悪役令嬢・オブザ・デッド
――悪役令嬢。それは乙女ゲーにおいて主人公に立ちはだかる難関にして、終盤にて苔降ろすことによってカタルシスを得るための舞台装置。そんな悪役令嬢に転生した七彩春々は今ゾンビの群れに囲まれていた。
「なんで悪役令嬢のわたくしがゾンビに囲まれてますのよぉおおおおおおお!!!」
場所は時丘学園一階。城と見間違えるようなエントランスホールには数多のモブゾンビがわんさか湧いていたのだった。七彩春々が転生したはずの乙女ゲー「この青春から脱却を!」にはゾンビは出てこない。出てきた例がない。そして悪役令嬢役の子もマシンガンを持ってゾンビを撃ち殺したりしない――!!
七彩春々はやっていた。
「どういうことなの!? 説明しなさいセバスチャン!!」
七彩がセバスチャンと呼ぶと、天井からシュバッとその男は現れた。
セバスチャンこと本名、時丘晴明。この時丘学園の理事長の息子にして、七彩春々の執事。
はるか昔に祖先が結んだ主従契約を律儀に守り、没落したはずの七彩家に仕えるばかりか、資金援助までしているという非情に義理堅い家系の御曹司だ。
本来の「この青春から脱却を!」では、攻略対象の一人にあたり、一番評価の高いシナリオを担当している。その分、攻略の難しさもひとしおなのだが、所詮はゲーム。攻略サイトを見れば、今時のアドベンチャーゲームなどはどんなルートでも簡単に行けてしまう。
そしてこのセバスチャンのルート。主人公はともかく、悪役令嬢にとっては最悪極まりないルートなのである。なぜなら執事を奪われ、実家への資金援助も停止され、時丘学園から退学し、庶民へと落ちてしまう唯一のルートだからだ。
絶対に主人公にセバスチャンを攻略されてはならない。
七彩春々はそう強く決意し、ありとあらゆるルートの妨害に当たった。
しかし主人公は攻略ルートをウィキ参照しているかのごとくの未来予知でフラグを建築していく。
最終的になんやかんやと妨害工作を取った結果――。
「はい、お嬢様。これはバッドエンドの一つ、”ゾンビ丘学園”でございます。非情に稀なルートですが、確かに攻略サイトには存在するルートでして、学園がゾンビまみれになり、主人公も噛まれてゾンビになってしまうというものです」
「馬鹿じゃないの!? スタッフ! 馬鹿じゃないの!?」
「私もそう思います」
「で、そのルートでは悪役令嬢――つまり私はどうなるの?」
「いえ、七彩様の結末までは本編に書かれていません。なにせギャグ調のバッドエンドの一つですから」
「つまり――この状況から生き延びる方法はあるということですわね!」
「そういうことになりますね。とはいえ学園のみならず、世界中でゾンビパニックが起きてるらしいですが。いえ、もちろんご安心なさってください。すでに屋上にヘリをチャーターしております。向かいましょう」
「わかったわ!」
セバスチャンが名刺をゾンビに投げて撃退する。
その隣から七彩がマシンガンをぶっ放して、ゾンビを撃ち倒す。ちなみにこのマシンガンは七彩春々がとりついた悪役令嬢がギャグシーンにおいてよくぶっ放すアイテムの一つだ。
細かいことは気にしてはならない。なにせギャグシーンだから!
無事屋上へと逃げ込み、ヘリに乗る二人。
「ふっ――これでハッピーエンドですね! オホホホ!!」
――と七彩春々が叫んだところで、あることに気づく。
ヘリの脚にゾンビが一体しがみついてるではないか。しかも見覚えのある黒髪の地味なゾンビ。
こ、こいつは主人公! 主人公じゃないか!
「ええい! 貴方というやつはどこまでも私の幸せを邪魔してくれますのね!」
マシンガンを向けて、主人公に撃つ。だが主人公は俊敏な動きで、七彩の視界から消える。
「――!? やつが消えた!? セバスチャン! どこに行ったか探しなさい!」
「探す必要はありません! どうやらやつはコックピットです!」
七彩が振り向くと、そこには窓を叩き割って、ヘリの運転手を噛み殺し、中にはいってきた主人公が居た。
「くっ、化物め――!」
「お嬢様、コレをお使いください」
セバスチャンが懐から取り出したロケットランチャーを七彩に渡す。
七彩はロケットランチャーを受け取ると、主人公に向けて撃ちはなった。
「地獄に落ちろ、主人公ォオオオオオオオオオオオオオオ!!」
コレが新たなるざまぁの仕方――!!
ロケットランチャーがぶち当たった主人公ははるか後方へと吹き飛んでいき、そして爆発した。
「やったわ! セバスチャン! ついにあの女を始末したわ!」
「はい。喜びのところ悪いのですが、ヘリの運転手が死んだ事によりこのヘリは墜落します。お嬢様、このセバスチャンめにお捕まりください」
「え!? え!? もしかしてこのヘリ、カプ○ン製!?」
二人は墜落するヘリから脱出し、ハングライダーで森へと落ちていった――。
薄れ行く意識の中で七彩春々はそっと、頭の中のリセットボタンを押した。
――BAD END