第一幕 旅路
すいません。なんかシェイクスピアが下りて来たんです。
船を降りるとすぐそばにプラットフォームが見える。
私は郷里から船で移動し、隣国に行くために列車に乗り換えることとなる。
船では小さいながら、小さな一室があったが、列車ではそうはいかない。
船のタラップを降りればまっすぐにプラットフォームにつながる道があり、そのまま私はプラットフォームで列車を待つことになる。
列車の切符は船の切符を買う時まとめ買いをしていた。そのため列車の一室は確保してある。
同じように列車に乗り換える人々に交じって私は潮風に長いレッドブロンドの髪をなびかせた。
私がこの世界の一般的な女性にしては資産に恵まれているのは実は私の生まれに関係がある。
私はこの世界で転生者と呼ばれている数百人に一人の存在だからだ。
転生者とはこの世界とは違う世界の記憶を持って生まれてきた存在だ。
なんでも百と数十年ほど前からそうした存在が世間に知られてきた。
そうした存在への反発やその他もろもろのトラブルや恩恵そんなものはすでに歴史となって久しい時代に私は生まれてきた。
この列車もそうした存在からもたらされた知識で作られたものだ。
しかし列車は蒸気機関車でも電気機関車でもない。
動力は全く私の知らないこの世界の知識で作られている。
転生者と同じくらい少ない魔法使いが噛んでいるらしい。そっちの知識は私にはない。
科学技術やその他もろもろ、料理や木工、織物に至るまで、様々な知識がこの世界にもたらされてきた。その中で生き残るものもあれば残らないものもある。
私から見ればこの世界においてなんとも奇妙なものが点在して見えることもあるけれど、その奇妙さは私以外にはあまり理解してもらえない。
そしてやってきた列車に私は身体を滑り込ませる。
行き違いに列車から降りた乗客たちはほとんどはそのまま船へと進んでいく。
入れ違いに船の乗客になるためだ。
そのために乗客は半日ほど前に船室から出される。その間に船室を掃除し、新しい客を迎え入れるという寸法だ。
列車内の私に与えられたスペースは寝台とかろうじて立つだけの隙間そこはトランクで占領される。
私は寝台に座り、仕事を始める。
私の仕事は転生者としての記憶そのものだ。
私の記憶にある異世界の文学作品をこの世界の言語に翻訳して発表する。
様々なものを発表してきたが、今一番受けがいいのは中世の英文学だ。
今の私の周りの文化は、私の記憶では何となくビクトリア文化的な雰囲気だ。
私が職業を持つことができたのも転生者だからだ。しかし他の女性はそもそも働くということは奨励されない。
女性が働くというのはその家が貧しいという証拠というのがこの世界の世論だ。
むろんそれは私が知る国ではそうだということなので、他の国に行けばまた違うのかもしれない。
文学はクリスティのミステリが人気だ、あの年代は世界観が近いので現代文学のカテゴリに入っているのかもしれない。
だが現代文学はいまいち、転生者くらいしか読んでいないらしい。現代文学で実話怪談物が受けている。
魂という概念についての専門書的に。こういう世界だといろいろと変わるものだ。
私はマグダレン・カーフィールではあるが、仕事に没頭していると、不意に世界が変わる。
この世界ではない建築様式の建物で、書き物をしている若い女と存在がだぶる。
それがかつて生きていたもう一人の私。
本当ならどこにもいないはずの人。
これからどうかよろしく。