行儀の良い兵隊達
雪。
それは恐ろしい天候です。
体温を奪い、簡単に人をしに至らしめることができる、天候の中でも最悪と言っても過言ではないでしょう。
降り積もるそれは人々の移動を邪魔し、木々を真っ白に染め上げました。
寒さへの対策をしていなかった人々は、冷気に身を震わせて、ただただ凍え死ぬのを待つしか無かったのでした……。
ま、これはゲームですので、氷結属性の耐性を持っていればどうにでもなるんですけれどね? 氷結属性とか大体の方は対策しているでしょうし。
私もモフモフなので寒さはへっちゃらです。この程度の寒さなら平時と大差ありませんねぇ。
しかしながら、私がこの演習場を駆け抜ける際、最も邪魔になるのが足元の雪です。足をとられてしまい、どうしても最高速度を出すことができません。
ですが、雪が積もったおかげで、見えないものが見えているんですよねぇ……そこだ!。
私は地面についている足跡を発見し、その付近に向かって黒籠手から刃を飛ばしました。
黒籠手から射出された刃は散弾のように飛んでいき、見えないなにかに突き刺さって動きを制止させます。
「ど、どうして……?」
刃がある場所からそんな声が聞こえると同時に、その場にミンチがばら蒔かれました。……この程度で死んでしまうとは情けない。見えないからって油断しましたか?
驚異と思えた光化学迷彩でしたが、雪が降ったお陰でその姿を発見できるようになりました。動けば足跡が残りますし、動かなければ装備に積もった雪が居場所を教えてくれます。
私は周囲を見渡して他に痕跡がないか探しますが、足跡から推測するにこの場にいたのは一人だけみたいです。もしかしたらもう一人位どこかに隠れているかも知れませんが、その判断は後方で指揮をしているチャイムさんにお任せしましょう。
そう考えて、私はウィンドウを開きクランチャットを開きます。
先行班の我々は、何かあった場合、もしくは、一定距離を進んだならばクランチャットにて報告するように指示を受けていました。
既に何件もの報告が上がっており、毒ガスを使おうとした痕跡があったとか、新型兵器らしき物と交戦したという記載がされています。……結構遠い地点からの報告ですけれど、油断はできませんね。
毒ガスの痕跡については、雪が変色していて一目でわかったそうです。もしかして、毒ガスが広まる前に雪が吸収してくれたのでしょうか? 覚えておきましょう、早めの察知ができます。
新型兵器を発見したのはツキトさんと子猫先輩だったそうで、姿を確認した瞬間に破壊してしまった為、細部はよくわからなかったとか。わかったのは見馴れない兵装という事だけです。
さて、私も敵さんを倒した事を報告しなければなりません。ええっと、ウィンドウに表示されているのがここで、地図の座標がこの場所ですから……。
ここまでは概ね示された経路通りに進む事ができていますね。三分の一の地点まで来た位です。……はい、報告完了。
にしても、こんなに近い場所で敵に遭遇するとは思いませんでした。何かこちらが掌握していない移動手段があったのかも知れません。
もしかしたら、それが新兵器とやらかも知れないので、ちょっと敵さんが落とした残骸を漁ってみましょう。決して、高価な物がないかを確認するためではありません。先に言っておきます。
さて、いったい何を落としてますかねぇ~。わくわく。
私は残骸に近づいて、何が落ちているのかをウィンドウで確認しました。……ふむふむ、食料に武器、それと無線機ですか。
なぁんだ、光化学迷彩があればそれを奪って使おうと思っていたのに、欲しいものは落とさないんですから。
しかし食料は悪く無いですね。途中でお腹が減って動けない、なんてお間抜けな姿を晒さずに……ん? 無線機?
私はウィンドウを操作し、敵の持っていた無線機を手に取りました。小型の物でトランシーバーを思わせる形をしています。アンテナが長く、イヤホンやマイクがついていますが。
試しにイヤホンを耳に繋いで見ると、まだ電波を受信しているようで、誰かから早く状況を報告しろと怒鳴られました。うっさ。
そういえば先行班が集められたとき、ツキトさんが無線機を拾ったら対処するように言ってましたね。
たしか、ベストがチャイムさんに渡すことだったはずですけれど、この位置からわざわざ戻るのも面倒です。よってこの方法は却下。
妥協案として、通話ボタンを固定すると良いと言われたのでそれでいきましょう。
私は黒籠手からワイヤーを作り出し、それを使ってボタンを固定しました。……そういえば、絶対壊すなとも言われてましたね。置いておくこともできませんし、仕方ないので持っていきましょうか。
手に入れた無線機を腰のベルトに取り付け、私は次の目的地に向け前進するのでした……。
これは、後から聞いたお話。
私が手にいれた無線機なのですが、どうやら一度に話すことができる人数は一人だけだそうです。無理矢理話そうとしても電波が混線して使えないのだとか。
つまり、私が通話ボタンを固定してしまった時点で、彼等の無線はただのお荷物と化していたそうです。
通話ができない時点で周波数を変えれば良かったのでしょうが、その事を実施したのはほんの一握り。その事を直接伝えに行こうとも、経路に積もった雪がそれを許しません。
彼等の連絡網は早々に壊滅しました。
それならば、私のようにクランチャットを使えば良かったのにと思ったのですが……。
使用制限を設けないクランチャットは普段から使えた物ではありません。指示なんか出しても、その他の報告で一瞬で流れてしまったのだとか。見たときに指示がないと、気付きにくいものですからね。
その点、私達は徹底していました。書き込んでいいのは、異常の有無、敵の人数と装備、場所の座標、どう処置したかのみ。報告だけなら一つずつ確認して本隊の行動に反映させればいいだけですから。
なお、不用なチャットはチップちゃんが作業の片手間に削除してくれています。……戦闘には参加していないので、ルール違反ではないですよね?
戦争が始まって1時間、戦況は私達に大きく傾いていたのでした。
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「見つけたぞ! 3本の尻尾……間違いない! 『串刺しフォックス』だ! 本隊に報告を……!」
変な二つ名つけてんじゃないですよ! びょおおおおおおおおおおおお!!
無線機を拾って数分後。
私は敵の防御陣地にぶつかったようです。ガスマスクを着けた連中が、木々の間から銃口を覗かせてこちらに銃撃をしてきます。
その中の一人が私の姿を確認したのか、お仲間に注意換気をしていました。
もう殺しましたけど。
銃弾なんて大爪を盾にして突撃すれば怖くないんですよねぇ……! というか、レベルがそんなに高くないのか、見切って避けれる位ですよ。よくもまぁ、そんな失礼な口がきけたものです。
私はウジ虫に突き刺した槍を引き抜いて、近くにいた雑魚に対し構えを取りました。皆殺しにしてしまいましょう。
「ぶ、分隊長~!? ま、不味い! 陣地に侵入された! あ、アーマーズを呼b……!」
うっさい。
私は盾にしていた大爪を射出して、叫んでいた兵士を貫きました。防ごうと銃で防御したみたいですが、関係ありませんね。
「くっ……そぉ! くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
木々の影に隠れていた兵士達が顔を出し、こちらに射撃をしてきました。狙いなど定めない、大量の弾丸による制圧です。
おそらく、当たっても大した事は無いでしょうから、このまま相手にしていいのですけれど、消耗は抑えた方が良いすね。
そう考えて黒籠手で大爪を作成、弾除けの壁にしました。そして、腰のベルトに手を伸ばします。……近代兵器を使うのは、自分達だけと思っているんじゃないですか?
私は腰に装備していた手榴弾を手に取り、そのまま前方の上方に向かって放り投げます。
手榴弾という予想外の物が自分達の近くに飛んできた彼等の心境は、止まった射撃音で察することが出来ました。……くくくっ。
皆さんお行儀の良いことで……!
射撃音が止まった瞬間、私も前方に飛び出します。
ブーツの効果で空中を蹴り、手榴弾の爆発から身を守るように雪の上に伏せる彼等を見下ろしました。
目に映る全員が全員、しもしない爆発に怯えています。いい的ですね。
私はそんな彼等に向かって、黒籠手から刃を伸ばして串刺しにしていきました。全員が呻き声を残してミンチになってしまいます。……これで5人位死にましたかね? まぁ射撃は止んだので良しとしましょう。
追撃が無いことを確認して、私はさっき投げたピンが付いたままの手榴弾を回収しました。
現代兵器に馴れている兵隊さん達ですから、この形の物が飛んできたら咄嗟に身体が動いてしまうでしょう。爆発を受けたら大ダメージですし。
ですので、ピンを抜いていない手榴弾を投げるというフェイントが有効だと思ったのです。大当りでした。
ふふふ……。
防御陣地を一つ潰せたのは大きいですねぇ。早速報告をしなければなりません。
ここまでのルートが安全だと言うことは確定されましたから、そろそろ本隊も動き出す頃じゃないですか?
楽しみですねぇ、問答無用の大行進です。
私達が見逃してしまった敵を叩き潰しながら彼等が進むのを見たかったですけれど、私には私の仕事がありますので……。
かちゃり。
……?
劇鉄を引き起こす音が聞こえました。
しまったと思い振り向くと、私に向かって拳銃を構えている女性の兵士が立っていました。
先程上から見たときには見つける事ができなかった方ですね。……どうしたのですか? 撃ってみなさいよ? もしかしたら殺せるかも知れませんよ?
「……アナタに勝てるなんて思ってない。けれど最後の足掻きはして見せる」
おやおや?
勝てないと思ったのなら、大人しく隠れていればよかったでしょうに。やり過ごして仲間に知らせた方が利口なやり方でしたよ?
私はそう言って名前も知らない彼女の喉元に狙いを付けました。一撃でその首を切り落として差し上げま……!?
「アナタ、死んだわよ」
パァン!
森の中に炸裂音が響きました。
しかしながら発射された銃弾は、私に向かうことは無かったのです。
銃口は上空を向き天に向かっており、そこからは一本の白い煙が立ち上っていました。……信号弾!? くっ、小癪な!
私は一気に踏み出して無抵抗の彼女を切り殺します。そして、すぐに頭の考えを切り替えました。
捕捉された。
逃げなければ。
けれど、今の信号弾はきっと後方の仲間達も観測したはずです。
それならば、このルートが危険だということは今言わなくてもわかるでしょう。敵の増援が来てしまうことは予見できるはずです。
そうと決まれば尻尾を振って逃げましょう。ちょっと引き返して違うルートに……。
と、そのときです。
私の周囲に幾つかの影が現れました。
まるでどこからか転送されたかのような現れ方に、先程の兵士達の動きを思い出します。
アーマーズを呼べ。
確かにあの兵士はそう言いました。その後、彼等は狙いも定めずに全力で射撃。まるで私の行動を制限するためのようでした。……まさか、全てはこれを呼び出すために?
きっと、あの信号弾は彼女の『プレゼント』だったのでしょう。効果は……見た通りですね。
「ラッキィぃぃぃぃぃ! 二つ名持ちだ! 殺せば昇格待ったなし!」
「あら、可愛い侵入者さん。悪いけれどここで死んでちょうだいね?」
「味方の仇は討たせてもらうであります! 覚悟!」
現れた彼等は、既存のアーマーズを小型化したものを身に纏った様な姿をしていました。背中のジェットが火を吹いており、空中を飛んでいます。
まさに機械鎧……アーマーという感じです。ちょっとスタイリッシュ。
大きさも木々の間を飛び回れる位で、これならばどんな戦場でも高い機動力を発揮できるでしょう。……っち、なにが軍隊は地形と天候に弱いですか。へっちゃらそうな装備してますけど?
私がそうやって悪態を吐くと、現れた三機体は私に銃を向けました。
どうやら逃げられないみたいですが……丁度良い、そろそろ雑魚狩りも飽きてきたところです。……精々腕一本位は飛ばせると良いですねぇ!
私は大爪を展開、槍を構えて地を蹴ったのでした……。
・『シリウス』陣営
キーレス「え、フクロウがとんだら天候変わった? どういう事だい? 今雪降ってるの? というか吹雪!? 戦車は……積もった雪で止まってる!? 航空機も飛べない!?」
キーレス「無線が通じない……か。仕方ない伝令を出せ。速さを重視しろ、新型アーマーズを使って構わな……斥候が壊滅した? 殆どクランに戻ってるだって? 科学攻撃も雪のせいで全く拡散せずに効果なし……? 新兵器全く役に立って無いじゃないか……」
キーレス「新型アーマーズが数体破壊された? ……ああ、魔王ちゃんね。それは仕方ない」
キーレス「はぁ……予定を変更しよう」
キーレス「少し早いが最終兵器が出る。総員、殲滅の準備を始めたまえ」




