第2話 「卯堯唐栖は籠りたい」
ザァァァァァァァァァァァァ…
少年に、雨が降り注ぐ。
曇天が落とすそれを、傘を持たない少年は、回避する術を持ちえない。
「どうしてあなたはできないの。やるな。やりなさい。がんばれ。夢を見るな。夢を見て、努力しろ。何度言ったらわかるんだ。怠惰だ、怠惰だ。結城ちゃんはあんなに頑張ってるのにあなたは。」
--怠惰だ。
--どうしてあなたは、そんな風に生まれてきてしまったの?
--あなたなんて、産まれてこなければよかったのに。
……。
少年はやがて、心を亡くし、黒々とした凝鬼となりて、恢漠たる虚空を駆けるだけの存在へと成り果てた。
八咫烏『凝鬼』より参照。
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ブゥゥゥゥゥ--〈ゲームのプレイ画面が表示されている。〉
ニーニャ「ありがとうございます、剣士さん。なんとお礼をしたらいいか…。なんでも言ってください。私にできることであれば、なんでもしますので。」
カチッ
黑重「…。いや、いい…。おれは旅人なんだ。お前を助けたのはただの気まぐれにすぎん。」
カチッ
〈ぐううぅぅ。〉黑重のおなかが鳴る。
カチッ
ニーニャ「おなか、すいてるんですか?。シチューがありますよ。うちに来てください♪。」
カチッ
黑重「…。」(どうしよう、断りずれぇ。でも、正体をバラすわけにはいかん。なんたっておれは…)
ポチッ。青年はゲームの電源をoffにした。
「はぁ……」
「小説の続き、書こう。」
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カタカタカタカタカタカタ。
午前午後11時のこと。青年は、パソコンの前に座り続けていた。
彼の名は卯堯唐栖。大手小説投稿サイト、「小説家をやろう」に投稿している、アマチュア作家だ。
今朝も、投稿した小説の評価を見に行った。
閲覧数は307とそこそこ多いが、ついたコメントはたった1つ。
「文章が説明臭くてうざい。」だけだった。
そんなコメント書いてくるお前の方が。と唐栖は言いたくなったが、わざわざ読み通し、コメントまで書いてくれた読者に、そのような態度を取れるはずもない。
しぶしぶ受け入れ、気分転換にネトゲをして、掲示板、アニメを見て、ゲームをしているうちに、10時間が過ぎた。流石に焦って執筆を再開したのだ。
彼は実質の所、14歳からひきこもり、今年で23歳になる生粋の「ひきこもりニート」だが、ヒットの可能性に懸けて執筆を続けている以上は、作家なのだろう。
〈ピンポーン。〉
唐栖「ひッ」
〈ごめんくださ~い。〉
来客があったようだ。両親が不在の今、自分が相手をするしかないのだが、気が進まない。
少し経ってから、階段を降りて、ドアスコープ越しに対象を確認する。
唐栖(やばい、宅配便だッ!!)
宅配業者が、荷物を片手に引き返す途中だった。ドアノブに手をかけ、開けようとするものの、ドアの前で硬直する唐栖。
イメージにやられ、ドアを開けることすらできなかった。
唐栖「く、くそぉ…」
唐栖は床に倒れこむ。
唐栖(……。みじめだ。おれはもう、荷物の受け取りすらできなくなっちまったっていうのか。)
(どうしておれは…こんな風に生まれてきてしまったんだ。)
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卯堯唐栖は不幸にも、大変厄介な超能力を持って生まれてきてしまった。
その名は《否定される運命。》
その能力は、名前の通り※、卯堯唐栖に対して他者が思った批判、批難が唐栖の脳内に直接再生されるというものだ。(※disられる運命という意味)
それによって幾度となく恐怖心を植え付けられてきたせいか、事務的に荷物を受け取ることすら、できなくなっていた。
唐栖「どうしよう、また怒られてしまう。」
宅配便のことで、両親にこっぴどく叱られることは目に見えていた。その際、昔のことまで持ち出して、働くというまで叱り続けるわけで…。
唐栖「…。」
唐栖「やはりおれは…箱庭でしか生きられない体なのかな…。」
?「散々だったわね、カラス。」ゴクゴクッ。
唐栖「ああ。受けとり程度でこの有様とは、我ながらびっくり…。」
唐栖「ぎゃぁあぁぁあぁあああああ。」
気づくと、グラスに炭酸飲料をいれて階段で佇む彩葉唯の姿があった。
唐栖「なんだ、彩葉か。」
唐栖「いや待て、何故いる!?どこから入ってきた!!」
彩葉「どこって…ベランダからに決まってるじゃない。」〈ばかなの?〉
唐栖「その、ベランダから侵入することがあたりまえみたいな発言。やめろ。」
彩葉「な~によ~。事実じゃない、事実。」
唐栖「そういやおまえ、今日平日だろ?また学校サボったのか?。」
彩葉「だって~。つまんないんだもん。」
唐栖「おれが言うのもなんだが…大丈夫なのか?心配だぞ、おれは。」
唐栖はもじもじしながら言った。
彩葉「心配ないわよ。それより…スマブルやろうよ、スマブル。」
唐栖「え?」
彩葉「私と対等に戦りあえるのってカラスしかいないのよね~。」
唐栖「いやだ。」
彩葉「えっ?」
唐栖「今、執筆の途中。」
彩葉「な、な~によ~ッ。ど~せゲームしてたくせにッ。」
唐栖「なにィッ(汗」
彩葉「ど~せつまんないわ。描かない方がマシよ。」
唐栖「なんだとこのッ!ぜってーやらねぇからな。」
彩葉「あ……。」「待って…」
ゴソゴソ。彩葉は鞄から何かを取り出す。
彩葉「ただでってワケじゃないのよ。これを見なさい。」
コンビニで買ってきたウエハースを出す。表紙には先ほど唐栖がやっていたゲームの美少女が描かれている。
唐栖「エ、8×12限定の「ニニャストウエハース」を3袋だとッ!!」
彩葉「私に勝ったら譲ってあげてもいいわ。」〈先に3連勝したほうが勝ちね。〉
唐栖「いいぜ、望むところだッ。」
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4時間後~
唐栖「はぁ…はぁ…はぁ。」彩葉「ハァ、ハァ、ハァ…。」
唐栖「こ、これで…105戦中、53勝、52敗だな。だが2連勝。次で終わりにしてやる。」
彩葉「さ、さすが強いわね。ここまでデュースって、奇跡よ。」
彩葉「でももう、私帰る時間なんだ。これ、没収ね。」唐栖「ッ!!!?」
唐栖「え?…嘘だろ彩葉さん、まだ試合は終わってないぜ。」
彩葉「飽きちゃった☆」
唐栖「そ、そんな殺生な、待ってくれ彩葉さん…」
彩葉「じゃあね~。まったね~。」
唐栖「マッテクレェェッ。」
ガチャッ。
ドタドタドタドタ。階段を降りる二人。
ガチャッ。
外の世界へとのがれる彩葉。生存圏外に出られては唐栖もなすすべがない。
「……。」
「くそぉ~~。彩葉の野郎!!。」
「負けフラグが立ったからって強制ログアウトしやがって※。」(※負けそうだったから、途中で退室した、という意味。)
「もう許せねぇ。小説で殺してやるからな。」
「うぉぉおおおぉぉおおぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」
ダダダダダダダダダダダダダダッ。
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8時間後~
唐栖「できたぜッ!!」
唐栖「くらえごらぁッ。」カチカチッ。
PC〈アップロード完了しました。〉
唐栖「しゃあ!。」
唐栖はパソコン椅子から勢いよく立ち上がると、ベットに飛び込み、仰向けの姿勢になってニーニャのぬいぐるみを持ち上げる。
唐栖「会心の出来だよ、ニーニャ。俺たちの冒険は、これから始まるんだ。」
ニーニャ《うん。毎日がんばっていこうね。唐栖。》
唐栖「あぁ!!」
母「うるさい。」
唐栖「……。」
鬼気迫る気迫でかかれた、八咫烏先生の新タイトル「飼い猫を殺すボクと死なないニャルコ」は好評を博し、唐栖は作家として一歩前進した。