1話 まさかウサギが唸り声を上げるなんて誰も思わないよね
「こ、ここが……レグリダソーダ……か」
俺の右手には袋があり、あれは夢ではないことが証明される。あの縞パン少女は一体何者だったのか……この際考える事は止めておこう。先ずはここが何処なのかが問題だ。近くに町などがあると良いのだが……。
ん?
俺が横を見ると、鼻が長く、耳が尖って目がやばい変な生き物が隣に立っていた。バケモンだ! 相手も、俺に気が付いたばかりで驚いている。
「な、なんだよ! お前は!!」
『ギ、ギギギィグェ!』
多分、相手も同じことを思っているのだろう。そして、同じことを言っている可能性があるのだが、その手に持っている物は、さび付いた鉈のような物を持っている。こいつは危険だ!
『ググェ! ギギギィ!』
そして、その鉈のような物を振り上げ、化け物は俺に襲い掛かってくる。あの縞パンの子が言っていた魔物とは、こいつの事だろうか! 俺は慌てて走り、この場から逃げ去ろうとするのだが、相手も追いかけてくる。しかも物凄く早い。このままだと追い付かれてしまう! な、何か木の棒でも構わないから……ぶ、武器になるものはないのか!
そんな事を思いながら走っていると、俺の右手が突如光り始める。そして、その手には先程想像した棒が現れる。
「こ、これは!」
あの少女が言っていた創造力って奴か……。だが、そんな事を考えている暇はない! 俺は振り向き、鼻が長く耳が尖った化け物に棒を向けて構える。得物はこちらの方が長い……最初の一撃を躱せばこちらの方が有利だろう……。
『グ、グギギギィ……グギョ!』
化け物は、俺が急に武器を手にしたものだから驚き、後退る。これはチャンスかもしれない。
「うぉぉ!!」
声を張り上げると、化け物はその迫力に負けたのかどうかは分からないが、身を翻して逃げていく。なんとか一命を取りとめたと言う事か……。
俺はその場に腰を下ろして座り込む。本当に殺されるかと思った……。あの縞パンの子も、場所を選んで送り込んでくれても構わないだろ……再び死ぬところだったぞ。
だが、……この棒は俺が想像した物だ……これが俺のスキルって奴か……。
「仕舞うには……お?」
消えろと念じたら消えてしまった。こりゃ簡単で楽ちんだ。だが……同じ様な奴が現れたら、たまったもんではないだろ……。
俺は空を眺めながら考える。何か身を守る物はないか……そう、――地球だったら……銃だよな。まさか……銃が出てくることは……と言うか、俺って銃の種類なんて知らないぞ……。
「――図鑑か……試してみる価値はありそうだな…………」
銃が載っていそうな図鑑を想像すると、手元に図鑑が現れる。
「す、スゲェ……ほ、本当に出てきやがった……な、中身は……ちゃ、ちゃんと書いてある……」
警察が持っているリボルバー銃から軍用の銃まで……なんでも描いてあり、俺の想像をかき立てる。
「と、取りあえず……これかな……名前は有名だし」
俺が選んだのは世界的に有名な銃。イタリアが生んだベレッタだ。俺はそれを召喚すると、本当に弾が出るのか疑問に思い、近場の木に向かって発砲してみる。すると、乾いた音がして木に弾痕がつく。
「ま、マジだ……マジで銃が出てきやがった……」
本の召喚を解除して俺は腰に銃をしまうと、何かを忘れていることに気が付く。
「あれ? なんか……忘れてないか? えっと……、あ! ふ、袋だ! あの子から貰った袋を落としちまったんだ! ……し、仕方ない……拾いに戻るか……」
また、あの化け物が現れるかもしれないからゆっくりと戻っていく。だが、あの化け物は見当たらず、俺は難なく袋が落ちている場所まで戻って来ることができた。
「良かった……別にただの袋だとは思うが……折角貰ったんだ、大事にしないとな」
腰に袋を装備して、周りを見渡し、危険が無いことを確認してから俺は街道を目指す事にする。
暫く歩くと街道が見えてきた。どちらに町があるのか分からないが、木が倒れた方に向かうといった古典的な方法で俺は歩き始めると、目の前から馬車がやって来た。なんかゴッツイ鎧を着こんだ人達が周りを囲んでいる。そして、皆は俺をじろじろ見ているので、俺は委縮してしまう。
俺は道の端により、馬車が過ぎ去っていく方を見る。そして気が付いてしまった……なんて馬鹿な事をしたのだろう。御者か、あのゴツイ人達に町のある場所を確認すれば良かったのに……俺はそれをなんとなく見送ってしまった。
項垂れ、仕方なく馬車が来た方を歩いて行くと、広い草原に出る。
「おぉ……草原だ……」
そして遠くに町のような建物が見え始める。ようやく町のような場所が見えて俺はホッとする。距離からすると数キロと言ったところ。時間はかかるかもしれないが、ようやく町に近づくことが出来たのは本当にホッとする。
町に向かって歩いていると、近くに野ウサギのような生き物が現れる。多分……きっとウサギだろう。だが、そのウサギは俺を睨んでいるように見えるのは気のせいだろうか……。まさかと思うが……。
そのまさかが訪れる。ウサギの野郎は俺に向かってタックルを仕掛けてきやがった! このウサギは肉食か! 俺はギリギリのところでタックル攻撃を躱して、慌ててベレッタを手に取り、銃を構えるのだが、相手は小動物……本当に殺しても良いのだろうか。
だが、ウサギの野郎は有り得ないことに威嚇をしてきやがる。初めて聞いたウサギの「グルルルゥ……」という声。地球のウサギがそんな声を出すのかは知らないが、このウサギは確かに俺に対してうなり声をあげている。
「ま、マジで勘弁してくれないか……」
俺はウサギに対して勘弁してくれと言っている。あのウサギに対してだ。
だが、ウサギは容赦なく俺に襲い掛かって来る。俺は仕方なくトリガーを引いた……。乾いた音が響き渡り、ウサギはその場に倒れ込む。しかし、まだ息があるようで起き上がり俺に向かって攻撃をしようとしている。仕方なしに俺は止めを刺すことにする。
パァーン……!!
ウサギはその場で倒れ込んで息絶える。今度こそ死んだだろう。俺はその場で座り込み、そしてウサギの死骸を見つめる。
「ほ、本当に俺が殺したんだよな……。お、お前が悪いんだぞ……だ、だって襲い掛かって来るから……」
すると、頭の中に声が響き渡る。
『太一君、太一君……聞こえているか……』
「……え? だ、だれだ?」
周りをキョロキョロするが誰もいない有るのは目の前のウサギの死骸だけ。
『もう忘れてしまったか? さっきまで私と話をしていたのに……』
「縞パ……あの時の女の子か?」
『縞パン? 女の子……ね。そう言ってくれるのは嬉しいねぇ……天使はクソババァと私の事を言うんだが……まぁいい。言い忘れたが、君に渡した袋は魔法の袋だ。それには沢山の物が入るようになっている。それを上手に活用したまえ』
「あ、ありがとう……ございます……」
『ん? どうした? 何かあったのか?』
「い、いや、今……う、ウサギに……」
『ウサギ? あ~ウサギね。そこのウサギは凶暴だから気を付けたまえ。町に持っていくと、お金に換えてくれるよ。まぁ、自分で食べるのも良し、好きにすると良い。じゃあ、この世界での生活を楽しんでくれたまえ。もう二度と君に話しかける事は無いだろうがね』
そう言って声は聞こえなくなってしまった……。い、いったい何が何だか……。
取り敢えず俺は、ウサギの死骸を袋に仕舞いこんで見ると、確かに小さい袋のくせに、ウサギが一匹すっぽりと入ってしまう。俺は震える太腿を叩き、離れたところに見える町へと歩を進めるのだった。