ペットショップ
今回のお仕事は、昔炭坑として使われていた洞窟を根城にしている、敵性NPCの駆除となっております。
ランダムで出現する強盗やシーフの敵を殺すことで、討伐数に応じて報酬が出る……というクエストですね。
レベルが低い敵ですが、何が起きるかわからないのがこのゲーム。しれっとレベル差が100位ある敵が出てきたりしますから。後、違うのが混ざっていたり。
なので、始めの偵察は大事なのですよ……。
わかりましたか? 特攻すればいいってもんじゃないんです、ワッペさん。
「あ~? 大丈夫っだって。盗賊なんて雑魚じゃん。パパっとぶっ殺しちゃおうぜ?」
……まったく、私に負けた癖にどこからその自信が出てくるんですかねぇ。
私達は、現在炭坑の入り口に来ております。
クエストを受注し、炭坑に訪れた場合に限り、この場所はクエスト専用のダンジョンへと変化します。
私の経験から言えば、この洞窟内部の敵は私達のレベルに合わせて変化すると思うのですが……。ワッペさん、貴方今のレベルはおいくつですか?
「俺? 今は……397だな」
無駄に高い……。
このゲーム、NPCのレベルはそのまま強さの基準なのですが……プレイヤーは違います。プレイヤーの強さはステータスとスキルレベルによって決まります。
レベルで上がるのはHPとMPのみになっているので、ちゃんと修行をしないと見た目だけ立派で中身スッカスカのキャラになってしまうのです。
しかも、こちらのレベルに合わせて敵NPCのレベルも上がるので、できるだけレベルを上げないように、ステータスとスキルを成長させなければならないのです。
ならないのですが……。
「レベルが高いのはしょうがねぇだろ。ある程度プレイしてりゃあ勝手に上がるもんだしな」
考えなしにレベルを上げるプレイヤーの方が多いんですよね……。レベルを下げるアイテムもありますが希少品ですし。
要するに、レベルと中身が釣り合って無い方と一緒にクエストすると、難易度が爆上がりするんですよねぇ……。
「敵のレベルが気になんのか? ……仕方ねぇなぁ」
そう言って、ワッペさんはめんどくさそうに腰の剣を抜きました。そして、それを使って地面にガリガリと何かを描いています。……何してるんです?
「敵が強くて殺されても良いように、ってな。復活地点作ってんだよ」
……?
えーと、そういう能力ってことです?
「そ。死んだ時に発動する能力の詰め合わせでな。『再起動者』ってんだ。お前もこの上に乗ってくれれば、一時間だけ、ここを復活地点に設定できるぞ。やってくか?」
え? いいんですか?
それでは、失礼しまして……。
私はワッペさんが作った歪な魔方陣の上に乗りました。すると、目の前にウィンドウが表示されます。
『復活地点が変更されました(1H)』
おおー。これはこれは。
死んでもいちいち拠点から歩いてくる必要が無いっていうのは、凄く良いですね。クランで復活して、また死んだの?とか馬鹿にされませんし。
いい能力持ってるじゃないですか、ワッペさん。
「おう! ……っと、言っておくがそこにログインすると、デスペナは普段の2倍だから気を付けな。ステータスがガッツリ持ってかれるぜ?」
……前言撤回ですね。
そこにデメリットついてたら、意味無いじゃないですかー……。
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松明を片手に炭坑へ足を踏み入れると、赤いバンダナを巻いたいかにも盗賊という男性とエンカウントしました。
驚いたので右ストレートを食らわせると、男性は首を変な方向に曲げて飛んでいってしまいます。……いやぁ、ビックリした。
「ポロラ……躊躇い無さすぎじゃね? 息をするように人間を一人殺しやがって……そっちの方がビックリだわ。優しさって知ってっか?」
ワッペさんは物陰に隠れていた盗賊を斬首しながらそう言いました。どうやら、彼は優しさというものを知らないようです。
優しさというものが何かは別として……弱っちぃのに私を驚かせるから悪いのです。それに、街のNPCさん達と違って復活しない敵NPCですし、その辺の魔物と変わりませんよ。
それに、殺さないと善行値は回復しませんからねぇ。……っと、2匹目ぇ!
再び飛び出してきた盗賊さんに向かい、私は右腕を突きだします。手袋を爪の付いた籠手に変化させて、盗賊さんを串刺しにしました。
盗賊さんは呻き声を漏らす前にミンチになり、地面に残骸を残して消えてしまいます。……おや?
よく見たら、残骸にお金も混ざっているじゃないですか。このクエスト、お金稼ぎもできるみたいですよ?
「量は少ねぇけど、塵も積もればってやつだな。……善行値だけじゃなく、金もくれるとか、良いことは止められねぇなぁ、おい」
ワッペさんは楽しげにニンマリと口角を吊り上げ、笑顔を作りました。……そうですね。私達は善人ですから。良いことをすると気持ちいいですよね。
「それな~。良いことすんの最高だぜ~」
私達は会話をしながら炭坑を進んでいきます。
私の考えは杞憂だったようで、盗賊さん達のレベルは悲しいほどに低く、少し斬ったり突き刺したりするだけで簡単にミンチになってしまいます。
楽で稼げる……素晴らしいですね。
と、しばらく進むと少し広い部屋に出ました。中央には先ほどの盗賊さん達とは違う雰囲気の、青いバンダナを頭に巻いた女性盗賊さんが立っています。
「ここまで来るなんてやるじゃないか。けれど、アタイ達の根城に土足で踏み込んだのは許せないねぇ……。悪いけど死んでもら」
とりゃあああ!
敵のお話に付き合う程暇では無いのです。
私は広場の中央に棒立ちになっている彼女に爪で攻撃を仕掛けました。
一瞬、ギョッとした顔をした盗賊さんは咄嗟に身を屈めて私の一撃を避けます。しかし、既にワッペさんも動いていました。
彼は薄暗い炭坑の影に身を同化させ、女盗賊さんに不意打ちを仕掛けます。
私の攻撃を避けて油断した彼女には、ワッペさんの剣は予想もできない事だったらしく。
気がつけば、女盗賊さんのお腹から刃が生えていました。……グッジョブです。
「はっ! なんじゃこりゃ、クソ雑魚じゃねぇかよ!」
そういいながら剣を引き抜いた後、ワッペさんは女盗賊さんの首を切り落としました。
……まぁ、最後の敵って訳では無いでしょう。いきなり強い敵が出てくるかも知れませんよ?
私がそう言うと、ワッペさんはがははと景気よく笑いました。
「何が出てきても関係ねぇよ! ぶっ殺すだけだ! ただのカモだよ! 俺達レベルなら関係ねぇ! ……ところで、ちょっといいか?」
何です? あらたまって?
「いや……お前、どこのクラン所属だ? ポロラなんて名前聞いたことがねぇ。プレイヤーキラーやってるっていうのなら、もっと名前が知れていて普通だ。お前どこで何してた?」
……どうしたんですか? いきなり知性を取り戻して?
なにやら真面目そうな口調のワッペさんに、私は戸惑いを隠せませんでした。
まぁ、別に隠す事は無いですが……、私はソールドアウト『ノラ』に所属しています。後、名前は知られていない訳では無いです。不名誉ですが『戦闘狂』という二つ名持ちでして。
「『戦闘狂』……そうか、お前が……」
ほんと失礼ですよねー。ちょっと戦闘を強要しただけでこれですもん。ワッペさんはわかってくれますよね?
私は軽い感じでそう言ったのですが、ワッペさんの表情はあまり良くありません。
「しかも、ソールドアウトの所属……、ノラか……。なぁ、チップちゃんは元気か? チャイムのやつに変な事されてねぇよな?」
ちゃん?
馴れ馴れしいですね。何ですかいったい? うちの食いしん坊のリーダーをちゃん付けで呼ぶとか……流石の私でもイラッとしますよ?
「ポロラ、お前もしかして『ペットショップ』解散以降のプレイヤーなのか? ……実のところ俺もソールドアウトの一人だ。一応当時の事情も知っている」
……ペットショップ?
なんですか、それ? このゲーム、ペットを飼育できる機能はありませんよ? まぁ魔物を仲間にしている人はいますが。
私がため息混じりに聞き返すと、ワッペさんは、そうか、と呟きました。
「……なら教えてやる。このゲームをやっているなら誰でも知っている『魔王』と『死神従者』。この二人は『魔王軍』と呼ばれた伝説のクラン、『ペットショップ』のリーダーだった」
ワッペさん言ったことに、私は一瞬理解ができませんでした。
ペットショップ、死神従者、魔王……。
私の頭は混乱してぐるぐると回り、一つの答えが出ました。
『ペットショップ』って名前……ダサくないですか?
・レベルとスキルとステータス
プレイヤーは行動すると、それに応じたスキルに経験値が溜まっていく。例えば、剣を振れば『長剣』のスキルに経験値が溜まり、『近接戦闘』のスキルにも同時に経験値を取得できる。スキルを取得していれば、『心眼』や『見切り』にも経験値が入る。そして、スキルに応じたステータスに経験値が溜まっていく。その計算が全て終わった後、プレイヤー本人のレベルに経験値が溜まる。スキル経験値+ステータス経験値=総合経験値、という計算だ。敵を倒した場合、本人のレベルにのみ経験値が溜まるので、修行をする際には敵を倒さずに戦闘を継続すると効率がいい。しかし、敵を倒さないと成長しないスキルも存在するので注意。




