2、あなたの目的は?
あれ?何で私目覚めたんだろう?
窓の外から聞こえるのは、車の走る音。子どもたちの騒ぐ声も聞こえる。重たい体を起こすと、はっきりしない意識のまま、辺りを見回す。シンプルな白い壁に、お気に入りの壁掛け時計。今年に入ってようやく購入したこたつ。机の上には飲み終わったビール缶がいくつも置かれている。
うん、間違いなく私の部屋だ。
さて、どうして私は自分の部屋に戻ってきているのだろうか。昨夜、私は確かに死のうとした筈だ。何が私を止めたのだろうか?
寒さに堪えきれなくなって、コンセントにプラグ差し込むとこたつに火をつける。冷えきった真冬の部屋。布団で暖まっていた筈の体は急激に冷えていく。
そして、ビール缶の側に置いてある紙切れを見つけた。そこで全ては繋がった。
ああ、そうだった。私の計画はこのストーカー男に壊されたんだった。
紙切れには、電話番号とメールアドレスが、乱雑に書いてあった。まあ、歩きながら書いていたし仕方ないか。
無理矢理預けられたこの連絡先だけど……登録する気にはならなかった。あの男は何を考えているのか全く分からない。見た目はそんなに悪くなかったし、話し方からも私より随分年下だろう。そんな男の子が私をストーカーする理由が分からなかった。私なんかストーカーしても何もないのに。
……もしかしてからかわれたのだろうか?
自殺しようとした私を食い止めて、それでヒーロー気取り?もしかして、お金でも取ろうとしてるんじゃないのかしら?
はあ、私ってつくづく男運がないみたい……。
と、その時ーーーー
ピンポーン
インターホンの音が鳴り響いた。
え……私の家に来客?まさか……。特に頼んだものも無いし、じゃあ何だろう?宗教勧誘とか?
なるべく物音を立てないよう、ゆっくりと玄関へと向かう。玄関に向かっている途中で、再びインターホンの音が鳴った。息を殺して、覗き穴を見ると……
「は?何しに来たのよ」
昨日のあの男が立っていた。男は昨日のように真剣な表情で、もう一度インターホンを押す。それでも返答が無かったからか、ドンドンと扉を叩いてきた。
「堀田さーん!!昨日お会いした者でーす!!」
あ、そういえばこの男、何故か私の名前を知ってるんだよ。どこで名前を知ったんだろうか?
「約束通り生きてるか確認しに来ましたよー!!」
平然とそんなことを大声で言い続けるものだから、まわりの目も気になり始めてしまい、思わず鍵を回し、扉を開けてしまっていた。
驚いた表情の彼。しかし、私の顔を見ると嬉しそうに笑みを浮かべた。
「良かった!生きてたんですね!」
「……ええ、あなたのせいでね」
「僕のせいですか!それは光栄です!」
「やっぱりあなたって変わってるよね」
「だから昨日も言ったでしょう?ストーカーしてる時点で普通じゃないんですよ」
「よくもそんな堂々と……。ちょっと、このまま立ち話してたら近所の目も気になるから、とりあえず入って」
私のその言葉に彼の瞳が輝いた。
「えっ!?お邪魔していいんですか!?」
「私が聞きたいことだけ聞いたら帰ってもらうけどね」
「それだけでも十分です!わあー!好きな人の家に入るとか緊張しますね!」
「……やっぱり帰ってもらおうかな」
「お邪魔しまーす!」
私の呟きは完全に無視され、楽しそうに部屋に入ってくる彼。昨日とは違って、今日は髪の毛もセットしてるし、コートなんか着てるとまた印象が違って見える。普通にモテそうなのに、何でこんな堕落した生活を送っている私なんか追いかけているんだろうか?ますます訳が分からない。
「おー!やっぱり散らかってますね!」
そんなことを考えている間に、彼は一足先に部屋の中に入っていた。その声を聞いて慌てて私も部屋に戻る。
「ほら、これで少しは幻滅したでしょう」
「いえ、別に」
きっぱりとそう言い捨てる。
……本当にこの子は何を考えているのか読めない。
「お酒飲むんですね」
彼は、机の上に並べられたビール缶を見ながらそう呟いた。
「そんなに好きじゃなかったんだけど、気づいたらお酒なしじゃ生きられなくなってた」
「アルコール中毒ってやつですか?授業で習いました」
「そんな感じじゃないかな。……って授業で?」
「はい!あ、言ってませんでしたか?僕高校2年生なんですよー!」
「……帰りなさい」
「どうして?」
「そんな未来のある子が、こんなところにいたら駄目になってしまうからよ。しかも、私、未成年に手を出したなんて思われたくないし……。まさか高校生だとは思ってなかった……」
「冗談ですよ!本当は大学2年生ですから!いやー、僕まだ高校生でも通じるんですね!」
「はあ!?何なのよ!?混乱すること言わないでくれる!?」
「怒らないでくださいよー!仲良くなるためのジョークだって思ってください!」
「思えないから!バカにしないでくれる!?」
駄目だ。完全にこの子のペースに飲み込まれてる。早めに聞きたいことだけ聞き出して帰ってもらった方がいいわね。
「と、とりあえず汚いところだけど座って」
「あ、いいんですか?わーい!こたつだー!温かいなー!」
「いちいち、そんな反応しなくていいのよ!」
「えー、でも冬と言えばこたつでしょう?」
「……はい、それでは質問です」
「あ、無視された」
この子の話すこと全てに反応していたら、日が暮れてしまう。聞き流せることは聞き流しながら、とりあえず質問をしていこう。
「まず、名前と年齢」
「あ、名前ですか!立川朝陽です。年齢は20歳ですね!」
「20歳か……6つも年下なのね」
「堀田さん、26歳だったんですか!覚えとかないと!」
「それ!どうして私の名前を知ってるの?」
「あー、それは恥ずかしいから秘密です」
「何それ?いきなり恥ずかしいとか……」
「この話は、堀田さんともっと仲良くなってからにしましょうね!」
「仲良くなることはないでしょうけどね」
「あらー、それは残念です」
……やっぱり調子が狂う。完全にこの子のペースだ。
「堀田さん、下の名前とか教えてもらえますか?」
「は?もしかして名字しか知らないの?」
「恥ずかしいことにそうなんですよー。僕も名前教えましたし、教えてくれませんか?」
「……無理。自分で何とかすれば?」
「やっぱりそう来ましたね。それでは、遠慮なく」
そう言って笑みを浮かべたまま彼は立ち上がる。すると部屋から出ていってしまった。
……ん?どういうこと?
どうにも気になり私も立ち上がると、玄関の方からガサガサと何かを漁る音が聞こえてきた。
……は!まさか……!?
慌てて走って行った頃には、封筒を持った彼がうっすらと笑みを浮かべているところだった。そして、私の存在に気づくと封筒をヒラヒラさせながら得意気に告げる。
「許可はいただいたので、郵便受けの中確認させていただきました!ありがとうございます、堀田七瀬さん!」