72話 人の気持ちの痛み
タイチさんが怒って出て行ってしまった。私は何か間違った事をしてしまったのだろうか……。魔族は憎むべき存在。彼女はその魔族の血を引いているのだ。だから憎まれ口を叩かれても仕方ないのでは無いだろうか……。
「あ〜あ……タイチ様は優しすぎるね……」
ボソッとリタさんが呟く。この人は元王族の人。私なんかと流れている血が違い、高貴な血が流れている……。
「カベルネ様、タイチ様が怒っている意味を理解されてますか?」
「怒っている……意味?」
リタさんが言っている意味が理解できない。タイチさんが側にいないと私の存在価値はなくなってしまう。こんなことなら告白をしなければ良かった……。
「その様子だと……言われている意味を理解できていないようですね……全く……」
な、なんだろう……その言い方が気に入らない。奴隷のくせに上から目線……。いくら元王族でも、今はただの奴隷……そんな生意気な口を利く権利なんて持ってはいない。
「カベルネ様が考えていることは、私の言葉遣いが気に入らない……奴隷のくせに……ですよね。タイチ様はそれが気に入らないんですよ。それが分からなければ、タイチ様はお赦しにならないでしょう……」
「な! し、知ったような口を!」
「では、何故……タイチ様はお怒りになったのでしょうね〜……カベルネ様?」
リタさんと私を心配そうに見つめるアズロット。魔族に心配されるなんて……。
「アズロット……タイチ様はあなたの事を怒ってはいませんよ。むしろ同情……しているんじゃないでしょうかね……。探しに行ってきましょう……アズロット」
「た、タイチは怒ってないのか? 私には怒ってないのか?」
「えぇ、怒ってないですよ。怒っているのは私とカベルネ様に対してです。タイチ様はお優しすぎる……そこが良い所なんですけどね……。ねぇ? カベルネ様……」
憎たらしい微笑みを魅せるリタさん。タイチさんが何故お怒りになっているのか理解しているようだけれど……私にはその意味が理解できない。私とタイチさんの旅はこんな場所で終わってしまうのだろうか……否! そんな事はさせないし、しない! 何かヒントでもあれば……。
席を立つリタさんとアズロット……タイチさんを探しに行くのだろう。私も探しに行きたいのだが、今行ったところで再び怒られてしまうだろう……。
「カベルネ様……身分て……そんなに大事なんですか? 私は元王族……アズロットはハーフ魔族……だけど、私達は一緒の人間だと思っていますよ……タイチ様は……」
そう言ってリタさん達は部屋を出て行く……。私は俯き、テーブルを見つめる事しか出来ないでいたのだった。
★★★★★★
タイチ様は宿屋を出てすぐの場所で座り込んでいた。
「タイチ様……」
「リタか……」
「先程は直ぐにお答え出来ずに申し訳ありません。私はそれぞれに関係ないと思っております。アズロットはアズロット……私は私……カベルネ様はどうですかね?」
微笑みかけると困った笑いをする。
「そうか……リタは優しいね……俺の考え方が間違ってるのかな……俺だって異世界人だ……言わば、この世界の住人じゃない……。アズロットだって半分は人間の血が流れているんだろ? そして、魔族に捨てられ、処分されそうになって命乞いをした……。俺達と何ら変わりがあるのか?」
「無いと……思います。私も……命乞いをして……ここにいるのですから」
やはりタイチ様はお優しすぎる。カベルネ様が一人の時、手を差し伸べたという話を聞き、我が国とキシミトル国が戦争を始めたときに出会った家族の話……他にも、魔族の巣くう洞窟を発見したときの話もそうだし、私の時もそうだ……メルトの時だってそうだった。必ず誰かのために、己をかえりみず行動を起こしている。この世界の人とは異なる性格をしている。
「カベルネ様は……如何致しますか?」
「何が悪いか理解できてないと思うから……それを話すよ……あの子は優しい。俺の言ったことを理解してくれると信じてる」
お人好しという言葉が昔あったわね……この人はその塊。珍しい人ね。いつか騙されてしまうかもしれない……。その時、私達はどういった行動を取るのだろうか……。
「戻ろう。カベルネを一人、悩ませたら可哀相だ。俺の彼女だし……リタはアズロットに説明をしておいてくれるか? 申し訳ないけど……」
「かしこまりました……」
アズロットは理解できていないだろうし、理解できるとは考え辛い。だが、我が主の言葉は絶対である。理解できるまで、トコトンこの子に話をしなければならないだろう……タイチ様のためにも……。
★★★★★★
部屋に戻ると、カベルネは椅子に座り、テーブルを見つめながら涙を流していた。
俺はその席の前に座り、話しかける。
「カベルネ……よく聞いてくれるか……」
カベルネは小さく頷くが目を合わそうともしないで涙を流す。何だか申し訳なく感じる。
「アズロットは魔族とのハーフだ。リタは……元王族で、今は俺の奴隷だ……じゃあ、カベルネは一体なんだろうね」
「……ふ、普通の……冒険者……です……グスッ……」
「なら、俺は一体なんだろうね……」
「……わ、私と……お、同じ……」
「じゃないんだよ……」
そう言うと、カベルネは顔をあげる。涙で顔がボロボロだが、美少女はそれでも絵になる。
「俺はこの世界の人間じゃない……言わば異分子だ。魔族でもないし、魔物でもない。言えることは人間だというだけで……なんて言えば良いのかな……ヤッパリ俺達は違う人種なんだよ……」
「お、おんなじです! タ、タイチさんはおんなじ人間です!」
「そう思ってくれるのなら……リタやアズロットもそう思ってくれないか……確かに身分はあるかもしれないけど、カベルネにはそれを超えた優しい人になって貰いたいんだよ……。ギルバートさんを助けたいと思ったあの時、カベルネは一人でやっていけるほどの力は有ったか?」
カベルネは首を横に振る。まだ駆け出しの冒険者だった俺達。手探りで何かを探しながら冒険をしていた。今もそうだけれど、あの時は今より必死に頑張っていた。全てが怖かったはずだ。
「差別と区別は似ているんだ……言葉一つで人は傷つく。カベルネが言った言葉でアズロットは傷つく。あの子は必死に人間社会で生きて行こうとしているんだよ……。それを忘れたかい? 一番側で見てきたのは……カベルネじゃないのか? それを……」
「ご、ゴメンなさい……タイチさん……」
「謝るのは俺じゃないだろ? 俺はそう言って素直なカベルネが好きだよ。愛してる。心の底から……尊敬もしてる。自分ではどうしようとも出来ないと分かっているのにどうにか頑張ろうとしてるのだって知っている。ちゃんと俺は見ているつもりだ……。君はまだまだ成長できるよ。一緒に成長をしていこう……」
こくんと頷き、カベルネは立ち上がろうとする。俺はカベルネの側により、優しく抱きしめると、カベルネは何度も謝りながら俺の胸で泣くのだった。
だけど、物陰から二人の気配がする。出るに出られないと言った状況だろう……悪いが、もう少しだけこうさせてくれよ……。




