第二話「がんばってた頃の魔王と魔界の激変」
第二話「がんばってた頃の魔王と魔界の激変」
今でこそがんばらないふわっとライフを送っているが、魔王に就任した当時は大変だった。
そもそも私は一万年を生きる長老種の中から魔王候補として抽出された。
他の候補者達は魔力の能力であったり、剣術が優れている者だったり、そのほとんどが戦闘に重きを置かれていた。
私の特技は時空転移と時間の巻き戻し。どう考えても魔王向けの能力ではなかったが、他の候補者たちが共倒れしたことにより、ボタモチ式に魔王の座が落ちてきた。
その当時の候補者に護衛がいれば魔王として彼がなっていただろう。
だが、その当時まだ300歳前後だった彼は候補に上がらず、力のない私が魔王となった。
今年が魔界暦270895年だから、私の統治は500年ほどになっている。
といってもまだ私は1500歳ほどだから私の種族の中ではぴっちぴちだ。年増ではなく!
大変だったのは魔王になってからだった。力のない魔王というだけでも風あたりは強いうえに女ということもあり敵は多かった。
時間の巻き戻しという能力をフルに使い、放たれる刺客をかいくぐってきた。
300年ほど前から護衛がついてからはそういった面では楽になったことを覚えている。
また、とにかく魔族というのは好戦的なのだ。
やれ人間界に攻め込めやれ人間を滅ぼせとそればかり。
そんなことばかり考えている魔族にちょっとうんざりした私は一時の逃避行を目論んだ。
まったく異なる世界がいい。
自己に負担が非常に掛かるがもうひとつの能力である時空転移の能力によって魔界とも人間界とも異なる時空の世界に逃避行を行った。
それが「地球」と呼ばれる時空であった。
そこで私は運命的な出会いを果たす。
そう、漫画やアニメ、ゲームなどのサブカルチャーだ!
それらの刺激的なコンテンツは私を魅了した。
特に少女漫画なんてのは涙を流すくらいに感激した。そう、私たちの世界にはトキメキや萌えが足りない!
魔界から持ってきた金属を換金し、魔法によってちょいと思考操作を行って国籍なんかを取得して1年間ほど日本と呼ばれる場所で過ごした。
あそこは楽園だった。
いわゆるニートと呼ばれる生活を満喫して漫画やゲームを貪り尽くす様に読み漁った。
そしてある時私は悟ったのだ。
これは、使えると。
泣く泣くまた魔界に戻ってきた私は絵の得意な芸術に特化した魔族を呼び出した。
彼らに漫画や小説などの存在を教えて量産することにしたのだ。
魔族は娯楽が少ない。それこそ、戦いの中でしか己を誇示できないほどに。
今はまだ人間という一つの標的があるが、それが失われてしまったあとは同じ魔族の種族の中で争いが起こるに違いない。
人間を滅ぼしてしまったとしても、その争いの連鎖は断ち切ることなどできはしないのだ。
ならばこそ、その戦意…というか情熱を別の物に向ければいい。
それには日本で学んできたサブカルチャーが大いに役に立つと思ったのだが…。
効果がてき面すぎた。
「まさか魔界で同人即売会まで行われるようになるなんて………」
魔族たちは新しい文化を貪欲に吸収していった。否、ハマりすぎてしまったほどにだ。
まさか、人間への侵略を忘れてしまうほどに新しい文化にハマってしまうとは予想だにしない展開だった。
漫画は、魔界を激変させてしまった――
まぁ、もともと私は戦は嫌いだったので、今の新しい漫画が読めるようになった魔界は非常に過ごしやすく嬉しいのだけれど。
統治もしやすくなったし。
「もしかして新しい嘆願書はその、同人即売会に関するものでしたか」
「うん。どうしても場所の確保が難しいから広い会場を作るようにしてほしいってものだった」
「はぁ、すごいですね…」
護衛がうんざりしたように書類を見つめていた。
「おまえは苦手なんだっけ」
「……友が…まじかる魔族っ子ミーテにゃんもえーってよくわからないセリフを吐くようになったのがショックで…」
「私はお前の口から萌え~が出てきたことに驚いてるよ!」
「訓練も共に行っていた竹馬の友だったのですが…なぜああなったのか……」
私もびっくりだ。彼、ものすごく寡黙で真面目だったのに。
サブカルチャー侮るがたし。