第六幕 観察
私は鬘をかぶって、もう一枚用意したリバーシブル上着の濃い緑色と藤色のドレスで、レストランで食事を始めた。
リバーシブルの裏側は水色だ。
実はこの上着、特注だった。
旅行に行くのに、トランクの容量に限界があるので、一着で二着分楽しめる服がほしいと仕立て屋に無理を言ったのだ。
実際は行く先々で現れるランサムにさすがに警戒心がわき、いざという時のために作ったのだが、思わぬところで役に立ったというわけだ。
私の前には若い男性が前菜をつついている。
「こういうところは初めて?」
そう尋ねると、彼ははにかんだ笑みを浮かべ、時々勉強に来ますと答えた。
彼はマンドリンのために証言すると約束してくれたウエイター。アンリ・ロブソン君。将来は支配人を目指す好青年だ。
なぜ私が彼と食事をしているかというと。私の斜め向かいの席で、黒髪の紳士が若い女性を連れて食前酒を飲んでいる。
中年ということだが、彼は神も黒々とし、身体もそれなりに引き締まっている。たとえ地獄が待っていたとしてもひっかる女性がいるのもうなずける。
彼が、私的にぜひ雷に打たれてほしい男性ナンバーワン、ハットン氏だった。
ハットン氏の向こう側にいる女性の顔はハットン氏の影になって私の位置からは見えない。ただ、長い髪を多角結い上げる形で、その髪の端が見える。
私と同じレッドブロンド。
前菜の生ハムを口に入れる。
不愉快なものを見ながらの食事は多少の味気なさを感じることを余儀なくされる。
そうでなければとても美味しい食事なのに。
私はここで食事をしながら、役者のそろうのを待っていた。
マンドリンとメアリアンに、あのバカから届いた伝報を見せた。
その時の二人の顔は無だった。
どういう表情を浮かべていいのかわからなかったのかもしれない。
だが次の瞬間には、まるで聖職者のような慈愛あふれる表情を浮かべ二人はそっと私の肩を抱いた。
「辛かったわね」
「よく頑張ったわ」
そう言って二人がかりで私を抱きしめてくれた。
「やっぱり、ハットン氏の伝話を盗聴したのかな」
私がそう言うと、二人は何とも言い難い表情を浮かべた。
「そうなんでしょうね、ただ、相手の名前を言わなかったのかしら、そうなら誤解は早々に解けたはずなんだけど」
「まあ、呼ばなかったのか、でもマンドリンという名前も使わなかったのかな」
「自宅でしょう、うかつに名前を呼ぶ愚を避けたんじゃないの?」
「そうね、適当な誰かに言い換えたのかもしれない」
恐妻家のハットン氏のことだ十分ありうる。
「まあ、証拠ね」
その伝報をマンドリンは自分のハンドバッグにしまい込んだ。
「それで、相手の動きが分かったからどうする」
私は聞くまでもないことを尋ねる。
「すべての関係者を、ここに集めましょう」
新たな客が、私の前を通り過ぎる。薄い茶色の髪の青年と、それにしなだれかかる少女の年頃の女。
あんな風に男にしがみつくさまはこのあたりの風紀にはあまりそぐわない。
女は言い寄られるものであって、言い寄るものではないというのが常識だ。だがあんな馬鹿を野放しにされるのは女にとって迷惑極まりないのだが。
私たちは見ないふりをして、スープが届いたので受け取った。