4、変化したのは……
「はあ、何か今日は疲れた……」
帰ってきてからお風呂に入る余裕もなく、ベッドに倒れ込む。生きていると疲れる。仕事をすればもちろんのこと。遊びに行ってもそうだ。家で何をした訳でもないのに疲れることだってある。生きるって本当に大変なこと。
ああ、布団も当分干してないな。今日晴れるみたいだし午後からでも干しておこうか。久々に料理でも作ってみようか。コンビニ弁当ばかりじゃ体に毒だし。でもお酒は欠かせないな。冷蔵庫の中にストックあったかな……?あー、部屋の掃除もしないと。またいつあの子が来るか分からないし……。
……あの子が?
勢いよく起き上がる。そういえば仕事終わりに連絡してみようかって思ったんだった。枕元に投げたスマホを手に取ると、彼の連絡先を開く。メール作成画面を開いたが……何を打てばいいんだろうか。
彼が言ったように、『生きてます。』だけだと本当に言われたままになるから面白くない。かといって何か言うことがあるか?
朝か。あの子は今から大学に行くのだろう。
あんな夜中にコンビニに来てたけど、きちんと寝たんだろうか?朝起きれたのだろうか?
ああ、眠い。睡魔には抗えない。
とりあえず、思ったことを打ち込むと送信ボタンを押し、そのまま倒れ込むように眠りについた。
***
『今日最も運勢が悪いのは……ごめんなさい。おひつじ座のあなたーーーー』
歯磨きをしながら、テレビから流れるその声に耳を傾ける。今日は最下位かー。ラッキーアイテムは何だろうな?
洗面台からテレビを覗き込むと、画面が切り替わり明るい画像が出てくる。
『そんなおひつじ座のラッキーアイテムは、スマートフォンです!今日元気に行ってらっしゃい!』
スマホかよ。口をゆすいで、顔を洗ってからリビングへと戻ると、言われた通りにスマホの画面を開く。すると、『新着メールが一件あります』と表示されていた。
……まさか!?
慌てて画面を開くと、知らないメールアドレスからだった。そして、内容に目を通し口角が上がるのが分かった。
七瀬さん、連絡くれたんだ。しかもこの文章、七瀬さんらしいや。
『睡魔が限界なので寝ます。講義頑張ってね』
すぐにメールアドレスを登録すると、よし!と気合いを入れる。
「今日も頑張るぞー!!」
***
「んんー……」
目が覚めたのは昼過ぎだった。あんまり寝れてないけど、二度寝するのも勿体ない気がする……。やりたいこともあるし、とりあえず起きようか。
うーんと伸びをすると、カーテンを開け日差しを入れる。カーテンを開けるのはいつ以来だろうか。部屋に日差しが入るだけで、こんなにも暖かいんだ……。とりあえず、予定していた通り布団を干そう。今日はそこまで冷え込みも強くないし、干すなら今日が最適だ。ついでに部屋も綺麗にしよう。部屋を綺麗にするだけで気持ちも大分変わる筈だ。
曲でも流しながら掃除をしようと思い、スマホに手を伸ばすと、通知のライトがチカチカと点滅していた。
あ、あの子からだ。
メールが届いたのは、8時11分と表示されているので、大学に行く前にでも送ってくれたのだろう。
『連絡いただけて嬉しいです!!
七瀬さんからの頑張ってねが聞ける日が来るなんて……僕このまま死んでも構いません!』
「何よ、私には生きろって言ったくせに」
何だろう。胸がじんわりと温かくなる。心地よくて、少しくすぐったくて……でも、こんな感情久しぶりだからうまく認めることができない。本当に素直になれないよね、私って。
「よし、頑張ろう!」
***
結局ひたすら部屋の掃除を続けているだけで、日が暮れてしまった。結局ご飯も食べてないし、あまりに熱中して掃除をし過ぎたから、もう何かを作る気にもならない。
それにしても、こんなにもゴミが出るとは思ってなかった。しかも、その内の3分の1がお酒の缶や瓶類だ。でも、そのお酒のゴミが無くなったことで部屋は広くなったし、明るくもなった。
「すごい……スッキリした」
今は、心もスッキリしたような感じがして清々しい気持ちだ。部屋だけでこんなにも気持ちって変わるものなのか……。今まで、どれだけ自分が堕落した生活を送っていたのかが分かった。
気持ち的にも楽になったし、仕事もそれなりに頑張ってきた訳だし、新しい家具でも買ってみようかとワクワクしていたその時ーーーー
ピンポーン
インターホンの音が鳴り響いた。
今までは部屋を見られることが嫌で、この扉を開けたくなかったが今なら自信を持って開けられる。
扉を開けると、予想していた通りあの子の姿。
「こんばんはー!部屋に明かりがついてたから寄ってみたんですけど……あれ?もしかして掃除してました?」
「お疲れ。うん、綺麗にし始めたらきりがなくて……気づいたらこんな時間になってた」
「何か玄関から見るだけでも、すごい綺麗になってることが分かりますよ!」
「それは良かった!」
「ゴミ出しとかあれば手伝いましょうか?」
「え、良いの?」
「1人より2人で運んだ方が早く終わりますからね。お邪魔しますよー」
彼が部屋に入ってきた瞬間に香る優しい香り。柔らかい……柔軟剤の香りかな?香水っぽくはないよね。何てことを考えている内に、彼は先に部屋の中へ。
「何かめちゃくちゃ明るくなってますね」
「あ、やっぱりそう思う?私も全然違うなーって思ってたところ」
「部屋もそうですけど、七瀬さんもですよ」
「え?」
あまりに優しいその笑顔に、胸の奥が締め付けられるのが分かった。何だろう……すごく苦しい。
「迎えてくれた時の表情が全然違ったんです。ゴミと一緒に悪いものも出したような感じの、本当にスッキリした表情だったので、正直驚いちゃいました」
「そんなに……違ってたか」
「でも良かったです。それだけですごく安心しました。よし、じゃあゴミ出しちゃいましょう?お腹も空いたし、何か食べませんか?」
「あ、そういえば私今日朝から何も食べてなかった」
「ええっ!?何やってるんですか!!じゃあ買い出し行って料理作りますよ!」
「でも、もう体力がね……」
「じゃあ、僕が買ってくるので七瀬さんは部屋で待っててください。すぐに戻ってくるので!」
「え、でも……」
「ご飯はちゃんと食べないと駄目ですからね!?ゴミ出しはとりあえず後にして、ご飯にしましょう。それでは行ってきます!」
「い、行ってらっしゃい……」
あの子は決めるとすぐに行動する癖があるのだろうか。とにかく私とは行動力が違う。それが若い証拠なんだろうか……。よく分からないけど、せっかくだし甘えよう。あの子が戻ってくるまで何をしようか考えたが、お風呂に入ることにした。汗かいて気持ち悪いし、スッキリしよう。
それで、あの子が……朝陽が戻ってきたら料理でも手伝おうか。