ロータス・キャット~死神に愛された子猫~後編
※引き続きツキト視点です。
真っ直ぐに、ただ愚直に。
右腕が変型したマシンガンの銃口をこちらに向けるアーマーズ・ロードに向かって、俺は駆け出した。
足元に散らばる残骸を踏みつけながら、崩壊した玉座のごとき要塞に佇むキーレスさんの首を狙う。
ここまで来たのなら、作戦はいらない。
ただ自分の実力をぶつけるだけだ。
「正面突破か! 良いねぇ! オジサンそういうの好きだよぉ!」
若干テンションが上がっているキーレスさんがそう叫ぶと、マシンガンの銃身が回転し、数多の銃弾が射出された。
弾丸は俺の周囲にばら蒔かれ、地面を抉りとっていく。衝撃で土が炸裂しているのを見る限り、直撃したら一たまりもないだろう。
が。
「そう簡単にはいかないかっ……!」
銃弾はこちらを避けるような弾道を描き、バラバラに散っていく。……作戦は無いが小細工位はさせてもらった。
アホ女神の神技、『フェルシーの天運』。
女神フェルシーの幸運によって、運が良いから何でもオッケー!というとんでもない状態になることができるスキルだ。相手の攻撃は当たらなくなり、自分の攻撃は全てクリティカルとなる。
だが、強力だからこそ効果時間は短い。
効果が消えるまでに、なんとか一撃はいれたいものだが……。
「本当に厄介な『プレゼント』だが……今の私は覚醒状態だ! なめるな!」
周囲の残骸から数体の小型アーマーズが現れる。プレイヤーが操っているわけではなく、いわゆる無人機のようだ。
何回か相手にしたが、高速で動き回り攻撃を回避して戦闘を行う事が目的の機体であり、外装は脆い。
囲んで不可避の攻撃をするつもりなのだろうが……。
「出たね! 『マジック・アロー』!」
悲しいことに、このゲームの魔法は必中である。
現れた瞬間に先輩の魔法が炸裂する。
たとえ初期魔法の『マジック・アロー』でさえ、先輩にかかれば必殺の攻撃となる。アローって言ってるのに大砲位のエネルギー弾が打ち出されているし。
予想通りエネルギー弾はアーマーズを簡単に撃ち抜き、その機能を停止させた。
「うりゃりゃ! こんな雑魚じゃ僕達は止まんないぜ! 大人しく諦めろ!」
最初にMPを使い切る位に氷結魔法を使用した先輩だったが、移動する時間で戦闘するには充分な程には回復したようだ。口振りからわかるように絶好調である。
通常なら負けフラグのエネルギー弾連射だが先輩は違うのだ。どこぞの戦闘民族の王子と一緒にしてもらっては困る。
その証拠に、現れたアーマーズを駆除した後、先輩の攻撃はキーレスさんに襲いかかった。見た目は大して効いているようには見えないが、確実にHPを削っているはずだ。
出現させた伏兵を簡単に破られたキーレスさんは、再びマシンガンをこちらに構える。……悪いが既に、こちらの間合いだ。
俺は足に力を込めて跳躍する。
狙いは右腕、主力であろうマシンガンだ。
「なめるなと言っている! そんな単純な攻撃が通るとでも……!?」
当然そんな直線的な攻撃を回避しようとしないわけがない。必ず回避するために何かの行動を起こすことはわかっていた。……でも、キーレスさんは理解していなかったみたいだ。
俺は今、最高にツイている。
「クソッ……身動きが……!」
機体を動かし攻撃を避けようとしたのだろうが、運悪く足場が崩れてしまったらしい。運命のアホ女神が爆笑している姿が見えるようだ。
俺はその隙を見逃さず大鎌を振るう。
機体の右肩ごと切り落とすように、大鎌は白銀の軌跡を描く。飛び上がった俺が残骸の上に着地したときには、後方からガシャンという何かが落下した音が聞こえた。……いい切れ味だな、『真理の大鎌』。
「馬鹿な、まだ覚醒もしていないはずなのに、この装甲を切り裂くというのか……? 素晴らしいな! それは先日作っていた物だろう!? 楽しくなってきたぁ!」
やられたはずのキーレスさんは笑いながら体勢を立て直すと、今度は左腕を変型させた。光輝くブレード……ラ◯トセーバーかな?
「あれ……光化学ブレードだ! あれ防御と耐性無視してダメージ与えて来るから気を付けて!」
ひょえ。
先輩の忠告に、思わず情けない声が漏れる。
とんでもない物を持ち出してくれたものだ。ちょうど俺の『フェルシーの天運』の効果も終わってしまったし、ここからは普通に攻撃が当たる。
けれども、近接戦闘ならこちらの土俵だ。
しかも『真理の大鎌』には神の力を持った敵に対して大きなダメージを与える事ができる能力がある。女神の力を宿している覚醒状態ならば、この能力は有効なはずだ。
つまり、先に攻撃を直撃させた方の勝ちってことだな。わかりやすくていい。
背中から煙を吹き上げながら、キーレスさんはこちらに踏み込みつつそのブレードを振るう。
動きは速い、先程相手にしていた小型アーマーズよりもずっとだ。けれども、見切って避けられないスピードではなかった。
俺はその攻撃を受け止める事なく身を屈ませて避ける。そして、その瞬間に先輩の魔法が放たれた。
「『マジック・アロー』!」
至近距離で魔法が発動し、キーレスさんに直撃する。魔法は必中の代わりに距離によるダメージの増減はない。だからこそ、この攻撃は先程と何ら変わらないが、キーレスさんは顔をしかめた。
「ぐぅ……! やはり私の魔法耐性が効いていないか……! どこまでも化物だな! 『魔王』ちゃん!」
どうやっても、防ぎきれないダメージが入ってしまう。
それが先輩の魔法だ。
足である俺が生きている限り、先輩の魔法は止まらない。どれだけ耐性が高くても、じわじわとその命を奪っていくことができるだろう。
だが、ただ避けるだけじゃない。
俺は低い姿勢の状態で、そのままキーレスさんを切り上げた。直撃……とまではいかなかったが、アーマーズの表面に切れ込みをいれることはできたようだ。
一撃をいれたことを確認して、俺はキーレスさんと距離をとる。連続して攻撃できるほど隙がある相手ではないことは確かだからだ。
「……おいおい、随分慎重だな? 勢いに任せて攻撃してこないのかな?」
挑発かな?
……いえいえ、一応格上を相手にしているつもりなんでしてね。そんな単純に攻めるつもりはありませんよ。
第一、覚醒状態になった時点で普通のプレイヤーが勝てない事くらいはわかっているでしょうに。
「普通のプレイヤー……ね。面白い冗談を言うじゃないか? 君達を普通と言えるプレイヤーが、このゲームをやっているとはオジサン思えないけどなぁ?」
「まぁね! なんてったって僕達は最強だらね! ちょっとハンデがあってちょうど……あうっ」
肩の上で先輩が調子にのったのでデコぴんをする。……こーら、余計なこと言わない。今のところ五分五分でしょうが。
そういうとふしゃーっという鳴き声と共に指を噛まれた。そんなに痛くはないので、単なるささやかな反撃だろう。かわいい。
そんな俺達の様子を見ながら、キーレスさんはクックッという愉快そうな笑い声を漏らししていた。
「そうそう、敵前でそうやってふざける事のできる余裕……とても君達らしいよ。こっちも格上と戦っているという気分になる。いや、私は攻撃を当てれていないし実際格上か。たまらないね」
何か来る。
そう直感して、俺は構えをとる。
先輩も察したのか、俺の指から口を離した。
「オジサンの覚醒状態はどっちかというと、自分自身より仲間を強化するのがメインだからね。多少は強化されているが、満足できる程ではなかった。……だからこそ、こんなものを作ったんだよ」
その瞬間。
俺達の目の前からキーレスさんの姿が消えた。……光化学迷彩!?
しまった。完全に失念していた。
あれは完全に斥候が使用する物とばかり思っていた、思い込んでいた。
効果からして量産できる物でもないだろうし、『シリウス』自体軍事行動を参考にして動くだろうと思っていたのに……。
それアンタが使っていい装備じゃねぇだろ! 畜生!
俺は咄嗟に動きだした。
姿が見えない以上、攻撃を避けられるかどうかは賭けである。けれども、あの大きさのアーマーズをカバーできるだけの持続力はそれほどないはず……!?
目の前で、残骸が音を鳴らす。
何もない空間のはずなのに、何かが着地したような音が聞こえた。
そう考えた瞬間、俺の身体に衝撃が走る。
上半身と下半身が両断され、俺は残骸の上をバウンドしながら転がっていった。……残りHP1か。これ『再契約』発動してんな。
『カルリラの再契約』。
俺的にNo.1女神であるカルリラ様の神技である。簡単に言うと食い縛りスキル。
「つ、ツキトくん!? 半分こになってるよ! 死んじゃだめ!」
流石に先輩も心配してくれた。やったぜ。
と、喜んでいるとノイズと共にキーレスさんの姿が現れる。アーマーズのブレードには、俺の血がベッタリとついていた。
「……っと、もう効果が切れたか。燃費が悪いことが弱点だが、それ以上の成績は出せみたいだね。……さて、次は君だ」
キーレスさんはそう言ってブレードを先輩に向けた。対する先輩も、そちらの方に向き直る。
「キーレス……悪いけれど、僕じゃ役不足だ。最近は火力が足りていなくてね、やっぱり僕の『プレゼント』じゃ、これ以上は強くなれなかった」
そして子猫から少女へと姿を変えた。……先輩の『プレゼント』は死んでも即復活するという能力だ。イベント時には機能しなく、それ以外の能力はない。
つまり、彼女が使える特殊なスキルというものは、他人と比べて少ないのだ。
「もう僕を追い抜いている人もきっといる。君もそうだと思うよ? ……だから」
けれども、先輩の『プレゼント』は一つじゃない。
彼女の左手には、六つの宝石が付いた指輪が填められている。
それは俺の『プレゼント』と全く同じものであり、俺が先輩に贈った……結婚指輪だった。
「本気で遊ぼうぜ? 『覚醒降臨』だっ!!」
先輩がスキルを発動すると共に、彼女の身体が光に包まれる。そして、目の前に覚醒を告げるウィンドウが現れた。
『プレイヤー『ミーさん』がギフトの力に飲み込まれました。周囲のプレイヤーは迅速に避難してください。『プレゼント』が暴走します』
『測定中……』
『判明』
『種族『子猫』。職業『魔法使い』。Lv20000……覚醒します。覚醒します。覚醒します』
それを信じられないという目で、キーレスさんは見ていた。
「なぁ……!? 『プレゼント』をツキト君からもらったとは聞いていた……だが、『強欲』のギフトまで使えるなんて聞いていないぞ!?」
ククク……何言ってんです? 考えたらわかるでしょ?
ギフトは『プレゼント』に追加で実装されるスキルなんですから、新しい『プレゼント』をもらったら、新しいギフトを使える様になっても不思議じゃないでしょう?
俺は死にかけながらニヤリとした表情をしながら流れていくウィンドウを見つめていた。
『彼女は殺し続けた』
『嫉妬、暴食、憤怒、怠惰、色欲、傲慢……』
『全ての神々を殺すために、彼女はその大鎌を振るった。……だが、強欲の女神だけは殺すことができなかった』
『なぜなら強欲の女神には家族がいたから。女神は身寄りの無い子供達を育て愛していた。だから、殺せなかった。守らなければと思ったのだ』
『彼女は死神、生命を愛する優しい死神』
『彼女の愛で、輪廻は回る……』
『覚醒完了……。女神の力が必要なのですね?』
『エターナル・ロータス・キャット『ミーさん』。女神『カルリラ』の名において、あなたの輪廻を回しましょう。愛する者を、守るのです!』
こうして。
先輩の力は解き放たれた。
俺の目の前に小さな蓮の花が現れる。ちゃんと効果は発動しているようだ。
「待たせたね! それじゃあお望み通り戦おうか! 『ソールドアウト』の実力を見せてやるぜ」
先輩がそう宣言すると同時に。
戦場に、花が咲き乱れたのだった……。
・浮気者の指輪
プレイヤー『ツキト』の『プレゼント』。全ての女神を信仰することができるようになる。信仰について便利な機能が詰め込まれた『プレゼント』。本来は二つで一つだったが、もう一つはプレイヤー『ミーさん』に譲渡されている。……身を固めたんだから浮気はよくないと思うナー?




