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1、私を止めるのは誰?





「ーーーーあのっ!」





 突然かけられたその声に私は驚いて振り返った。こんな真夜中の屋上に、私以外の誰かが来るとは思ってもみなかったからだ。暗くてよく見えないけれど、声色からして若い男性なのだろう。吹き付ける強い風によろめきながらも、確実にこちらへと近づいてくる。


「何されてるんですか!?」


 風の音と勢いに負けないように、大きな声で尋ねてくるその男性。私は冷静に答えた。


「何って今から死ぬんですよ。見てても良いことないから早く帰った方がいいですよ」

「えっ?死ぬ?いやいや、そんな勿体ないことしちゃダメですよ!」

「勿体ないことなんてないですよ。もう十分生きてきたつもりだし、もう楽しいことなんて何もないですから」


 私の言葉にその男性は、さらに歩みを進める。


「楽しいことなんて、いつ起こるか分からないんですよ!それを自ら無くすなんて勿体ないじゃないですか!僕はそんなこと認めませんよ!」

「それはあなたが勝手に思ってることでしょう?もう放っておいてーーーー」


 強い力で腕を掴まれる。ようやくハッキリと見えたその顔は、とても整っている。さらさらの髪の毛が風によって酷く乱れている。そんな前髪の隙間から覗く瞳からは、真剣さが嫌というほど伝わってきた。


「確かに勝手かもしれません。でも、僕はあなたに死なれると困るんです」

「どういうこと?」

「じゃあその理由を伝えたらあなたは死ぬことを止めてくれますか?」

「それは、内容にもよりますけど……」

「じゃあ話しません」

「あー、もう!!分かりましたよ!じゃあ諦めるからとりあえず理由を聞かせてください!」


 このままではどうにもならないと思い、ひとまずその男性の話を聞くことにした。


「あなたは死んではいけません。何故かというと僕はずっとあなたのことを見てきたからです」

「でも、私はあなたのこと何も知りませんけど?」

「当たり前ですよ。それは僕が一方的にあなたに好意を寄せてるんですから」

「はあ……」

「ここまで言っても分かりませんか?僕はあなたのストーカーなんですよ」

「はあ?」


 自信満々にそう告げられた私は、どう返すのが正解か分からずそう言うしかなかった。私のストーカー?何だそれ、この人おかしいんじゃないの?


「その証拠に、一人で真夜中を狙ってこの屋上に来たはずなのに何故か僕が現れたでしょう?僕があなたのストーカーだからですよ」

「……ごめん、よく分からない」

「ようやく会えたと思ったら、今にも飛び降りそうなんですもん。さすがの僕でも焦りましたよ。だから、今必死になって止めてるんです。あなたに死なれたら困るから」

「変な人……」

「変な人って……当たり前ですよ!僕ストーカーなんですよ!」


 ストーカーしてる人に、こんなにも潔く僕はあなたのストーカーですと告げられると、何か拍子抜けしてしまう。いや、あまりにも非現実過ぎて、私の頭がついていっていないだけかもしれない。


「とりあえず死ぬのだけは止めてください。僕の生き甲斐が無くなったら、僕はどう生きていけばいいんですか!」

「そんなの知りませんよ。他の生き甲斐でも見つけたら良いんじゃないですか?」

「そんなこと考えられません!じゃあ、分かりました。あなたが死ぬのであれば僕も死にます!つまり、あなたが死ねば僕を殺してしまうということになります。だから死なないでください」

「そんな私が死ぬぐらいで、簡単に命を投げ出さない方がいいですよ?勿体ないから」

「それ、さっきの僕の台詞ですよ。だから勿体ないから死ぬの止めときましょう?僕みたいにまた変な人と出会えるかもしれませんよ?」

「……はあ、分かりました分かりました。とりあえず、手離してもらえます?」

「分かりました。離した瞬間に飛び降りるとか無しですよ?」

「そんなことしないって。疲れたからとりあえず帰ることにします」

「良かった!家まで送りますよ!」

「良いよ、一人で帰れますから」

「何言ってるんですか!夜に一人で歩いててストーカーにでもつけられたらどうするんですか!?」

「……ストーカーのあなたが言わないでくれます?」

「ストーカーだからこそ言うんです!!」


 訳の分からない会話が続く。本当に非現実的過ぎて受け入れられない。私は、自分のことをストーカーしているとかいう人と、何を普通に会話しているんだろうか?しかも、その人は本当に隣を歩いて、家まで送り届けようとしている。意味が分からない。


「これ、僕の連絡先です。いつでも連絡してきてください」

「いや、結構です」

「ええっ!?そこ断りますか!?」

「断るでしょ、だってストーカーでしょ?」

「い、いやっ……確かにそうですけどっ……。だってまたいつ死のうとするか分からないから心配で……」

「そんなこと言われても知りませんよ。あなた私のストーカーなんでしょ?そんなの自分で後をつけて確認するしかないでしょ」

「もう、良いからとりあえず受け取ってください!!また会いに来ますから!じゃあ温かくして寝てくださいね、堀田さん」

「は?名前ーーーー」


 言い終わらない内に、そのまま帰って行ったストーカーの男。呆気にとられた私はしばらくその後ろ姿を見送った後、玄関の鍵を開けた。まさかこの家にもう一度戻ってくることになるとは思ってもみなかった。まあ、あの男に感謝をしている訳ではないけれど、結果的にはこれで良かったのかもしれない。死ぬチャンスなんていくらでもあるんだ。だから、とりあえず今日はゆっくり、眠ることにしよう。



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