怪物
ザガード首都にほとんど人がいないのは、ジェンマの姿を確認した『シリウス』が住民を避難させたからだそうです。
今街中を彷徨いているのはほぼプレイヤーであり、NPCの方々は家にいるか重要施設に集められているとか。
……よく見つけられましたね、アイツってコウモリの姿にもなれたはずですが?
「ザガード首都はほぼ全域に監視カメラが置かれている。ジェンマの特徴は要注意人物として知られていたからね、すぐに彼等は動いたよ。こういう時、軍隊っていうのは強い」
召喚した小鳥に『怠惰』の能力で取り憑いたケモモナが、感心するようにそう言いました。……でも、まだ見つかっていないのでしょう? 監視カメラの目が届かない所に潜伏しているという事なのでしょうか?
「そのジェンマって『クラブ・ケルティ』で会った大きな人ですよね? またあんな被害を出させる訳にはいきません! 早く探しに行きましょう!」
金髪ちゃんは少し焦った様子です。
街ごと消滅したあのインパクトが強いのでしょう。確かに、間近で見ていた私もジェンマを放っておける訳がありません。
「しかし、一度監視の目に映ったのなら、それからの行動を予見するのは可能ではないでしょうか?」
いえ、そうとは限りませんよ。オークさん。
監視カメラがほぼ全域設置されているというだけで、全ての地域を監視できる訳がありません。どうせ綺麗な街並みの裏はスラム街みたいになってるんでしょう?
このゲームの裏通りは基本物騒ですからねぇ。そんな場所に監視カメラなんて置いたら、すぐに壊されるに決まっていますよ。
私がそう言うと、ケモモナは数回頷きました。
「よくわかっているじゃないか、ポロラちゃん。その通り、首都といえど闇の部分がないというわけじゃない。この街の一部地域は無法地帯のスラムになっている、潜伏しているのなら、そこだろうという話だ。……『シリウス』もそれをわかって探している」
でも、見つかっていないと。
それならば私達も捜索に参加致しましょう。こちらの顔は『シリウス』の皆さんも知っているでしょうし、変に刺激しなければあっちも見逃してくれるはずです。
それでは案内をお願いします。
「いいとも……ついてきたまえ」
そう言うとケモモナは私の視線の高さまで飛び上がり、羽ばたきながら私達を誘導し始めました。
広場から離れ、細い路地に入ります。
スイスイと飛んでいく小鳥についていくと、綺麗だった街並みは暗く、汚いものに変わっていきました。
浮浪者の姿を見ることも増えて来ます。もう少しでスラムにつくようです。
「そうだ、走りながら聞いてくれ。実はうちのクランで世話をしているNPCが行方不明になっている。小さい子供だ。もし見つけたら保護してくれ」
途中、こちらを振り返りもせずにケモモナがそう言いました。……妙に真面目なのはそのせいですか。子供って前に連れてきた子ですかね?
「……真面目にしていればモフらせてくれるのかい?」
あ、真面目じゃないみたいなのでダメですね。さっさと案内しなさい。
「子供? ……お前がそんな心配をしているのか?」
私達のやり取りを聞いていたオークさんが怪訝そうな声でそう言いました。今のところケモモナは信用できるのですが、日頃の行いが悪すぎるせいで完全に警戒されています。
しかし、実際に子供を連れていたので言っている事は本当っぽいんですよね。こんな場所にいたら危ないですし、保護してあげないといけません。
「……小さい男の子ですか?」
こんな時でも金髪ちゃんはぶれません。……こら、今は真面目にしなきゃいけない時ですよ。
「か、勘違いしないでください! 女の子でも頑張ります! 少しやる気に関わって来るだけで……」
そういう所ですよ?
意外というか、やっぱりなんですけれど、金髪ちゃんは変態の部類の子ですね。扱いが簡単そうで助かります。生け贄用意すれば私の思った通りに動いてくれそうです……。
そうやって悪いことを考えていると、ケモモナが急に止まりました。丁度十字路になっている場所です。
「この辺りがスラムの入り口になる。ここからは別々に行動しよう、なにかを見つけたらチャットで報告を頼む」
そう言うと、ケモモナは目の前の道に向かって全速力で飛んで行きました。……私も一人で探します。オークさんと金髪ちゃんのは二人で探してください。
「わかりました、何かがあったらパーティチャットで」
「ポロラさんもお気をつけて!」
そう言いながら二人は駆けて行きました。……さて、路地裏の探索なら得意分野ですね。
私はしゃがみこんで足元をじっくりと観察しました。
砂だらけの汚い道です。色んな足跡や痕跡が残っており、見ただけでも十数人位は通ったのではないかと推測できます。
しかしながら、今回については関係のない話なんですよねぇ。……あった、丁度私が向かうはずだった道ですか。
私が見つけたのは、他とは違う足跡でした。
妙に小さい足跡……つまり子供の足跡ですね。そして、異様に大きな足跡も発見できました。
もしかして、この大きなのはジェンマのですかね? アイツ目測で2メートル位ありましたし、メチャクチャでかいんですよ。
にしても、なんで同じ方向に足跡が? まるで一緒に行動しているみたいに見えます。
なんで……。
あっ。
私はとある事を思い出して、全速力で駆け出しました。
『クラブ・ケルティ』でワカバさんがジェンマと話していた時の事です。ワカバさんは時間稼ぎと言って下らない話をしていました。
それは結果的に有効な手段だったのですが、問題はその内容です。
急がなければなりません。
幸運な事に足跡は残っています。特に小さな物は目立つので分かりやすいです。
これがケモモナの探している子供の物だと信じて行くしかありません。……頼むから無事でいてくれるといいのですが。
嫌な考えと、ウサギさんを嬉しそうに撫でているあの姿が頭を過ります。
足跡は更にスラムの奥に続いています。小さな物と大きな物、二つがセットのまま続いているのです。
たまたま行き先が同じというだけであればいいのですが、通路は更に複雑な物になっております。これが偶然という事はないでしょう。
私は黒籠手を起動状態にし、すぐ能力を使えるように備えます。
顔を見た瞬間にぶち殺してあげますよ。子供を誘拐するなんてクズの中でも最悪のクズです。
存在事態が許されません。
そう思いながら、私は必死に足を動かします。
すれ違う機械兵や浮浪者を無視しながら進むと、視界の端に大きな影が見えました。……ジェンマぁ!
「ぁん……? げぇっ!? キチガイ狐!? なんでこんなところにいんだよ!」
驚いたような顔で大男が叫ぶと私の周囲に鳥籠の様な鉄檻が出現しました。まるでこちらに来るなと言っているようでしたが、そんな事は関係ありません。
黒籠手から両手にナイフを生成、鳥籠を切り刻み一気にジェンマへと距離を詰めます。
「ちっ……! まだ何もしてねぇよ! 買い物すらすんなってかぁ!?」
黙れ!
そうやって叫びながらナイフを振るいますが、私の周囲から鉄杭が現れその行動を阻害して来ました。
今の私とジェンマの間にはまるで立ちふさがる壁のように、柵が幾重にも出来上がっています。……あーもう! 壊しても壊しても生えてくる!
狭い場所のせいで大量の大爪を展開こともできません。両手のナイフで対処はできていますが、自分の身を守る事で精一杯です。
こういう地形が得意なんですね……それなら一気にぶち抜いてあげます。
私は自身に突き刺さってくる鉄杭を無視して正面に一つの大爪を作り上げ、回転させながら打ち出しました。
その時既に、ジェンマの姿は見えなかったので直撃させる事はできませんでした。……しかし。
「ぎああああああああああ!! や、やりやがったな! このクソアマぁ! あ……あしがぁ!?」
片足位は持っていけたみたいです。対して、私に突き刺さっている鉄杭は大した物ではありません。HPも全然削れていませんし。
あぁ、弱い弱い。
どうして私の目の間に現れたんですかねぇ。大人しくしていれば何もしなかったというのに。
貴方の顔を見るだけでも腹立たしい。さっさと目の前から消えなさいな。
そう言いながら、私は大爪を引き戻し狙いを定めます。
すると、ジェンマの顔が恐怖へと染まり、彼を守るかの様に鳥籠が出現しました。……挑発されて反撃もできない。どうしようもないチキンだこと。
「テメェ……! イベントが始まったら覚えておけよ! ぜってぇ泣いて後悔させてやる! ……っぐぇ、アバヨ!」
私は捨て台詞を聞き終わる前に大爪で攻撃をしましたが、着弾する前に彼の入った鳥籠は消えてしまいました。もちろんジェンマごとです。
そういえば、鳥籠で味方を転移させていましたね。能力だけは立派なものです。……逃がしてしまいましたが、いいでしょう。後は子供を探さなくてはいけません。
私は最初にジェンマが出てきた通路に目を向けました。そこには、更に薄暗くなっている通路があります。
警戒しつつ、私はそこには足を踏み入れました。
地面をよく見ると小さな足跡がうっすらと残っていました。他の足跡で少し消えていましたが、私が追ってきた物と同じものだと推測されます。
ここで一番困る事はこの先にジェンマの仲間がいることです。しかし、探すと言った以上引き返す訳にもいきません。
できれば早めに見つけたいところなんですが……。
……!
しばらく奥に進んだ私の耳に聞こえてきたのは、小さな子供のものと思われるすすり泣くような声でした。
消えてしまいそうな声を便りに、私は慎重にそこへ向かって歩きだします。
そして……。
「ぅっ……ぅぅ……ひっく……」
ああ。
なんて……なんて酷い……。
私は女の子の姿と、すぐ近くに積もっている灰の山を発見したのです。
女の子の服は八つ裂きにされ、その白い肌が見えてしまっていました。余程抵抗したのか髪は乱れきっており、身体は傷だらけです。
そして、足元の灰……あれはロストしたNPCの残骸です。ああなってしまってはどうやっても復活させることはできません。
その光景に、私は言葉を失ってしまいました。
可能性があった事はわかっていたのです。
けれども、普通の感性を持った人間が、小さな子供達相手にこんなことできるわけがないと思っていました。考えが甘かったのです。
ジェンマ。
アイツは人間じゃありません。怪物です。
こんな酷い事をできる存在が、人間な訳ないじゃないですか。これはあんまりにも……あんまりにも酷すぎます。
そう思いながら、私は泣いていた女の子に駆け寄り、その小さな体を優しく抱き締めました。
女の子の体の震えは止まらず、私にしがみつきながらずっと涙を流していました。
そんな彼女を抱き締めながら私は思ったのです。
きっと、ディリヴァから街を守る事がなかった光景が、これなのだと……。




