夜にその名を呼べば
1.三賢帝の時代
第二代皇帝の死去は雨の降りしきる四月の春のある日だった。
普段は女官に世話を任せ一顧だにすることのない皇帝がいつになく庭の見物を言いだし、数人の連れと共に見物に繰り出した所を心臓発作で倒れたとされる。皇帝の紫衣が泥を撥ね、女官の靴に小さな染みをつけた。小さな女官の悲鳴だけが、権力の頂点を極め数多くの屍を築いてきた男の最後を飾ったのである。雨音が屋根を叩き、風はむなしく通り抜け、町は静まり返っていた。
第三代目のジギスムントの即位は形式にのっとり半年後に行われた。先帝の背丈に合わせて作られた椅子で戴冠を受けたジギスムントは妙に背丈が椅子からはみ出した一方で、幅はあまり過ぎていた。戴冠後、広場に整列した近衛師団が一斉に敬礼する中をジギスムントは足早に駆け抜け、音楽隊のファンファーレは少し足早になった。武勇を――蛮勇といってもいい――鳴らし、皇帝といっても地方の一王族と変わらぬ一門を一大国家に築き上げた父帝の死を嘆いたかの様な陰鬱な小雨がジギスムントのマントにいくつか染みをつけたが、温厚なジギスムントには珍しく、列を取り巻く民衆の声にもさほど答えず侍従の差し出された傘を払って、彼は戴冠式が終わるや否や、自邸へと戻ったという。
もっとも、少年が自由に青春を過ごすことができた短い時間の終焉なのだから、責めるには値しまい。