第一話「がんばらない魔王とストレスフルな護衛」
第一話「がんばらない魔王とストレスフルな護衛」
「ひまだー…ひますぎる………」
執務室の机でごろごろしていると、青筋を立てた護衛が書類の束をばさっと目の前に置いた。
「魔王様。お言葉ですが、仕事が溜まりに溜まっている状態で暇だなどとおっしゃられても説得力に欠けますよ」
護衛が目の前に置いた書類は、領土の交渉権についての第三項改定案やら領地外での異種族抗争においての優先項目やらなどのつまらない書類ばかりだ。
えい、とそれらの書類を横に積み重なっている書類の束の上に置くと護衛の青筋がさらに増えた気がした。
「魔・王・様」
「護衛、そんなにカリカリするなよ。また胃薬に頼ることになるぞ」
「だれが、そのような状態に、貶めていると思っているんだ!」
とうとう護衛が切れた。まだ仕事は35日ぐらいしか貯めていないというのに。
護衛は長い銀髪に赤い瞳の吸血種だ。吸血種の特徴というべきか、非常に整った顔をしている。出会った当初はクールで冷たい印象のやつだったのに、ここ300年ほど一緒にいる間に胃薬が欠かせない苦労性なかわいそうな奴になり下がっている。
一応今世最強の剣士と名高いのにな。
「魔王、いい加減仕事をしろ!」
「はいはい」
「書類を横に積み上げるな!茶を入れ始めるな!」
「あ、護衛もいる?」
「いらぬわ!!!」
いつものやり取りをしながら紅茶を入れ始める。今日のおやつは何だったか。
あ、私の紹介がまだだったな。
私は第17代魔王。それ以外の名もあった時はあったが、すでに使われることのない名だ。
今は魔王との呼び名だけが私を表すものとなっている。
魔族を束ね、人間界に侵略――などはせず、まったりと今世を過ごしている。
「そういえば護衛」
「なんだ?…いえ、なんですか?」
「お前休日出勤しまくっているけれど、婚約者と会えたりしてるのか?」
そう、この護衛。護衛としては非常に腕が立ちすぎるくらいだし、そもそも次期魔王との呼び声が高いくらいに政治的手腕も高く、補佐官として役に立っているのだが、ここ何十年と休みを取っている姿を見たことがない。
「婚約者のことは……ほっといてください」
「友人とか会うやつもいないのか?」
上司としてこいつのワーカーホリックすぎる部分が心配だ。
「友と呼べる奴はいますが……」
確かフェンリル族の美狼が友人だったはずだ。この城の第三軍隊隊長でもあると以前紹介されたことがあった。
「最近……あにめやらげえむ、などに凝っているようで、会っても会話が理解できません……」
「あ……なるほど……」
そりゃあ会いづらいわなぁ。
護衛はそれらのサブカルチャーについてはとんと興味がない。話されても理解ができないのでは、なかなか会ってもつらい部分がある。
「まぁ、護衛。息抜きもたまには必要だぞ」
「ぁ…たが……」
「ん?」
「あなたが仕事をしっかりしてくれれば休みも取れるんですよ!!」
ははは、こいつのストレスは私だったか!
さて、と観念して仕事を――続けず、引き出しから漫画を取り出した。
護衛はポケットから胃薬を取り出していた。
そりゃ仕方がない。今世魔王はがんばらないからな。