終幕 落着
「来なかったはずだ、ずっと調べさせていたんだから」
ハットン氏の言い分が理解できず私は首をかしげていたのだが、マンドリンがポンと手を打った。
「どういうこと」
「マグダレンの家は隣国サイシャのユーカロライナ市なんだよね」
その言葉にハットン氏の顔がゆがむ。
「で、この市の二駅向こうにユーカロライナ市があるの」
二駅ということは大体二時間くらいで来ることができる。いくら何でも隣国に住んでいる人間を巻き込むとか馬鹿かと思ったが、隣のさらに隣の町くらいならありうるかもしれない。
一つの国の市町村は同じ名前にすることを禁じられているが、国境を越えればそれも無効だ
「サイシャからくる列車とユーカロナイナからくる列車は上りと下で降り場が反対方向にあるから、そりゃ見つからないわよ」
「いやちょっと待って、列車から降りてくるのを待ち伏せしてたって、なんだか不穏な雰囲気しかしないんだけど」
関係のない他の客までこちらを凝視している。そんな様子にハットン夫人は肩をプルプルさせている。
さすがに我々には来ないだろうけれど、ハットン夫人の報復は苛烈なものとなりそうだ。
テイミーは目を白黒させているし、マルチーズ娘はこれ見よがしにテイミーにしがみついている。
それにマンドリンは気づいているのかわからないが、怒る気も失せたということだろうか
私はマンドリンもどきの顔を見つめた。
なんだろうこの違和感。
私は思わずその顔をつかんだ。そして、テーブルに置いてある紙ナプキンを手にその顔をこすりつけた。
何かがはがれる音がした。そして私やマンドリンと同じ、ちょっと吊り上がっていた目が片方だけ垂れ目になる。
私はもう片方もこすろうとしたが相手が振りほどいた、しかし何かがはがれた。
私の手の中に残っていたのは薄い紙だった。裏に乗りが貼られてあり、ファンデーションが塗られていた。
「可愛いは作れる?」
テープで顔の肉を引っ張り人相を変えるという技がコスプレ業界で横行しているという噂を聞いていた。
その技術が異世界から伝わったのだろう。
片眼は釣り目、片目は垂れ目、そして半分だけ偽装が取れてしもぶくれのほっぺたが露見したその顔はただのお笑いだった。
押し殺した笑いが周囲から広がっていく。そして気づく、あれ、これ誰かに似ていないか?
そして、私はマルチーズ娘の顔を見る
「あれ、もしかして身内?」
アンドレアが騒ぎの輪に入ってきた。
「マリア-ヌ、そういえばあなたお姉さんがいたわよねえ」
そう言ってマルチーズ娘あらためマリアーヌに詰め寄る。
アンドレアの連れがマンドリンもどきにつかみかかり、鬘を引っぺがす。
ひどい惨状だ。
「あ、髪色同じ」
うん、つまり真の黒幕はマリアーヌさんですか。恋敵に濡れ衣を着せて引っぺがし、なおかつ恋敵に本妻さんの災いをひっかぶせて御家安泰と、そうたくらんだわけね。
周囲の視線は氷点下にまで下がっている。
「何が悪いのよ」
あ、開き直った、しかし人に冤罪をわざと着せるのが悪くないと思っているんだろうか。
「だって、かまわないでしょう、どうせ働いているような女なんだから、労働者が貴婦人を名乗るなんておこがましい」
労働は国民の義務という法律のある国の記憶のある私には、ここまで労働者を卑下できる感性が分からない。誰かが働かなければ何事も立ちいかないんだろうし、それに乗っかって便利に暮らす人間が労働者を見下げるなんてありえない暴言なんだが。
根っこから違う常識の記憶のある私には一生理解できないことなんだろうなあ。
「家から縁を切られても確かに他の人より困らないでしょうね、でも他人の不始末でどうして私が家族と縁を切らなきゃならないのよ」
マンドリンが呆れた顔をする。
「私たちがどうなったっていいというの、私が悪いんじゃないのに、全部姉さんが悪いのよ」
マンドリンの真似をしていた姉を罵る。
「私ならいいと」
ひくひくと口元を引きつらせる伯父さま。
「とにかく、当家は関係ありません、ですのでこちらのことはそちらにおませします」
伯父様がハットン夫人にそう言うと、ハットン夫人もうなずく。
「ああ、来た」
紺色の制服の一団が到着した。
「伝話伝報法違反の容疑者です、証拠の書類はこちらに」
律儀に抑え込みをかけていたメアリアンがポケットから私が受け取った伝報をやってきた上司らしい人に差し出す。
「これによれば、ハットン氏彼が貴方の伝話を盗聴し、彼女らに伝えたようですねえ、訴えますか?」
灰色の髪と瞳の特徴のつかみにくい顔立ちをした中年男性はにこやかな顔でハットン氏に聞いた。
ハットン氏は力強く頷く。
「まあいいわ、終わり良ければすべて良しよ」
そうハットン夫人が締めくくった。




