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第六幕 苦渋

 ホテルに戻り、私は涙ながらに経緯を話した。

「あれは、半年くらい前だったか」

 私はハムレットの上演のため、いろいろと飛び回る日々を送っていた。

 ちょっとした会合で、軽食を取っていると、不意に声をかけられた。

 それがランサム・アーカイブスだった。

 その時は顔を合わせただけだ、私はたぶん礼儀正しく挨拶し、そして、他の関係者と仕事の話に移った。

 ただそれだけの出会いだったにもかかわらず、あのバカは私の行く先々に現れるようになった。

 私は基本的に家にこもって仕事をしている。

 定期的に母の関連のお茶会などに呼ばれるが、それ以外は特に外に出る用事もない。

 しかし、その時はたまたま外に出る用事が多かった。

 開園する劇場の視察や、音楽家に会ったり、という上演関係から、母のやっているボランティア活動のようなものの代理で出席したり、用事はすべてばらばらだったのだが、必ずいるのだ、あのバカが。

 そして、ことあるごとに話しかけてくる。

 この世界の常識はビクトリア朝チックなのだ、そんな世界で未婚女性の行く先に現れ、声をかけるばかりか身体に触れようとする。

 あまりにあまりな出現率とそのなれなれしい態度に私もさすがにおかしいと思い始めた。

 そして、ランサムは我が家に出現したのだ。

 とても紳士的な物腰で、美男子で、将来有望。そんな絵にかいたような素晴らしい求婚者として。

 家族はこの事態に狂喜乱舞した。そう、当事者である私を除いて。

 何、この事態。そんな気持ちで盛り上がる家族を見ていた。

 そして、勝手に婚約者を名乗り、私の行く先々どころか家にまで居ついてしまった。

 夜、帰るのが救いといえば救いだが、仕事にならない。

「それで、私は言ったの、彼と結婚するつもりはないって」

「ええと、誰もマグダレンの気持ちを聞かなかったわけ?」

 マンドリンが何とも言い難い顔で訊いた。

「そうね、訊かなかったわ、たぶんこんな上等な求婚者、断るわけがないと思ったんでしょうね」

 乾いた笑いが漏れた。多分、これで私も幸せになれると盛り上がっていた家族は、求婚を断るという私の暴言を聞き恐慌状態に陥った。

「こんな素晴らしい求婚者は今後絶対に出てこない、この求婚を断るなら勘当だとお父様が錯乱しちゃってね、もう疲れたの、だから家族のいないところに行きたくてさ」

 そして私はがっくりと肩を落とす。

「なんで湧くのよあいつ」

「どうして言わないのよマグダレン、そんな苦境に陥っている貴女が、私を助けている場合じゃないでしょう」

「だって、困ってたでしょう、今は私の問題を棚上げして貴女を助けるほうが先決だと思ったから」

「マグダレン」

 感極まった表情でマンドリンは私の手をつかんだ。

「わかったわマグダレン、こうなったら今度は私が貴女を助ける番よ、大丈夫、必ず何とかしてあげる」

「それは、私も協力するわ、それと、気になることを言ってたわよね、中年男がどうとか」

 この場の雰囲気にただ一人呑み込まれていないメアリアンが呟く。

「私は伯父様以外の中年男にかかわった覚えはないわ」

「私もよ、それは貴女が一番知っているでしょうメアリアン」

「そうね、だったら、あのお馬鹿が言っていた中年男はたった一人しかいないわ」

「ハットン氏?」

「そうすると、もしかして、偽マンドリンに付きまとっているってこと?」

「そうなるわね、またややこしいことになりそう」

 うわあと私は頭を抱えた。

 ああ、そうか、ストーカーだ。

 不意に思い出した言葉に私は空を見た。

「どうかしたの?」

「思い出したの、あのバカのやっていたこと、あちらの世界では、ストーカーという犯罪だった」

「あちらの世界でも犯罪はあるの」

「あるわよ、オフィーリアは不幸な末路をたどったでしょう、不幸はどこの世界でもあるわ」

 折れた柳の枝に裏切られ、花もろとも水に沈んだオフィーリア。狂って死が間近に迫るとも知らず歌いながら沈んだオフィーリア。

「尼寺に行け、か」

 オフィーリアを罵る有名なセリフだ。

 おろおろと理不尽に耐えるしか知らず狂気に逃げた。そんな人もたぶんいた。



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