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見えない  作者: 岩尾葵
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ワイルドワイヤー

 Aと交換日記のやりとりをする間に、私は文章を書くことに段々抵抗がなくなり、加えて洗練された表現が出来るようになって行きました。Aの不思議な力はテレパシーめいたものではありましたが、私の考えを的確に言い当ててしまう彼女の表現力は、同時に私を感化し、新たな語彙に目覚めさせてくれるものでもありました。私はAと交換日記をする間に、自分の思いをどう言葉で表現すればいいのかを学び、学校で課題にされる作文を書くのが、徐々に楽になって行きました。作文だけではなく、この時から自分でお話を作ってみたいとも思うようになりました。お話と言っても普段思っていることをつらつらと書き連ねるだけの簡単なもので、胸をわくわくさせるような冒険も、あっと驚くような話のどんでん返しも全くありません。それでも私は思うままに文章を綴り、その中で自分が良く出来たなと思うものだけを、時々Aに見てもらうことにしました。Aは元来の読書嫌いから私の話を読むのを最初は嫌がりました。しかし、私がどうしてもと頼むと、彼女はしぶしぶ原稿用紙を手に取り、ゆっくりと、私が読むよりもかなり長い時間をかけて、拙いお話を読んでくれました。

「これは、交換日記の話と一緒だわ」

 太陽が教室の窓からじわじわと熱を運んでくるある夏の暑い日、交換日記と原稿用紙を一緒に手渡しいつものようにAに読んでもらうと、一言そっけない感想が返ってきました。

「やっぱりそう思う? 自分でも、ちょっと影響受けたかな、って思うところはあったんだけど」

「ちょっとどころじゃないわよ。影響受けたも何も、考えていることが交換日記書いている時と全く同じじゃない。あんたどれだけタイタンが好きなのよ」

 私がAに差し出したのは勧善懲悪モノのアクション小説でした。タイトルは『ワイルドワイヤー』。ワイヤーを武器とする主人公が、急速な環境汚染によって発生した突然変異の怪物たちと戦うストーリーです。その週のスペースタイタンを見て似たような話が書きたいと思った私は、思いがけずかなりタイタンに近い話を書いてしまったようでした。交換日記でもタイタン、小説でもタイタン、の私にAはかなり大きなため息をついて言いました。

「少しは別のものを書いてみたらどうなの。アクションから離れて家族ものとか、恋愛ものとか。××ちゃんの場合、全く別のものじゃないと、読んでて頭の中にタイタンばっかり出て来ちゃって、つまらないわ」

 酷い言われようでしたが、Aがそういうのも無理はありません。おそらくAは私の文章を読むたびに、頭の中でタイタンの戦い、タイタンの考え、タイタンの台詞を何度も反復していたはずなのです。とはいえタイタンで頭がいっぱいの私に彼女の望むような話が書けるとは到底思えませんでした。無理、と即答すると、Aは、そこはせめて努力するとか言おうよ、と反論するのでした。

「そんなこと言ったって、あんまり書く気が起きないもの。それに、Aが満足してくれるような話って、多分プロの小説家でも書けそうにないよ。」

「それは書いてみないと分からないよ。案外、身近にいる××ちゃんが書いてる小説の方が、どこの誰とも分からない遠いプロが書いてる作品より、面白いかもしれない」

 何を持ってそんなことを思ったのかわかりませんでしたが、Aは妙に胸を張って言いました。それじゃあ今の小説のままでも十分なのではないか、と思ったりもしましたが、Aは私の描く作品については、もっと枠にとらわれない小説が読んでみたいのだと言います。読書が嫌いなAからそんな言葉が出てくるなんて思ってもみなかったので、これはそれなりに評価されていると考えていいのかな、と苦い薬を飲まされた後に甘い飴を与えられるような誇らしさを味わいましたが、そうしてAから与えられる課題に答えようとするのは、なかなか難しいことかもしれない、とも思いました。日々あったことを書き連ねるのは交換日記で十分でしたし、何より私には、経験が乏しいのです。恋愛ものを書くにしても、家族ものを書くにしても、私の日常は山もなく谷もない平凡な更地のようなものでしたから、書いてみたい話と言うのが全くと言っていいほど思いつきません。

「じゃあさ、毎日一つお題を出すから、それについて書いてきてよ。一つで足りないなら、三つでも五つでも、××ちゃんの書きやすい数でいい。それで書く練習をしてみてよ」

 困り果てていた私にAが助け船を出してくれました。それでも少々自信がありませんでしたが、何もないよりはましか、と考え、じゃあそうしよう、とAに返事をしました。気前の良さそうな笑顔でよしよし、と頷くと、Aは早速、じゃあ今日のお題は、と考え始めるのでした。

 今から思えば、この頃から私が小説を書く立場、Aがそれを読む立場であったことには、何かしら意味があったのではないかと思わざるを得ません。私が書く立場であり、彼女がそれを見る立場でなければ、おそらくあのような出来事は起きなかったに違いないのです。

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