ロータス・キャット~死神に愛された子猫~前編
※今回と次回はツキト目線でお送りします。ご了承ください。
プレイヤー ツキト 数分前……
巨大なバケツロボ……アーマーズ・ロードに向かって俺は走っていた。
どうやら向こうもこちらに向かってゆっくりと前進しているらしく、戦闘になるのはまもなくといったところだろう。……『覚醒』状態か、勝てるかどうか怪しくなってきたな。
「な~に言ってるのさ、そんなこと微塵も思っていないくせに。君も覚醒したら問題ないじゃないか」
俺が弱音を吐くと肩の上に乗っている先輩がそんな事を言ってきた。本当に微塵も負ける光景が見えていないような口振りだ、というか絶対思っていない、この子猫そういうところある。
……悪いですが、俺は絶対に『覚醒降臨』を使いませんからね? 俺が使ったら後処理がとんでもなく大変になるんですから、使うくらいなら死にます。使っても死にます。
正直に言ってしまおう。
キーレスさんのあの状態は俺と先輩にとっては既知の情報だ。『覚醒降臨』を使うことによって『強欲』持ちのプレイヤーは女神の力をその身に宿すことができる。
具体的に言うのならば、『プレゼント』の真の能力が解放され、更にはステータスとスキルも向上するのだ。
なんかチップの奴が持っている情報を話して欲しいように頼んでたみたいだが、そのときは鉛玉をくらって拠点に死に戻りしていたので俺の知るところではない。勝手に殺したのが悪い。
そういうことで、『覚醒降臨』の仕様については誰にも話していなかったのだが……失敗だっただろうか?
でもこれを知ったら、とんでも無いような事をしでかしそうな奴しかいないんだよなぁ。
シーデーは王都を吹き飛ばすっていう前科持ちだし、シバルさんもリリア様にセクハラかましたという前歴があるし……。そういえば、ポロラさんも『強欲』持ちだっけ?
考えたら、『強欲』持ちってヤバイ奴しか居ないじゃないですか、やっぱり『覚醒降臨』の事は秘密にしておいた方が良いですね。
「君も相当だと僕は思うけどね? ……ところで、さっきから砲撃が無いんだけれど、どうしたのかな? もしかして何か企んでるんじゃあ……」
先輩に酷いことを言われた気がしたが俺は気にしない。
さっきの演習場全面を目標にした砲撃以来、キーレスさんからの攻撃はなかった。
口振りから味方ごと巻き込んだ攻撃に思えたが、どうやら味方の位置は把握していたらしい。サンゾーさんとビルドーは生きていたし。
しかし、味方の位置を把握しているというのならば、次の攻撃が来ていてもおかしくはない。どうせ俺達の居場所もわかっているはずだ。
にも関わらず、次の攻撃が来ないということは……誰かが邪魔をしているんだろうな。
俺は未だに遠い要塞に目を向ける。
目を凝らして見てみると、要塞の周りを飛び回っている銀色の線が見えた。線が通った場所は装甲が剥がれ落ちていっている。大きな被害を与えることはできていないみたいだが、着実にダメージを与えていように見える。
「ケルティだね。速さがカンストしたんだっけか? そのうち手合わせして欲しいなぁ」
流石のレズエルフだ。
速さのステータスを重点的に育てていたケルティは、いつの間にかカンストまで成長させたそうだ。
前から速さがあれば何でもできると豪語していただけの事はある。……しかしだ。
あのレズエルフ、最近は先輩にすり寄って来ていやがる。
久々に会ったからって先輩に抱きつこうとしたのだ。即座に首を切り落としたから何もなかったが、あれは獲物を狙う目をしていた。許せねぇ。
ああやってキーレスさんに立ち向かっているのも点数稼ぎだろう。カッコいい姿を見せて、先輩や女の子達にちやほやされたいのだ。
クソッ……! このままでは戦果を奪われてしまう……! 俺だってちやほやされたい……!
俺は下心を燃料にして更にスピードを上げた。
ケルティ……お前ばかりにいい格好はさせねぇぜ!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
銀色の閃光が宙を飛び回り、山かと錯覚するほどの機体を切り崩していった。
キーレスさんもただで斬られているわけでは無く、機体の至るところから機銃で撃ち落とそうと射撃をしている。しかし、彼女のスピードについていくことができないらしく、損害は増えていくばかりだ。
と、俺達に気付いたらしく、機銃の銃口が幾つかこちらを向いたのがわかった。……不味い。
俺は咄嗟に壁生成の魔法を使い、目の前の地面から大きな土の壁を出現させた。するとそこに遅れて銃弾が撃ち込まれる。だが……。
……なんかおかしいな?
変に攻撃が弱い。今作った壁は使い捨てるつもりだったのに、しっかりと攻撃を受け止めている。まるでキーレスさんの攻撃では無いみたいだ。
それに、ケルティが速すぎるからと言って、一発も当てることができないなんてあるだろうか? まぐれでも一撃位は入るだろ。
「ツキトくん、どうしたんだい? さっきまでは戦う気満々だったのに……」
少し思考を巡らせていると、先輩が不思議そうに声をかけてきた。……ちょっと試してみたいことがありましてね。
壁に隠れながらキーレスさんと思われる機体を観察する。ケルティの攻撃によってボロボロになっていいるが、動きに問題は起きていないようだ。
俺は機体の装甲に対して、壁生成の魔法を使用した。
すると、装甲の一部分が盛り上がり、まるで出来物ができたように背の低い壁ができあがったのだ。
それを確認して俺は叫ぶ。……ケルティ! ハリボテだ! 全体攻撃で吹き飛ばせ!
「あっ! ツキト!? ということは、みーちゃんもいるよね! いぇーい! みてるぅ~?」
こんのアホエルフぅ!
翼を生やし、空を駆け回っていたケルティは攻撃の手を止めてこちらに手を振ってきた。せっかく敵の正体を看破したのに……。
当然、油断したアホエルフに銃弾が撃ち込まれた。しかしながら、威力が低いようで数発命中したがケルティは平気そうな顔をしている。
「いてっ!? ……あ、なるほど、ハリボテってそう言うことね! それじゃ、ふきとばしちゃおっかなー!」
俺の言葉で察したのか、ケルティは機体に対して持っていた大剣の切っ先を向ける。すると、そこに輝く人魂の様なものが集まっていった。
見覚えがある。『色欲』の邪神が使った広範囲高威力の攻撃スキルだ。この前、街一つを吹き飛ばす程の攻撃を体験したばかりである。……え、ケルティさんそれ使えんの? ヤバくね?
「いっくよー! 『ソウル……オーバー』ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
巻き込まれるのではないかと身構えたが、その辺りは先輩がいたので考慮したのだろう。
ケルティがエネルギーの固まりを放つと放つと、それは極太のレーザーになって目の前の機体に襲いかかった。
「おわっ!? 凄いね! 『色欲』のギフトだ!」
先輩は肩の上ではしゃいでいるが……ちょっとカスったんですけど? 絶対狙ったな?
俺とは違い、直撃した『アーマーズ・ロード』には大きな穴が空き、そこから人が落下してくる。……やっぱり中に違うプレイヤーが入っていたか。
おそらく、この『アーマーズ・ロード』は移動要塞みたいなものなのだろう。
中にいるキーレスさんが本体であって、バケツロボはあくまでもハリボテのようだ。壁生成の魔法が効いたのを見ると、オブジェクトの扱いみたいだったし。
おそらく、仲間を中に収納することができ、乗組員として行動してもらうことができるのだろう。先程のように射撃をしてもらうとか。
けれども、その機能はケルティの一撃で全て吹き飛んだ。動くことができなくなったらしく、その巨体は地面に崩れ落ちてしまう。
放ったレーザーはいとも簡単にその巨体を吹き飛ばし、巻き込まれていった乗組員達は次々とミンチになっていった。あの攻撃はずるいわ。
「あはははーっ! どうどうどう? ケルティちゃんにかかればこんなもんだもんねー! みーちゃんは惚れちゃっても……っ!?」
調子にのって先輩を口説こうとしたケルティの翼に、銃声と共に穴が空いた。
空中で自重を支えることができなくなり、その身体は地面へと落下していく。……ったく、その程度で倒せる訳がないだろ!
俺は悪態をついたが、ここでケルティを失うのは痛い。
仕方がない、攻撃をされるのを覚悟で助けにいくか。この借りはでかいからな?
俺は壁から飛び出して、ケルティの元に向かって駆け出した。
想像通りこちらに向かってバケツロボの残骸から銃撃が飛んでくる。見切れるかどうかのギリギリの射撃だ。この攻撃は間違いなくキーレスさんだろう。
「なんだいなんだい! つれないじゃないか! せっかく邪魔者を排除したんだから、オジサンと遊ばないかい!?」
残骸に目を向けると、残骸の中で大量のコードに繋がれたアンドロイドの姿が見えた。
どうやらその部分が『アーマーズ・ロード』のコアの部分らしく、そこだけは大して傷ついた様子がない。
「おっと……この状態じゃ少し戦いにくいな。『アーマーズ・ロード』、パージ!」
キーレスさんがそう叫ぶと、コアの部分が動きだした。
以前に見たキーレスさん専用のアーマーズはバケツ型だったが、今回はちゃんとした人型のロボのようだ。……けれどかなりゴツい、昭和の香りがする。
大きさは五メートル無いくらいだ。キーレスさんが乗り込んでいるコックピットが露出しているので、半壊しているようにも見える。
しかし、しっかりと機能はしているようで、ロボットの右腕がガチャガチャと音を立てて変形し、マシンガンの形に変わった。
どうやらやる気らしい。申し訳ないがケルティはそのまま寝ていてもらおう。
俺は大鎌を構えキーレスさんと対面する。この戦いを余程楽しみにしていたようで、その顔は笑顔だ。
「この状態を見るのは……初めてじゃないね? 君達の事だ、こちらが知らない情報を持っていても不思議じゃない」
……まぁそうですね。
覚醒状態になれる事を知っていたのは驚きでしたよ。貴方がそれを使うとは思わなかった。
なんで前の会議の時に教えてくれなかったんです? ちょっとずるいのでは?
「ハハハ、君達の驚く顔が見たかった、それだけさ。それに君達だって、本当は秘密を共有うして……おや?」
……げ。
タイミング悪く俺達の目の前にウィンドウが現れる。
『プレイヤー『ポロラ』がギフトの力に飲み込まれました。周囲のプレイヤーは迅速に避難してください。『プレゼント』が暴走します』
邪神化……ではなく覚醒化のお知らせのようだ。続々と流れていくウィンドウを眺めていたが、どうやら覚醒したのはポロラさんらしい。降臨したのはリリア様か。ヤバイ臭いしかしない。
「……ほら、キツネちゃんも覚醒しているじゃないか。ズルいなー、そういう情報は共有していこうよ?」
キーレスさんはうんざりとした様子でそういうと、ため息を吐きながら肩を竦めた。……違います~。
アンタが『覚醒降臨』使ったせいで気づかれたんです~。濡れ衣だ~。
「そうだよ! やるならやるって言ってほしかったね! そしたらこっちも色々と準備したのに!」
俺と先輩は抗議した。
というか、マジでこれヤバイのでは? 『強欲』持ちの奴等が更に強くなれることに気付いてしまった。絶対に問題を起こす。
それと、出てくるウィンドウが長いんだよな。戦闘に集中している時に出てこられるとイラッとするし。
「おや? オジサンのせいだって言うのかい? ……まぁそんな事もあるさ! 今は戦いを楽しもう!」
俺達の考えなんてどうでもいいかのように、キーレスさんはそう言ってこちらに銃口を向けた。……確かに、文句を言うのは殺した後でも遅くはないな。
わかりましたよ、俺も久々に強い人と戦えますしね、楽しんでいきましょう。んじゃあ早速……。
その首、斬り落とさせてもらおうか?
「いっけぇ! ツキトくん! 戦闘だぁ!」
俺はニヤリと口角を歪め、先輩の号令と共にキーレスさんに襲いかかったのだった……。
・下心
浮気者を動かす無限のエネルギー。そんなんだから包丁で刺されるのだ。少しは反省した方がいいと思う。




