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短編 ファンタジー

聖剣を台座から引き抜くのも大変だけど、引き抜かれた聖剣を元の台座に戻すのはもっと大変な件について

 勇者により世界は救われた。強大な力を持つ魔王、そして魔の軍勢。それらを打ち倒すのに多大な血は流されたが平和は守られたのだ。


 勇者とその仲間……彼らを支えた人々の賜物である。そしてもう一つ。勇者を勝利に導いた要因はーーーー聖剣だ。


 聖剣ーーそれは聖域に封された一振りの剣。古より伝わるそれは、世が乱れし時、選ばれた者により振るわれ世界を救う剣である。


 この剣は選ばれし者でなければ台座から引き抜く事は出来ないのだ。魔王が世に現れたが、中々聖剣を引き抜ける者が現れない。そんな苦境の中、勇者が現れ聖剣を引き抜いた。この時が人類反撃の転機であった。


 かくして勇者の活躍により世界は救われた。








 ーーーーだが、使った物は元へ戻さなければならない。聖剣を台座へ戻す。それも、再び選ばれしものしか抜けぬように。邪悪な者の手に聖剣が渡らぬようにしなければならない。だからーー聖剣が唯一無二であるように、その台座も唯一無二なのである。そして、その製法は一子相伝。秘密裏に受け継がれていた。



 平和が取り戻されて数ヶ月。王都が平和で賑わう中、1人の青年が秘密裏に王城へ召還されていた。


「顔を上げよ」


「はい」


 王の前に跪き顔を上げるのはエール・レナンス。まだ若き青年だが台座の作成方法を受け継いだ職人である。


「エールよ。そなたに大事な役目を授ける。それはーー聖剣を納める台座の作成である」


「……はい」


「平和は取り戻された。だが、次はこれを維持せねばならぬ。その為には……お主の作る台座が必要なのだ」


 平和を取り戻すーーそれと同じくらい平和の維持は難しい。特に武力の存在というのは危険だ。特に勝利の象徴である聖剣。これの保存は容易ではない。強大な力を持つ聖剣が邪悪な者の手に渡ったら、それこそ再び平和が崩されかねない。だから、エールの役目は重要だ。


「聖剣ーー再びこれを台座に戻すにはお主の力が必要だ。どうか頼む」


「……分かりました」


「やってくれるか。援助は惜しまぬ。必要な者があれば何でも申してくれ」


「……はい」


 こうしてエールの戦いが始まった。




 ■ ■ ■ ■




「君がエールかい? 初めまして」


「はい、勇者様」


 今日、エールは救世主ーー勇者を前にしていた。その手から聖剣を賜るためである。王都の秘密の場所。そこにエールと勇者達が会していた。


「若い……本当に大丈夫なのか?」


 突如、勇者の後ろにいた若い女がそう言い放つ。


「……シルナ。失礼だぞ」


 シルナーーその若い女は勇者の仲間の一人である。身に纏うのは聖なる法衣。即ち賢者である。


「…………」


 だが、エールは言い返す事が出来ない。事実であるから。


 本来ならばエールの父がこの役目を負うはずであった。だが……エールの家族は数年前に全員、魔族に殺されてしまった。


「エール。貴方の技術は私達の信頼に足る。自身を持ってくれ」


「……ありがとうございます」


 聖剣を台座に戻すには魔術的な封印が必要である。だから必然的にエールの一族は優れた封印の魔法に特化していた。それは当然エールも例外ではない。父が亡くなる前に技術の継承は終了していた。だから技術には問題は無い。技術には……だが。


「ついにこいつともお別れか……」


 勇者は剣を手にしみじみと呟く。数々の修羅場をくぐり抜けてきた相棒だ。じっと、剣を見つめて勇者は何を思うのか。


「……エール。こいつを頼むぞ」


「はい。必ず成し遂げます」


 エールは勇者から聖剣を受け取る。ズシッとした重みは物質としてのそれだけではないのを確かに感じるのであった。


 ■ ■ ■ ■

 


「…………」


 ある森の奥地。秘密の聖域でエールは一人黙々と作業を進めていた。聖剣の封印。その任務の性質上、封印の仕組みが外へ漏れぬように、一人でしか作業が出来ないのだ。


 だから、今ここにいるのは。


「…………」


「……あの、賢者様は何故ここに」


「あなたの護衛だ」


 腕を組み木に寄りかかりそう言い放つのはシルナ。勇者が別の地の内乱を納めるために旅立ち、代わりに王の信用たる強者としてエールの護衛に任命され聖域へ同行したのだ。秘密を漏洩する心配が無く、勇者の仲間であった世界最強の賢者である。これ程適任な者はいないだろう。


「護衛、感謝します」


「ふんっ……口を動かすなら、さっさと手を動かせ」


「……」


 どうもこの賢者に信用されていないな、とエールは感じる。まぁそれも無理もないと自分でも自覚しているが。


 ーー家族の居ない世界の平和なんて守る意味があるのか。家族を魔族に殺されて以来、エールは惰性で生きてきた。言うなればもうエールにとって生きる意味がないのだ。エールの父は厳しかった。だが、技術を習得すると蔓延の笑みで褒めてくれた。母もぎゅっと抱きしめてくれた。だが……そんな家族はもういない。


 この役目だって言うなれば惰性みたいな者であった。さすが賢者だ。見抜かれているのだろう、とエールは感じた。だからどうというわけではないが。


 王から役目を賜った以上やるだけだ。



 ■ ■ ■



「…………っ」


 額に浮かぶのは大量の脂汗。作業工程3日目。エールは初日から寝ていない。聖剣の封印と言うのは、通常の封印魔法と一線を画す。簡単に言うなれば封印魔法は時間と手間を掛ければ掛ける程、解除が困難になるのだ。


 だから聖剣の封印となれば命を削る事になる。果てしない封印の魔法式を何重にも編み続ける。しかし終わりはまだ見えない。


 目の前が霞み始めた。ちょっと体に来てるな。だが……もう少し。


 ーー封印魔法は苦行の極みだ、と思う。昔からだが。幼い頃から叩き込まれてきたが何回逃げ出そうと思ったか。


 何でこんな事やってるんだとぼんやりと考える。昔は父さんと母さんが褒めてくれるから。それが嬉しくて苦痛に耐える事が出来た。


 特に母さんなんていつも、心配そうな眼で辛そうに術を編む僕を見ていた。大丈夫だよ、母さん。僕頑張るから。そう思うと何処までも頑張れた。


 ーーいっ、大丈夫か?!


 大丈夫だよ、母さん僕頑張るから。術の区切りまでもう少し。もう……ちょっと……だ。


 ーーしっかりしろ!


 父も応援してくれてる。もうすこしだ。ーーよ……し、一区切り……だ。ここでエールの意識はプツンと途切れた。



 ■ ■ ■ ■



 

「…………ん。あれ……僕は」


 パチパチと木が爆ぜる音でエールは目を覚ます。辺りはすっかり闇に包まれていた。……そうだ、封印の最中で気を失なってしまった。


「目覚めたか」


「……賢者様」


 声のした方を見ると賢者が佇んでいた。水色の長い髪が焚き火でオレンジ色に染まっている。


「……申し訳ありません。お手間をかけました」


 エールは野外用の寝具に横たわっていた。倒れた自分を賢者様が処置してくれたのだろう。


「……全くだ。あんな無理をすれば倒れるに決まっているだろう」


「……申し訳ありません」


 限界を見誤ってしまった。封印魔法は自身の限界と綱渡りな部分はあるが……今までこんな事はなかった。少なくとも家族が死んだ以来は。……何故こんな無理を。


「だが……少し、見直した。無礼な態度をとってすまなかったな」


「え?」


 賢者の言葉にエールは驚く。そして賢者は続ける。


「最初見た時、あなたの目が死んでいたからな。……活力の無い死人の目だ。そんな奴に……聖剣を預けたく無い」


「……申し訳ありません」


 死人の目……か。間違いないな。家族の死んだ日から、エールは死んだ様に生きていたのだから。


「……だが、封印の魔力を編むお前は違った。何か力。強い意思が目に宿っていた。……少なくとも死人ではない。死人にあの芸当は出来ない」


「いえ……賢者様。僕は……」


「シルナで良い。それに私とて賢者の名を冠する者だ。それくらいは分かる」


「……」


「きっと、あなたなら封印を成し遂げられるだろう。その間は私があなたを守ろう」


 封印を成し遂げられる? 何か強い力が目に? ……分からない。やりたくは無い。だが辞める事もしたくない。何故僕は封印をするのだろうか。



 ■ ■ ■ ■



 封印作業を始めて二ヶ月が過ぎた。作業も最終段階。完成は目前である。だがーーそれを許さぬ者がいた。



「……っ。何か来る!」


「……え?」


 突然の警戒を孕んだ賢者の声。そして程なくしてそいつは現れた。


「……」


「……?」


 現れたのは1人の壮年の女性。どこにでもいそうな普通の。ーーだが賢者の様子が急変した。


「母……さん?」


「え?」


 一瞬賢者は動揺してしまった。ほんの一瞬ではあるがーーそれが命取りであった。


「あがっ?!」


 女性の腹がパックリと割れそこから巨大な棘が伸び、賢者を貫いた。


「し、シルナさん!?」


「くっ……そっ……」


 心臓を貫かれたシルナはやがて力無く倒れる。突然のことにエールはどうする事も出来ない。やがて、女性はぐにゃりと姿を変えーー現れたのは異形の怪物。魔族だ。聖剣を奪うべく、聖域に現れたのだろう。


 どうしてここに来れたのか。それは分からないが、エールは絶体絶命である。魔族は腕を巨大な針にして、エールに狙いを定める。そしてその体を突き抜かんとし、飛びかかりーー。


「っ」


 魔族の針が空中で何かと接触した。光り輝く障壁。エールの魔法である。封印。即ち壁で封をする事もエールは学んでいた。その応用で障壁を作り出す事など容易である。


「ぐうっ……」


 だが、壁に構わず魔族は何度も針を振るい続ける。一撃一撃で壁が軋む。エールは封印作業で魔力を酷使していた。そうは持たない。このままでは魔族に殺されるだろう。


 殺される。別に良いじゃないか。だってもう生きる意味など無いのだから。封印を完成させてもこの先に何がある。……そもそも何故、僕は今まで何ヶ月も封印作業をし続けたんだ。何だ。何が僕を動かしていたんだ?


 迫る魔族。攻撃の嵐の中エールは自問自答する。何があるんだ。完成させた先にーーーー何が。何もないのに。


 ーーーー良くできたな。


 ーーーー頑張ったわね。


 ……あ。もしかして。


 エールの障壁が限界を迎えて砕けた。そして針がエールを貫きーー。


「よくも母上を汚したな」


 瞬間、魔族が炎に包まれる。背後に立っていたのはシルナ。シルナはそのまま炎の魔法を使い、魔族を焼き尽くした。


「シルナ……さん」


「すまない。油断した、大丈夫か?」


「シルナさんこそ大丈夫ですか?」


「この程度じゃ私は死ねんよ……ん? エール、あなた何かあったの?」


 シルナはエールの目が変わって事に気づく。まるで何かに気づいたかのような目。


「ちょっと、分かったんです。終わった後の事が」


「え?」


「終わらせましょう。もう、封印が完成します」


 エールは聖剣に近づき作業を再開する。そして数十分後ーー封印は完成した。


「出来た」


「……おお」


 突如、聖剣から眩い光が漏れ出した。あたりが光に包まれ、やがて聖剣へ収束していく。そして程なく静寂が戻った。


「……こ、これは」


 シルナは聖剣を目の前にして息を飲む。その聖剣にかけられた封印魔法。世界最強の賢者を持っても解除出来る方法が浮かばない。


「す、凄いぞエール。お前は紛れもなく…………え?」


「……っ、う……く……」


 エールは立ち尽くし静かに泣いていた。何故なら分かってしまったから。封印を成し遂げても褒めてくれる父も母もいない。心の奥でエールはまだ理解していなかったのだ。家族が死んでからエールは惰性で生きていたのではない。家族の死から逃避をしていたのだ。


 もしかしたら、聖剣の封印を成し遂げだら両親がひょっこり現れて褒めてくれる。そんな荒唐無稽事を何処かで思っていた。


 だが確かにエールを褒めてくれる家族はいない。今、初めてエールは家族の死を心から認識した。


「エール……」


「っ……とう……さん。かあ……さっ……ん……」


 聖域に静かなエールの嗚咽が鳴り響いた。



 ■ ■ ■ ■




「……本当にそれだけで良いのか?」


「はい、充分すぎる程です」


 封印から数ヶ月後。エールは魔導学院に通う事を決めた。入学には多大な金が必要だが、シルナの働きかけもあり特例が認められたのだ。


「両親から学んだ事を、もっと突き詰めたいので」


「……そうか。あー、言い忘れたが私はそこの特別講師をやる事になった」


「え? そ、そうなんですか?」


「そ、そうなんだ。うん」


「…………」


「…………」

 

 沈黙が2人の間に漂う。


「……わ、分かったら行け。荷造りもあるのだろう」


「は、はい」


 シルナに促されエールは駆け出す。


「……エール!」


「は、はい」


 エールは呼び止められ振り返る。


「良い目になったぞ」


「……はい!」


 そう返すエールの目にはたしかに光が宿っていた。



 


 

 

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[良い点] この発想、着眼点、世界観の広がりに驚きました。 [気になる点] 魔族としては聖剣が、勇者が所持して使用可能な状況よりも、封印してあって直ぐに装備使用出来ない方が良いような気もします。 あれ…
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