第一幕 歓迎
食堂車は先頭車両と決まっている。先頭車両のすぐそばには機関を動かす熱源が付いており、その熱で美味しいシチューを煮込むのだ。
熱源があるなら利用しない手はないという、合理的な判断というやつか。
肉と野菜をたっぷり煮込んだシチューとパンが列車での食事の定番。
多少バリエーションをつけているが、私の記憶の中の、メニューがあって好きな料理を選べるシステムはこの世界にはない。
「美味しいんだけどねえ」
そしてロールパンを口に入れる。
あっちでの正式マナーはパンはちぎりながら食べる。だったが、こちらでは最初から三分割された状態で出てくる。
国境を越えた駅で旅券の提示と手荷物を調べられる。国境監視員には女性も採用されていて、女性の荷物は女性が調べる。
調べが終わるまで、私は駅のプラットフォームに降りて待っていた。
その駅の売店でサンドイッチやホットドッグも売っているが、女性はサンドイッチはともかく、大口を開けて食べるホットドッグは売ってもらえないのだ。
こういうところがビクトリア的だなあと思う。
旅券に日付と国名を記されたハンコを押され、私は旅を再開する。
仕事に飽きたら、用意しておいた適当な書物を読みふける。この世界には漫画もある。あれは読むのが早いので、こういう時の暇つぶしには不適だ。
作者が転生したのか、私の様に読者が再現したのか不明だが、中華風の話があった、この世界に中国的なものがあるのかは知らない。
この世界、近隣諸国の話は割合分かるが、言葉の違う遠い異国の話は案外伝わってこない、だからこそ、異国情緒あふれる中華風のものが流行ったりするんだろうか。
三日間列車に乗って私は目的の街、グランコースにたどり着いた。
駅近辺ではグリル料理を出すレストランが多い。シチューばかり食べてうんざりしている客はふらふらとそういう店に吸い込まれるのだ。
キャスター付きのトランクは女一人でも楽々運べる。
これを伝えた先人にはいくら感謝してもし足りない。
この世界にも技術はある、しかし異世界の発想がこの世界に与えた影響は大きい。
例えばレールに車輪を走らせることでより効率よく列車を走らせることができるとか。
そんなことを考えながら、私は手帳に書かれた住所を確認する。
子供のころ一度だけ来た伯父の家はうろ覚えの記憶だけではたどり着けそうにない。
伯父の家は割合高級な住宅街だ。実際一族は基本的に裕福で、私も転生者でなければ働くなど許されなかったろう。
そんなことを思いながら、それでも何とか伯父の家までたどり着く。
門のところに生えている樹に見覚えがある。
表札とその下の住所を確認する。
淡いベージュに塗られた瀟洒な家は間違いなく伯父の家だった。
家の前に人が立っている。見覚えのあるその顔は間違いなく伯父だ。
事前に手紙で来訪は伝えてある。もしかしてわざわざ出迎えてくれたのだろうか。
「伯父様」
私はそう声をかけた。
伯父は弾かれたように顔をこちらに向ける。
「ようやく帰ってきたな」
そしていきなり私に詰め寄ると、険しい顔でこう宣言した。
「もはや、これしかない、これから尼寺で出家するんだ」
「は?伯父様、勘違いしていませんかしら、私は姪のマグダレンですわ、出家ってどういうことですの」
「そんな芝居をしても無駄だ、マンダリン、お前の不始末を詫びるにはこうするしかない」
「伯父様、本当に姪のマグダレンですって」
しかし伯父の手は緩みそうもない。
この世界の宗教では、出家は一生ものだ、還俗は許されない。間違って連れていかれたなんて通用しないのだ。
「ちょっと待って」
私は死に物狂いで暴れて伯父の手から身を引きはがした。
「お前がマグダレンであるはずないだろう、マグダレンが来るなんて話は聞いていない」
話がおかしい、私は間違いなく手紙を出したし、返事の伝報ももらったのだ。
しかし、今ここでそれを追及している場合ではない。
私は荷物をつかんでその場から全速力で走りだした。