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5、不穏な空気



「ーーーーふう、サッパリしたー」


 お風呂から上がると、キッチンに彼の姿があった。そして、私の方を見ると不機嫌な表情を浮かべた。……あ、もしかして、自分を買い出しに行かせといてお風呂に入ってたから怒っちゃった……?確かに失礼すぎたかな……。


「七瀬さん、いい加減にしてくださいよ」

「ご、ごめん」

「本当に分かってるんですか?ただ謝ったんじゃ僕は許しませんよ」

「……え、いや……朝陽が買い物行ってくれてたのに、一人でお風呂入っちゃって……ごめんね?」

「何言ってるんですか!全然違いますよ!!」

「え?」


 じゃあ一体何に怒ってるの……?

 待って、全然分からない。


「分からないんだったら言わせてもらいますけど、僕が買い物に行ってる間にお風呂に入るんだったら施錠ぐらいはちゃんとしてください!!」

「あ、でも……そしたら朝陽が入れないからーーーー」

「ーーーーそんなの入れなくていいんですよ!!ずっと外で待たせとけばいいんです!!」

「そんな酷いこと出来ないよ……」

「それじゃあ駄目なんです。……じゃあ、もし入ってきたのが僕じゃなかったら、七瀬さんはどうするんですか?」

「……!!……それは……」

「分かってくれましたか?本当に家に入った瞬間焦ったんですからね!!次からは僕が出ていった瞬間に鍵閉めてくださいね?」

「ごめん……分かった」

「全く……僕と同じようにストーカーが入ってきてたら、絶対に襲われてるところでしたよ」


「ねえ、朝陽」


「へ?」


 ずっと気になっていたことがあるの。


「朝陽って本当に私のストーカーなの?」

「どうしてそんなこと聞くんですか?」

「何か朝陽がストーカーのイメージとかけ離れてるから信じられなくて」

「……ストーカーですよ。屋上で会ったあの日までは、本当のストーカーのように七瀬さんの後をつけたり、家まで来てみたり……コンビニに行ったこともありますしね」

「え、そうなの?」

「ただ、勇気が出なくて店内までは入れませんでしたけどね。その代わり、外から様子は伺ってましたけど」

「知らなかった」

「知らなくていいんですよ。知っても気持ち悪いだけでしょ」

「うーん……でも朝陽なら別にいいかな」

「あまりそういうこと言わない方がいいですよ」


 朝陽が困った表情を浮かべていたので、これ以上この話は止めようと思い髪を乾かすことにした。キッチンから離れ、すっかり綺麗になったリビングへと移動する。こたつに入り、鏡を開くとドライヤーのスイッチを入れる。ドライヤーの音で、キッチンの音はすっかり聞こえなくなった。

 鼻唄を歌いながら上機嫌で乾かしていると、鏡に朝陽の姿が写った。

 驚いて振り返る。ドライヤーも止めた。


「どうしたの?」

「……七瀬さん、今度僕の家に来てください」

「朝陽の……?」

「そうすれば僕がどんな人物なのか分かりますよ。それで、どれだけ僕が危険な奴なのか思い知ってください」

「何それ……どうしたの?」

「僕は七瀬さんが思っているようなお人好しじゃないということですよ。僕はストーカーなんですからね、前のように隙を見せないようにしてくださいね」

「……はあ」


 それだけ言うと、再びキッチンへと戻っていった。……やっぱり朝陽は分からない。謎が多すぎる。そういえば、私は彼のことを何も知らない。分かっているのは、名前と年齢と、大学に通っていること、私のストーカーだということぐらい。彼が、今までどんな生活を送ってきたのか、どんなことが好きなのか、どんなものが嫌いなのか、何も分からない。

 彼のことをもう少し知りたい。それなら、彼の家に行ってみることは良い機会なのかもしれない。近い内に行かせてもらおう。そうしよう。

 あ、良い香りがしてきた。ドライヤーの音と一緒に、微かに何かを炒める音が聞こえてくる。自然とお腹が鳴る。楽しみだ。



***



「ーーーー朝陽、料理上手だね」

「たぶんお腹が空いてたから、何食べても美味しく感じるんですよ」

「そんなことないよ!私が作るより遥かに上手だと思うよ」

「本当ですか!それは良かったです!」


 朝陽が作ってくれたのは、野菜炒めと味噌汁。炊きたてのご飯と一緒に食べると、箸は止まらなかった。誰かが作ってくれたものを食べるのはいつ振りだろうか?人に作ってもらうことって、こんなにも幸せで、美味しさも数倍になるものなんだ。そんなことすら忘れてしまうほどの生活を私は送っていたみたいだ。

 でも、彼が、朝陽が生きることの楽しさを教えてくれているような気がする。あの時、彼に出会い助けてもらったことは私の運命を変える出来事だったのかもしれない。


「明日も講義あるんでしょ?」

「明日は昼からですからね。少しゆっくりできます」

「そうなんだ。じゃあ泊まっていけば良いのに」

「へ?」

「私は別に構わないよ。部屋も綺麗になったことだし、せっかくだからどう?」

「……本当に良いんですか?」

「別に良いけど、朝陽は嫌なの?」

「い、嫌な訳がないでしょ!!じゃあ、その言葉に甘えちゃいますよ?」

「いいよー」


 朝陽がお風呂に入っている間に、私は洗い物を済ませ、こたつを上げると布団を一組敷いた。朝陽が出てくるまでは、イヤホンを耳に差し込んで曲を聞きながらベッドに寝転んでのんびりと過ごした。

 何か眠くなってきた……。でもここで寝たら申し訳ないし、起きていないと……。そう思っていると、リビングの扉が開いた。


「お風呂、ありがとうございました」


 バスタオルで頭を拭きながら、こちらに近づいてくる彼。起き上がると彼を迎える。

 お風呂上がりのゆるっとしたそのシルエットに、また胸の奥が締め付けられていた。可愛いとも思うけど……カッコいいと言うか……何て言えば良いんだろう。朝陽も男の子なんだなって感じる。


「どうしたんですか?」

「へっ!?あ、いやっ……雰囲気変わるなぁって思っただけ」

「あー、髪の毛セットしてないからですかね。情けない感じになってます?」

「そういう訳じゃないけど……何かカッコいいね」

「え?それ、冗談で言ってますか?」

「私、冗談言うようなタイプに見える?」

「……見えないです……。……どうしよう、嬉しい……」


 照れてしまったのか、俯いて顔を押さえる朝陽。新鮮すぎるその反応に、こちらまで照れてしまう。


「やっぱり七瀬さん変わりましたよ。平気でそんなこと言う人じゃ無かったのに……。どっちかと言えばツンデレ系でしたよね」

「え、そんな感じだった?やっぱり部屋のせいでひねくれてたんだね」

「そうかもしれないですね」


 まだ赤い顔のまま笑っている彼。そんな彼を見ていると愛しく感じて、私は思わず頭を撫でていた。2人揃って驚いた表情を浮かべる。すると、朝陽が真剣な目でこちらを見てきた。……どうしよう、逸らせない。手を握られ、そのまま朝陽が近づいてくる。恥ずかしくなって目をギュッと瞑ると、額に一瞬唇が触れたのが分かった。

 そのまま、彼の気配は離れていく。


「……これ以上僕に近づかないでくださいね。もう、何するか分からないので」

「……ご、ごめんっ……」

「七瀬さんはそこで寝てください。僕はこの布団お借りしますから」

「うん、分かっ……た」


 胸が苦しい。心臓の音は普段より数倍も早く感じる。火照っている顔を冷やすように、手で扇いでみるが全く冷める気配はない。

 朝陽はそのまま髪を乾かし始めた。私に背を向けて、なるべくこちらを見ないようにしていることが伝わってくる。

 そのまま布団に潜り込むと、彼の背中を見つめる。6つも離れてるのに、彼はどうしてこんなにも大人なのだろうか。年上の私の方が子どものように思えてくる。

 ドライヤーを終えた彼は、こちらを一瞬だけチラッと見てすぐに電気を消した。最後に一瞬だけ見えた顔は、真っ赤だった。

 彼も照れることがあるんだ。また新しい一面が知れたような気がする。


「朝陽」


 向こうを向いて寝転ぶ彼に話しかける。


「……何ですか?」

「おやすみ」

「……七瀬さんも、おやすみなさい」


 こんなにも穏やかな夜が来るなんて思ってもみなかった。これが幸せかもしれない。素直にそう思った。





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