかったねぇ、あれは。子供の笑顔というのは中々に悪くない。この能力の本当の使い方に気付いた瞬間だったよ」


 金髪ちゃんが顔を背けます。


 その表情は悲壮に満ちていました。ケモモナの震える声に耐えきれなかったのでしょう。


「あの二人がジェンマに捕まった理由を聞いたかい? 買い物するための金が欲しかったからだそうだ。騙されたらしい。……面倒を見ている俺達によ……お礼のプレゼントを買おうとしていたんだとさ! これがブチキレずにいられるか! ふざけやがって!」


 声を荒げながら振り返ったケモモナは目からボロボロと涙が零れていました。


 最初の言葉からは想像も出来ないほどの怒りと悲しみが入り雑じった顔をしています。直視できるものではありません。


「クソがっ! あの子達が何をしたってんだ!? 親を失くして、ここに辿り着いて、ただ一生懸命生きていただけだろうが! あんな事をされるために、今まで可愛がっていたんじゃねぇんだぞ! クソっ、クソっ、クソっ……! あんなに、いい子達だったのに……!」


 そう叫びながらケモモナは崩れ落ちました。……これが、この方の正体なのでしょうね。


 確かに、動物の毛皮を求めて変態行為を繰り返すのもこの方の一面なのでしょうが、自分の好きなものを愛でる事がこのケモモナというプレイヤーの本分なのです。


 その証拠に、生け贄にされたチャイムさんは全身をブラッシングされただけで帰って来ました。身体中を撫でられたらしいですが、そこまで酷い事はされなかったと聞いています。



 ちゃんと越えてはならないラインを知っていたんですよ、この人。



 ……それで、これから貴方はどうするんですか?

 こんなことをされて黙っていられる人間じゃないでしょう、貴方。


 立ちなさいな、貴方のやることはここで泣き崩れる事ではないはずです。やらなければいけないことをやりなさい。


 そう言いながら私は席を立ち、部屋の出口へと足を向けます。……オークさん、金髪ちゃん、帰りますよ。これ以上ここにいても悲しいだけです。


「え……でも……」


 いいから。帰りますよ。


 一人にさせてあげましょう。部外者の私達が彼の気持ちを完全に理解することなんて、できやしないんですから……。


「……はい」


 私が部屋を出ると後ろからケモモナの慟哭が響いてきました。私達が居なくなるまで抑えていようとしたのでしょう。


 ……はぁ、嫌なものですね。


 私はボソリとそう呟き、孤児院を後にしたのでした……。




 その後、私達がクランに戻った後の話です。


 ケモモナから連絡が来て、自分をイベントのパーティメンバーにいれてほしいと言われました。


 ジェンマと因縁がある私と一緒にいれば、遭遇する確率も高いと考えたそうです。確かに、後悔させてやるとか言われましたからね。その通りだと思います。


 彼を煽ったのも私ですし、連絡がくるのは当然ですか……。


 そう思い、私はケモモナに返事を返したのでした。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「おっ! ケモモナじゃねーか! 遊びに来んなら連絡しろよなー! 修行しようぜ! 修行!」


「イベントまで時間ねぇからな! 最後の追い込みと洒落混もうぜ!」


 『ノラ』にやってきたケモモナは修行中毒者の方々に手厚く歓迎されていました。


「ふふっ……そこまで喜ばれると照れるな。よしっ、チャイムを呼んでこい。話はそれからだ」


 ある程度は吹っ切れたみたいですね。いつまでもズルズルと引きずっているよりは全然いいです。辛気臭い顔で戦われても迷惑ですから。


「心を入れ換えたって聞いたけれど、前に見たときと変わっていなくない? 大丈夫、ポロポロ?」


 そんな様子を私は師匠と一緒に見ていました。アークさんも一緒です。


「嫌やわぁ……、わての姿見られたら何されるかわからへんやん……。メチャクチャにもふられそうやわ……」


 自慢の尻尾を震わせながら、狐のアークさんは怯えています。……大丈夫ですよ、一応は仲間ですし、ちゃんと拒否をすれば勝手に触ってくるような事はしません。男性にはわかりませんけれど。


「大丈夫なの自分だけやん!? なんて奴連れてきたんや! こんな場所に居られるか! わては帰らせてもらうで!」


 おや、自らフラグを立てるとは殊勝な心掛けです。ちょうどチャイムさんがブラッシングされにやって来たみたいですし、代わりにもふられてくれば良いんじゃないですか?


 ケモモナ達に目を戻すと、そこにはブラシを持参したチャイムさんの姿がありました。どうやらこの間の御手入れがお気に入り召したようです。……女性陣からの視線が変わってましたからね。下心丸出しじゃないですか。


「は? アイツにブラッシングしてもらえば女の子にモテるん? ……ちょい行ってきますわ」


 そう言い残し、アークさんは迷いなく変態ケモナーの元へと行ってしまいました。あ、捕まって臭い嗅がれてる。アホですねぇ。


「アーくんには悪いけれど、いい薬だね。これからやることがあるのに遊びに行っちゃうんだもん。ブラッシングされたあと一番最初にもふってやる」


 そう言いながら師匠はワシャワシャと手を動かしていました。……あれ? これから何かに用事でもあるんですか? 折角ですから一緒に修行でも……と思っていたんですが。


 私がそう言うと、師匠はクスリと笑顔を見せました。


 それを見て、私の背筋にゾクリとした寒気が走ります。


「前にも言ったけど、ジェンマの奴とは知り合いなんだ。アイツ、昔から幼いNPCを捕まえて好き勝手していたんだよね。まさか今でもやっているとは思わなかった」


 め、目の奥が全然笑っていない……。


 真っ黒な人殺しの目をしています。少しでもふざけた事を言ったら殺されそうな気迫です。こっわ。


「……ワカバからアイツの居場所を聞き出したから、地獄見せて来るよ。ポロポロはここで大人しくしてて」


 は? な、何を言っているんですか。それなら私達も一緒に行きますよ。

 うちのパーティは皆アイツの事嫌いですし、いくらでも協力を……。


 私は手伝おうと協力を申し出ましたが、師匠はやんわりと首を横にふりました。


「いいのいいの。私が最初に地獄を見せてやるだけだから。ああいうクズは何度でも地獄に叩き落としてやらなきゃ」


 クスクスと師匠は笑っています。


 そういえば忘れていましたが、殺害数だけで言えばNo.1の犯罪者なんでしたっけ、この人。


 子猫先輩やツキトさんと同じで、プレイヤーを殺すことに一切の迷いが無いのです。殺すときには平気で殺します。


 そんな方に目を付けられたら……。




「期待していてね。死ぬより辛い目に合わせてくるから」




 ……もう、おしまいですねぇ。


 いつもの様に笑う師匠に、私は戦慄するしか無かったのでした……。

・ロストの条件

 女神の加護を受けているのであれば、他の生物によって殺されたり、事故によって死亡した場合は生き返る事ができる。しかしながら、病気、自殺、戦争、特定の属性による攻撃で死亡した場合は生き返ることができない。また『深淵属性』による攻撃で死亡した場合、死体は灰に変わり、骨さえ残らない。

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