別視点 シリウス1
今回は、シリウス視点のお話です。
内容はアンフィ視点のお話と被ってますので、飛ばしてお読み頂いても大丈夫です。
アンフィとの温度差が激しいです。
初めてその少女を目にしたのは、王城の謁見の間でだった。
たまたま、王と省長達との会議の最中に、身元不詳の者を発見したと連絡が入り、王が会ってみたいと言うので、皆で謁見の間に移動し、待っていた。
警備省長を務める自分の補佐をしている、副長のムルジムが連れて来た。
確か、東のツヴァイ村に現れるグリズリーの退治に行ったはずなのだが。
少女は、陽に灼けた事もないような白い肌に、薄い桃色の長い髪、吸い込まれそうな真っ黒で大きな瞳の、とても可愛らしい容姿だ。
名を、アンフィというらしい。
首を傾げる仕草も愛らしい。
保護者を決める段になって、何故かアンフィは俺の許へ笑顔で走り寄って来た。
驚きのあまり、硬まってしまった。
王命なので請けるしかなく、俺はとりあえずアンフィの保護者となった。
自分が子供の面倒を見られるのか、やや不安がある。
アンフィがお腹が空いたと言うので、食堂へ連れて行く為に抱き上げた。
あまりに細く軽い身体に、ドキリとした。
アンフィが俺の肩に顔を押し付けたので、更に困惑する。
周りの省長達が、そんな俺を見てにやにや笑っていた。
言葉遣いもしっかりしているし、食事も綺麗に食べられる。
たぶんそんなに手は掛からないだろうとわかり、ホッとする。
これからこの少女と生活するのかと思うと、何故だか心が落ち着かなかった。
魔術省長のシェアト殿がアンフィを入浴させている間に、部屋を整える。
整備省長のアルデバラン殿が、子供用の小さな家具を部屋に運び入れて並べていく。
「どうする?一応女の子なんだし、目隠しとしてカーテンでも付けるか?」
「……そうですね」
アルデバラン殿は手際よくレールを付けて、厚手の布地のカーテンを下げる。
「女の子だからって、手を出すなよ?」
………オヤジ臭い事を言うが、アンフィはまだ子供だ。
どうやったらそんな気になるのか、こっちが聞きたい。
黙っていたら、アルデバラン殿は苦笑いをして出て行った。
すぐに、シェアト殿に連れられてアンフィが入って来る。
初めての場所に、興味津々と辺りを見回す。
しかし、シェアト殿が顔をしかめる。
「男の部屋って殺風景ね」
そういうものか?
必要な物が揃っていればいいと思うが。
すぐにアンフィに昼寝をさせ、出て行くシェアト殿を見送ってから、部屋の椅子に座った。
たいして時間は経ってないのに疲れたらしい。
鍛練が足りないのか?
しばらくしてシェアト殿が戻って来た。
荷車を押して。
「アンフィに足りない物を持って来たわ」
そう言って、荷車の上の箱を開ける。
時計、暦、卓上の灯り、本、観葉植物。
それらをテキパキと置いていく。
粗方終わると、シェアト殿は俺を見て真剣な表情になった。
「シリウス。貴方には言っておかなければならないと思うから、話すわ」
「何を?」
「アンフィの事」
知らず肩が揺れる。
「アンフィの、魔力を封じている紋の事よ」
シェアト殿はやや俯く。
いつも勝ち気な彼女にしては珍しい。
「あれは、この国……いえ、この大陸の魔導師には解けないわ」
「何?!」
「それ程、強固で難解な封じなのよ。だから、アンフィは記憶を失った。いえ、記憶さえも封じられてしまったと言うべきね」
俺が知っていいのだろうか?アンフィのそんな事情を。
「別に、貴方にどうにかしろなんて言わないわ。貴方は魔法が使えないもの。アンフィは貴方になついているわ。今日初めて会ったのにね。そんな貴方だから、アンフィに何があっても、アンフィの味方でいてあげてほしいのよ」
「何故、シェアト殿がそこまで……?」
シェアト殿はふと微笑んだ。
「気に入ったのよ、あの子を。わたくし達の周りに、あんな子いるかしら?素直で優しくて……。わたくし達は仕事柄、多少殺伐としてしまうのは仕方ないわ。アンフィには、そうなってほしくないの」
俺は不思議と、シェアト殿の意見に同意していた。
「……わかった。封じの方はシェアト殿が調べるのだろう?」
「ええ、もちろん」
シェアト殿は、眠るアンフィを見つめてから、部屋を出て行った。
目が覚めたアンフィと、夕食を摂る為に食堂へ向かう。
途中でムルジムに会い、ムルジムがアンフィを抱き上げたのを見て、何故かムッとした。
どうしてだ?
小さな子供を抱き上げるのは、誰だってやる。
ムルジムはにやりと笑って、アンフィを俺に渡してきた。
「いやぁ、省長のそんな顔、初めて見ましたね。おっと、俺が敵認定される前に返しますよ」
なんて事を言っていた。
どういう事だ?
しかし、腕の中にあるアンフィの体温に、心がざわめく反面、ひどく安心した。
これが、気に入るという事なのか?
食堂には沢山の省員達が居て、アンフィが珍しいからか、または可愛いからか、ずっとアンフィを見ている。
俺が食堂を見回し睨み付けると、やっと視線を逸らした。
ムルジムが笑っていたが、アンフィは気づかずに飯に釘付けだった。
そんな姿も可愛いと思う自分はおかしいのだろうか?
次の日も、アンフィを連れて行く先々で皆の注目をあびる。
朝は廊下で省員に笑顔を見せていたので、思わずムッとしてしまった。
俺は心が狭いのかもしれない。
新人達の訓練を見なければならないので、アンフィを連れて訓練場へ行く。
警備省に入省したからには、色々な事を身につけなければならない。
体力、剣術、体術、馬術だ。
たまに出現する魔物と戦う為に必要な事だ。
省員のアルドラにアンフィを任せて、新人達に指示を出した。
そして振り返ると、何故かアンフィが青い顔で震えている。
近づいて行って声を掛けた。
「アルドラ、何を話した?」
「え?!ちょっ、シリウス省長、俺別に変な事は話してないですよっ!」
俺の微かな怒気を察知するとは、なかなかだな。
アルドラは慌てて言い訳めいた事を言う。
アンフィを見やれば、アンフィも頷いたので、まあ不問にしてやろう。
アルドラがアンフィを獣舎に連れて行くと言うので、とりあえず許可した。
何よりアンフィが嬉しそうだったので、駄目だとは言えなかった。
しかし、戻って来たアンフィから、俺の騎獣に会ったと聞き、ついアルドラに八つ当たり的な覇気をぶつけてしまう。
俺の騎獣は、魔獣のケルベロスだ。
アンフィが噛まれたりしたらどうするんだ。
アンフィは嬉しそうだったが。
怖くはないのだろうか?
その後、昼食を摂りに食堂へ行った。
御厨省長のサダクビア殿は、楽しげに、アンフィに早く大きくなれと言う。
アンフィは幼いながらも可愛らしいが、成長したらもっと愛らしくなるのではと、考えてしまった自分に嫌悪する。
何を考えているんだ?俺は。
それ程までに、アンフィの事を気に入ったのか?
………いや。気に入るなどという表現ではないな。
俺は、アンフィが好きなのか。
こんな子供が?
複雑な気分だ。
ふと思い立って、アルドラにアンフィを任せて、整備省の執務室へ向かった。
執務室と言っても、まるで倉庫の様な部屋だが。
整備省員に欲しい物を伝え、手配してもらう。
すぐに物は揃えられた。
それらを部屋に運ぶ。
アンフィと、暇な時に茶でも飲むかという気になったのだ。
今までは、俺には必要なかったので、部屋に茶器さえ置いてなかった。
湯を沸かす為のケトルと、ティーセット。それにいくつかの茶葉と、それを収納する棚。
それらを部屋に置き、訓練場へ向かった。
訓練場では、アンフィが新人達に囲まれていた。
少し困った様に新人達を見上げている。
近づいて行くと、話しているのが聞こえた。
「えっと、シリウスさんは……」
「俺が、どうした?」
声を掛けると、新人達が一斉に離れて行く。
アンフィが俺を見上げ、嬉しそうに笑った。
「シリウスさん」
それだけで、俺の胸が温かくなる。
俺は新人達の方へ行く。
「アルドラ。木剣を用意しろ」
「はいっ。用意出来てますっ」
アルドラが慌てた様に持って来て、俺の前に置く。
新人達に指示を出す間、アルドラがアンフィに何やら言い聞かせていた。
しかし、アンフィは理解出来ないのか首を傾げている。
仕方なく、俺は二人に近づいた。
「アンフィ」
呼ぶと、真っ黒な瞳がキラキラしている様に見える。
目の錯覚か?
「省長の誰かが一緒じゃない所で、名乗ったりするな」
むしろ、俺と一緒じゃない所で、と言いたい。
「はい。わかりました」
アンフィは少し考え、納得したのか頷いた。
また新人達の近くへ行くと、新人達はチラチラとアンフィを見ている。
どうやら厳しくやらないとわからないらしい。
俺が新人達に覇気を向けていると、背後から笑いを含んだ声が掛けられた。
「シリウス省長。只今戻りました」
振り向くと、ムルジムがいた。
「ムルジム」
「省長。何があったのか大体の想像は出来ますけど、その覇気を収めてください。新人達は慣れていないんですから」
収めるつもりも、慣らしてやるつもりもないが。
「報告は?」
「特に。今日も平穏でしたよ」
「そうか」
医務省長のサビク殿に、アンフィに健康診断を受けさせるよう言われていた事を思い出し、アンフィを医務室に連れて行く事にした。
ちょうどムルジムがいるから、新人達はムルジムに任せよう。
アンフィに健康診断の事を説明して抱き上げると、珍しく俺の首に手を回してしがみついてきた。
少し驚いたが、たぶん健診が怖いのだろう。
アンフィを抱く腕に少し力を入れた。
安心させるように背を叩くと、アンフィは俺の肩に顔を押し付けた。
子供には、医者というのはやはり怖いものなのか。
まあ、健診では特に問題はないとサビク殿に言われたので、とりあえず安心だ。
夕食を食べ部屋に戻ると、新しく置いてある物にアンフィは目を輝かせる。
アンフィと一緒に茶を飲もうと思ったのだが、どうにも上手く伝えられなかった。
しかし、アンフィは頬を染めて微笑んだ。
そんな表情も愛しく感じる。
入浴後に、アンフィが茶を淹れた。
初めてとは思えない慣れた手つきに、俺はつい凝視してしまった。
何処で覚えたかと問えば、記憶にはないが体が覚えていた、とアンフィは困った様に言った。
確かに、そういう事もあるかもしれない。
それに、アンフィの淹れた茶は、とても美味しかった。
本当に不思議な存在だ。
しかし、たった二日の間に、俺には大切な者になっていた。
読んで頂き、ありがとうございました。
眠気と戦って書きました。
次もシリウス視点です。