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シリウスさんに連れられて、医務室にやって来た。
独特な消毒とか薬品の臭いがするかと思ったけど、そうでもなかった。
草っぽい匂いはするけど。
「サビク殿はいらっしゃるか?」
シリウスさんが扉をノックしてから入って行く。
部屋の中には渋いオジサマ――サビクさんが居た。
「おや。来たかい」
「アンフィの健診、お願いします」
シリウスさんがあたしを下ろす。
あたしはサビクさんに頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「では、まずは身長と体重だな」
サビクさんがテキパキとあたしの健診をする。
で。サビクさんはあたしが全くの健康だと診断した。
「ただ、魔力を封じられているせいか、魔力の巡りがおかしい」
魔力の巡りがおかしいと、何かまずいんですか?
サビクさんはなにやら難しそうな顔で思案している。
「ふむ。ま、良いか。とりあえず健康だしな」
「サビク殿。大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。後でシェアトにも相談しておく」
あっけらかんとサビクさんが言う。
シリウスさんは軽く息を吐くと、あたしを抱き上げた。
「では、失礼」
「ありがとうございました」
あたしはサビクさんにお礼を言う。
シリウスさんはさっさと医務室を出た。
そこで、リギルさんと会う。
「……リギル殿」
ん?シリウスさんの声が低くなったぞ?
リギルさんは少しひきつった顔になる。
「やあ、シリウス、アンフィ。怪我でもしたのかい?」
「いえ。アンフィの健診に来たんです」
「そう」
見ると、リギルさんは左手を右手で押さえている。
「リギルさんこそ、怪我したんですか?」
「ああ……ははっ。ちょっと凍傷を」
え?!凍傷って何事?!
「それは、えっと、お大事に?」
「ありがとう。アンフィは優しいね」
「そうですね」
シリウスさんの声が更に低くなった。
「シリウスさん?」
「……シリウス、許してくれないかい?緊急だったんだ」
リギルさんが肩をすくめる。
「まあ、いいでしょう。次はないですから」
何が?
リギルさんは苦笑して、医務室に入って行った。
「どうして、凍傷になったんでしょうか?」
「……さあ?」
シリウスさんも不思議そうに首を傾げた。
シリウスさんと訓練場に戻り、その日の訓練の終わりが告げられ、新人さん達はその場に座り込んだ。
だいぶお疲れのようです。
「シリウス省長。しっかり、鍛練させておきましたから」
「そうか。ご苦労だったな」
「いえ。シリウス省長の覇気に当てられたので、さすがにもうそんな気は起きないとは思いますが、念のために釘を刺しておきました」
楽しそうに話すムルジムさんと、その背後で青くなってるアルドラさんが、なんとも対照的です。
「夕飯食いに行くか」
「はいっ」
あたしは元気に返事をした。
シリウスさんは笑って、あたしを抱き上げたまま歩き出した。
ムルジムさんも笑って追いてくる。
アルドラさんは――あたしに手を振っていた。
あたしも手を振り返す。
すると、その手をシリウスさんに掴まれました。
何故?
食堂に行って、夕食を食べた。
夕食は、ミートドリアとグリーンサラダとオレンジジュースでした。
美味しかったです。
シリウスさんに連れられて部屋に戻ると、あたしは違和感に首を傾げた。
そして、今まで入ってすぐ右側にある簡易キッチンには何も置いてなかったのに、コンロらしき所にケトルがあることに気づいた。
部屋の中のテーブルの上にはティーセットが。
近い所に小さな棚が新たに置かれ、棚の中には紅茶の茶葉が数種類入れられていた。
いろんな色のラベルが貼られた缶が可愛い。
「シリウスさん。お茶飲むんですか?」
「アンフィが、飲むと思ってな」
え?あたしの為に用意してくれたの?
やばい。嬉しい。
「あの……ありがとうございます」
なんだか照れますね。
シリウスさんは黙ってあたしの頭を撫でる。
その時、部屋の扉がノックされた。
シリウスさんが返事をすると、扉を開けて女性が入って来た。
長いウェーブの金髪に茶色の瞳の美女。
しかもその人、メイドさんの格好をしている。
落ち着いた焦げ茶のワンピースに、腰には白いエプロン。
ワンピースの襟や袖は白い折り返しになっている。
正に清楚なメイドさん!
「シリウス省長。アンフィちゃんの入浴の時間です」
それにしても、このメイドさん、誰かに似てる。
あたしは自分のスペースに行き、クローゼットからパジャマと下着、タオル類を出し、布袋に入れて持つ。
そしてメイドさんのところへ行く。
メイドさんはあたしの手を取って、シリウスさんに頭を下げた。
「シリウスさん、行ってきます」
シリウスさんは頷いて見送ってくれた。
メイドさんは廊下であたしと目線を合わせるように膝をついて座った。
「はじめまして。わたくしは整備省副長のマイアと申します。よろしくお願いしますね」
「あ、アンフィといいます。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ふふ。わたくし、エレクトラの姉です」
「ああっ。似てますね」
「そうですか?わたくし達七人姉妹ですが、あまり似てないと思いますよ」
そこでマイアさんは立ち上がって、あたしを抱き上げると歩き出した。
そういえば、シェアトさんが「プレアデス」って言ってた。
プレアデスといえば、プレアデス星団のもとになったギリシャ神話に出てくるニンフの姉妹。
確か末の妹は死んじゃうんじゃなかったかな?
ま、名前が同じなだけで、あたしの元の世界の神話とは関係ないと思う。
マイアさんとお風呂場に行き、使ったタオル類と今日着た服と下着を洗濯機(仮名)に入れて洗濯する。
その間にお風呂に入る。
お風呂を出ると、マイアさんがドライヤー(仮名)であたしの髪を乾かして、櫛ですいてくれる。
パジャマを着て、洗濯した衣類を布袋に入れて持ち、再びマイアさんに抱き上げられて部屋に戻った。
「ただいまです」
部屋に入ると、シリウスさんは椅子に座って、なにやら書類に書きものをしていた。
おっと、お仕事ですか。
「あの、お茶淹れます」
あたしが言うと、シリウスさんはペンを置いて立ち上がり、近づいて来た。
「使い方はわかるか?」
「教えてください」
シリウスさんは頷くと、ケトルの蓋を取り、水道でケトルに水を入れ、コンロの上に置いて蓋をする。
コンロにはやっぱり石が付いていて、この石を触ると火が点くらしい。
火を点ける場合は右の石、火を消す場合は左の石を触る。
ふむふむと頷いていると、シリウスさんが頭を撫でてくる。
「後は、たぶん大丈夫ですよ。あ、シリウスさんは好みの茶葉とかありますか?」
「……特には」
「じゃあ、あたしの好みで選びますね」
あたしは楽しくなってきて、ウキウキと茶葉の缶を開けて、香りを確かめる。
あたしは一番ダージリンが好き。
基本的には紅茶はどれも好きだけど、渋味があって香りの強いダージリンが好き。
ただし、ダージリンはストレートに限る。
ミルクを入れたかったら、ウバかセイロン。
五種類ある茶葉の中から、ダージリンに近い香りのものを選ぶ。
ティーポットにスプーンで茶葉を入れ、記憶にある紅茶の淹れ方で淹れる。
時間をはかる砂時計やポットを保温するティーコージーが無いのが残念だけど、まあ仕方ない。
カップに紅茶を注ぎ、シリウスさんの前に出す。
「どうぞ」
シリウスさんは目を丸くしていた。
「………どこで、覚えたんだ?茶の淹れ方を」
「―――え?」
しまった!
つい、子供には出来なさそうな事をやってしまった。
「えっと……自然に、出来ました。どうしてでしょう?」
目が泳いでしまう。
「記憶が戻った、とかではないのか?」
「記憶は……ないです。えと、体が覚えてた、というか……」
「そうか。そういう事も、あるな」
シリウスさんはやっと納得して、カップを手に取る。
紅茶を飲んで、微笑んだ。
「うん。美味い」
「ありがとうございます」
良かった。なんとか誤魔化せた!
あたしも椅子に座り直して紅茶を飲む。
香りはダージリンに近いけど、渋味はあまり無いなぁ。
でも、美味しく淹れられて良かった。
シリウスさんはまた書類にペンを走らせる。
警備省といっても、書類書きとかやらなきゃいけないんですね。
お仕事って、やっぱりどの職業も大変です。
あたしは缶の中の茶葉をそのまま食べてみる。
うーん。紅茶のクッキーとかパウンドケーキとかが食べたい。
スコーンにたっぷりクリーム乗せて、とか。
おっと、ヨダレが出そうです。
この世界に、小麦粉はあるのでしょうか?
ムニエルが出たから、ありそうなんだけど。
お菓子も見てないなぁ。
「アンフィ」
「へ?」
「茶葉をそのまま食べても、美味しくないだろう」
シリウスさんがあたしを止める。
ああ。この世界では、このまま食さないのですね。
「食べられますよ?」
「まあ、食べられるだろうが……」
「美味しいですよ?」
「…………」
微妙な顔された。
「そうだ。シリウスさん」
「?」
「今度、またケルちゃんに会ってもいいですか?」
「…………」
考える様にシリウスさんは腕を組む。
「まあ、俺が一緒なら、大丈夫か」
「やったー!」
あたしが両手を上げて喜ぶと、シリウスさんは笑った。
「片付けとくから、もう寝ろ」
「はい」
あたしは椅子から降りて、シリウスさんに頭を下げた。
「お休みなさい」
「お休み」
布袋を持って行き、カーテンを閉めた。
クローゼットに服を掛け、ベッドに入って目を閉じると、すぐに眠ってしまった。
読んで頂き、ありがとうございました。
シリウスが段々面白い人になってきているのですが、どうにも出来ないので、放っておきます。
最初に設定したキャラと違ってきてます。
よくある事です。