白い戦場
会議が終了した後、私はチャイムさんに呼び出されました。……別に怒られたとかそういうのではありませんよ?
どうやら私は、例の鉄砲玉に選ばれたみたいです。単身で突っ込んでしっちゃかめっちゃか暴れて来いという事でした。得意分野です。
もちろん選出されたのは私だけではなく、他にも師匠をはじめとした、お兄ちゃん'sやメレーナさん、ケルティさん等の扱いに困りそうな方々が集まっていました。というか全員知り合いです。私の知り合いヤバイ人しかいない……。
そんなヤバイ我々に渡されたのは演習場の地図でした。
それに記されたルートに従って前進し、敵情を解明して欲しいそうで。
敵の位置もわからないので、誰かが発見しなければなりませんからね。聞いた話だと本隊が攻め混むルートも確定していないそうですので、私達の任務はとても重要だとか。
それと、ツキトさんが思い付いたという作戦は教えてもらうことができませんでした。というよりも、チャイムさんも教えてもらえてもらっていないようで、ただ準備をするように言われただけだそうです。
なんかこのクランにスパイが侵入している可能性を心配しているそうで、本当に重要な所は誰も教えていないと言っていました。
……そんなに心配する事ってありますかね?
確かに光化学迷彩を使えば侵入も容易ですけれど、チップちゃんの能力で知らないプレイヤーがいればすぐにわかりますし。
なんか売店にガスマスクを被った怪しい人がいましたけれど、まさかスパイがあんなに堂々と買い物するわけもないでしょうしね。
明らかに怪しいということで、黒子さん達が連行して行ったそうですが、それから彼がどうなってしまったのかは私はわかりません。
まぁ気にしないことにしましょう、ええ。
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という訳で、戦争当日です。
ミラアさんの移動能力を使用し、『ソールドアウト』の全勢力が『シリウス』の駐屯地に集結しました。
ポイント移動の能力というのは知っていましたが、まさかこんなに長い距離移動できるとは思いませんでしたよ。
「移動に関して言えば、アタシの能力の上位互換だからな。ポイントを設置しないといけないっていうのがネックだけど」
一緒に移動してきたチップちゃんが辺りを警戒しながらそう言いました。招かれた身とはいえ、一応は敵地です。
頭がおかしい奴にいきなり襲われてもおかしくはないですからね。油断せずにいきま……。
「お、あっちに屋台でてんじゃん何か食ってくか」
「射的もあんじゃ~ん。遊ぶべ遊ぶべ」
「というか人すげぇな。縁日かなにか?」
……。
軍事基地の敷地内には様々な屋台が立ち並び、まるで縁日を思わせるかの如くでした。一般のNPCも来ているようで家族連れの姿が多いです。
ガスマスクを被った怪しい方々が嬉々として店員をやっている光景が中々シュールですね。
「やぁ、待っていたよ。ソールドアウトの諸君。こんな形の出迎えですまないね、大きな演習がある時はこうやって基地に人を呼ぶんだよ。……驚かせたかな?」
私たちが予想もしていなかった光景に見とれていると、兵隊を引き連れたキーレスさんが現れました。
あちらは準備万端というようで、兵士達は完全武装をしています。腰周りには様々な道具が取り付けられており、小銃を手にしておりました。今にでも襲いかかって来そうです。
「やぁキーレス、遊びにきたよ。そっちの準備は良いみたいだね。僕達を殺す事はできそうかな?」
そんな事は気にしないというように、子猫先輩を肩に乗せたツキトさんが前に出ました。
「相変わらず元気だね、魔王ちゃん。……こちらとしても簡単にやられる気はないさ。こちらの準備はすでにできている。君達が良ければいつでも案内しよう」
子猫先輩の挑発に対して、キーレスさんは笑いながらそう返しました。
……このキーレスさんという方の実力を、私は知りません。しかしながら、聞いた話ではツキトさんと同格の実力を持っているということでした。
きっと私の実力では敵わないでしょう。そして、それは殆どの方に言えることです。
この戦いに勝つためにはこのアンドロイドさんを倒さなければなりません。しかしながら、それができる可能性がある方は限られている事でしょう。
そんな方々をキーレスさんの元に導く事が私の仕事。勝利の為に力を尽くすのです。
「キーレスさん。俺達の準備は万全だ。いつだって始められる。そっちに貸し出す人員にも仕事の内容は説明しているしな。すぐにでも案内してくれ」
ツキトさんもやる気満々みたいです。
その声からは普段のふざけている様子からは想像できない程の気迫を感じました。
しかし……。
「え……? でも、皆屋台に買い物行っちゃたけれど? それと最初に運営側で動いてくれる人達に説明をしたいから、集めて来てほしいんだけど……」
「……はい?」
ゆっくりとツキトさんはこちらに振り向きました。……あー、こっちに移動してきた皆さん、速攻で遊びに行ってしまいましたよ?
私の周りにはもう数人しか残っていませんでした。
皆さん屋台の魅力に負けてしまったようです。私の隣にいるチップちゃんでさえ、すぐそばにある屋台で買ってきた焼きそばを食べています。
皆さんも楽しそうにたこ焼きやお好み焼きを頬張っています。中にはビールを飲んでいる方もいますね……。
「うっそだろ……?」
ツキトさんは皆さんの意識の低さに驚きを隠せていませんでした。そりゃあつまらないと言って作戦会議で爆睡していた方々ですからね、自由ですよ。自由。
と、とりあえずチャットか何かを使って、全員集合させた方が良いのでは……?
私が恐る恐る提案しました。
「あ、ああ。そうだな、先ずは各クランのリーダーにチャットを送んねーと……。アイツら確認するかな……」
ツキトさんはやや慌てた様子を見せながらウィンドウを操作していました。どうやらこの状況をまったく予想していなかったようです。
そんな様子を心配したのか、子猫先輩はゆっくりと口を開きました。
「ツキトくん……僕、リンゴ飴が食べたいな。買ってきてもいい?」
まったく心配してませんでした。
ツキトさんはその言葉で心が折れたのか、地面に崩れ落ちてしまいました。四つん這いの姿勢ですね。
やる気だけは素晴らしいんですけどね、周りの皆さんがこの調子ですから、もうどうしようも無いです。
どうやら今は縁日を楽しむしかないみたいですねぇ……。
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「よし! 少しで戦闘開始だぁ! 頼むから気合い入れていってくれよな!」
屋台を心ゆくまで楽しんだ私達は、ようやく今回の戦場である演習場にやって来ました。
周りは完全に森ですね。と言っても、木々の間隔が広いので意外に見通しがいいです。遠くまで良く見えます。
今は鉄砲玉に選ばれた方々と魔術師の皆さんがツキトさんに集められていました。最初に動くのは私達ですからね。これから作戦を説明してくれるみたいです。
「これからお前達には演習場を駆け回り、情報の収集と敵の奇襲してもらう! その為には今の状況では不可能だ! だからこそ、俺達に有利な状況を作る!」
なるほどなるほど……。
つまり何とかして私達に有利な状況を作るという作戦のようです。何をするかはさっぱりわかりませんが。
にしてもツキトさんはやる気満々ですね。隣にいる人間モードの子猫先輩はリンゴ飴に夢中みたいですけれど。
けれども、彼の溢れる自信は信用できます。いったいどんな作戦をたててきたのか……。
「という訳で、シバルさんとタビノスケ、よろしくお願いします」
「ふふふ……こんにちわ皆さん。シバルですぞ……!」
「タビノスケでござるよ……!」
おい、ちょっと待ってくださいな。
ツキトさんの言葉に合わせるように、神父の服装を身に纏った老人と触手の塊が木の影からひょっこり顔を出しました。……結局人任せですか? 私はてっきりツキトさんが何とかすると思っていましたよ?
「違うよ? シバルさんには囮になってもらうだけだって。空を飛べるリリア信者ってこの人くらいしか思い浮かばなったんだよ。タビノスケは補佐だ」
空を飛べる?
……。
あ、トリップ的な奴ですか。そうですね、宗教ってそういうヤバイ感じな一面もありますからね。
「いやいや、違いますぞポロラ君。このシバル、もう一つの姿があるのです。……変身!」
そうシバルさんが叫ぶと、彼の姿が光に包まれて変化しました。……えっと、白いフクロウさんですか?
トッププレイヤーの皆さんが取得している動物化の能力のようです。口調からシバルさんがフクロウというのはイメージ通りと言えばその通りですけれど……。
「じゃあシバルさん、よろしくお願いします」
「ホッホッホ! 任せてくだされ! ただ上空を旋回すればいいだけなのですな? ……と、そろそろ時間のようですな」
そう言って、シバルさんは翼をはためかせて上空へと飛んでいきました。
曇天に向かって白いフクロウが飛んでいく姿は遠くからでも良く確認できます。しかし、そんな事をしていったいどんな意味が……。
「タビノスケ! 先輩と魔術師達に『拡大』の能力を使え! シバルさんを狙えるくらいに射程を広げろ!」
「承知! ……にゃあああああああああああ!!!」
……は!?
私は信じられないような事を聞きました。
味方を狙う意図がわかりません。そんな事をしていったい何が変わるというのですか、ただただこちらの戦力を削るだけ……。
「よし! いくよ! 『アイス・ストーム』!」
子猫先輩が呪文を叫ぶと、遠く離れたシバルさんを取り囲む様に数多の魔方陣が現れました。
そして、魔方陣からは立っていられないほどの激しい吹雪が吹き荒れます。
続いて、更に魔方陣が展開されていきました。
他の魔術師さん達の魔法でしょう。吹雪をものとしないシバルさんに向かって、皆さんは氷結属性の攻撃を打ち続けています。
そのせいで、辺りは真っ白になってしまいました。演習場全体が冷やされたせいで、空からは雪が降って、どんどん積もっていきま……!?
ちょ、ちょっとまってくださいな。
もしかして、天候を変えて、演習場を雪景色に変えることが貴方の作戦だったとでも言うのですか!?
私が驚きながらそう言うと、ツキトさんはニヤリとした笑顔をこちらに向けます。
「当たり前だろ? 見た感じ、あっちは夏用の装備で固めていたからな。こうやって環境を変えてしまえば、相手の戦略はかなり限られる。軍隊は地形と天候に弱いって言うのは昔から決まってんだよ……!」
そんなメチャクチャな……。
しかし、確かに理にかなっているんです。
雪が降れば、光化学迷彩も意味をなさないはずです。じっとしていれば雪が積もっていって姿がわかるうようになりますからね、丸見えです。
航空機は上空が吹雪になっていれば飛び立つことはできません。純粋に目の前の視界が見えないのです。
ですので、天候を雪にしてしまうと言うのはとても有効な手段だと思いますけれど……。
まさか、こんな形で実現させるなんて……。
「さぁ! 出番だ! 敵の動きは止まっているはずだ! このままルート通りに攻め込むぞ!」
ツキトさんのその呼び掛けに、先行班が反応しました。なにか熱いものを感じます、やる気のようです。……もちろん、私もですが。
私達は、魔術師の皆様の魔法が終了すると同時に、その場を後にしたのでした……。
と、そこで私は信じられないものをみたのです。
それは私達と同じように飛び出して行く子猫先輩とツキトさんでした。……え? 貴方達も鉄砲玉なんですか? 子猫先輩死んだら私達の敗けですけど?
予想外のそんな状況に、私は数秒身体が固まってしまったのでした……。ボスを前線に出しちゃ駄目でしょ……。




