第五幕 模索
「とにかく、証拠集めをしよう」
「証拠集め?」
マンドリンとメアリアンは不思議そうな顔をした。
「そのハットン氏と、マンドリンに化けた女がデートをしていた時間と場所をできる限り正確に調べて、その、メアリアン以外にマンドリンのアリバイを証明できる人を確保することが必要よ。そうでなければマンドリンに似た女がいると、証明できたとしてもその女がマンドリンでないと証明できないでしょう」
「はあ、なるほど」
なんとなくマンドリンは事の流れがうまく理解できていないようだ。
「わあ、あのポアロシリーズみたい」
メアリアンはワクワクしている。
メアリアンの本棚には転生者のかかわった書物が大量にある。その中にはいわゆる黄金期ミステリーも網羅されている。
まあ、あれを読んだなら、話を進めるのにはいいだろう。
後はハダロン海、私の国と、この国に隣接する海、大西洋のような広さだと思われるそれの真ん中に鎖で拘束して沈めたい人ナンバーワンの身辺を探って、その女と接触しているところに踏み込む。
いくらなんでもマンドリンと二人並べれば、どちらがどちらかぐらいあっさりと分かるはずだ。
その後はまあ、二人をハットン夫人に引き渡してめでたしめでたし。
であってほしいなあと思う。
「あの三人にできるだけ情報を集めてもらうしかないでしょうね、まあ、多少ガセネタもあるかもしれないけれど」
「ええ、調べないの、やってみたいのに」
「あのね、現実は小説みたいにいかないよ、クリスティものみたいにうまくいくとかまずありえない」
「そういうもの」
なんとなく残念そうな顔をする。
「マンドリン、ちょっと思い出せる限り、事態が起きた時、どこで、誰と何をしていいたか思い出せる限り書き出してちょうだい」
私は手持ちの予備ノートを差し出す。
まだ、何も書かれていないノートを開き、マンドリンはまず日付を書き入れた。
「まず、マンドリンのスケジュールを把握しないと、うまく回らないからね」
「なるほど」
マンドリンは日付の後にすらすらと書いていく。
よく見れば、マンドリンの字は私の字とあまり似ていない。
当たり前だが、なんとなくほっとした。
「そういえば、伯父様はどうしよう」
今も誤解しているんだろうか。それとも誤解は解けたのだろうか。
「私が言ってもいいけど、また門前払いされるかも」
メアリアンがため息をつく。最初のアリバイについて証言しようとして聞く耳もたなかったらしいのでメアリアンでは望み薄だ。
「ごめんね、メアリアン、うちの父が」
マンドリンも泣きそうだ。
「まあ、証拠さえ見せることができれば、たぶん、伯父様もわかってくれるんじゃないかな」
私は合間に言葉を濁した。
「まあ、ハットン夫人の名前を出されたのなら、父が錯乱する気持ちもわかるんだけど」
「何があったの」
「以前、ハットン氏の恋人のお父様の収入減を絶ったの、一家心中騒ぎになったわ」
本当に、夫婦まとめて、火山の火口で熱消毒しながら沈んでもらいたいが、残念ながらそうもいかない。
「そんなにお金持ちというか権力者なの」
マンドリンはこっくりと頷いた。メアリアンは実感がわかないのか軽く首をかしげている。
「上流階級では一番の権力者よ、ハットン夫人のお父様がね」
やれやれだ。