2話この白い空間での考察
2話
ついさっきまでの出来事を思い出し整理し終わった。
そして結論。
俺は俺の名が思い出せないでいる。
今ある感情は困惑と焦燥しかない。自分で自分のことがわからないというのはこんなにも不安で仕方ないのか。それらを助長するこの空間もいけない。今俺は上下左右に奥行きなども何もない完全な『白』の中にいる。そう完全である。俺の周りに俺の姿かたちをした影もないのだ!意味が分からない・・・。なぜ俺しかいないのだろうか。
やばい、自分の周囲について確認を始めたからかこの何もないというのはなんかやばい。このとき、俺は困惑が恐怖へと移り変わっていくのを実感できたが止めることはできなかった。感情をコントロールすることはできず体が震えた。気づいたら嗚咽も漏らしていた。
これは「四面楚歌症候群」と呼ぶ者がいる状態に似ている。何も見えないということがすごい恐怖となる。
主人公はそんなこと考える暇はなかったが、四面楚歌症候群に似た恐怖をあじわっているのだ。
だいぶ時間がたって俺は自分にこの空間は大したことのない空間だと言い聞かせることで冷静さを取り戻せた。この恐怖が一過性のものでよかった。いつまでもあのままだと精神が壊れてしまったかもしれない。
ふと俺は自分の腕の時計が動いていないことに気付いた。もしかしたら俺がこの空間に来た時の時間かもしれない。16時18分これが俺が日常から追放された時間なのだろう。
俺は立ち上がった。恐怖におびえている間に自然とうずくまっていたからだ。
周囲を歩いてみた。というか歩けることに気付きしばらく同じ方向に歩いてみたり走ってみたりしたが結局変化はなかった。というか進んでいる実感がなかった。景色が変わらない点はランニングマシーンに似ているかもしれない。
俺は動くことをやめ、楽な胡坐の姿勢で自分の中の記憶を探った。
そこで分かったのは自分の周囲の人間の記憶がなく、俺という人物を思い出すのに必要なことは思い出せないらしい。つまり家族や友達などの知り合いは全く思い出せなかった。思い出せないことに悲しみは覚えたが思い出せることがあるだけましだと言い聞かせた。知人について思い出せない代わりに、教科書にのっているような人名は有名なもののみ思い出せた。アインシュタインやナポレオン、千利休などだ。しかし、現代の総理大臣の名は思い出せなかった。ちなみに初代の伊藤博文は思い出せた。もしかしたら俺がここに来る時の西暦などは具体的に思い出せないようになっているのかもしれない。そう思ったのは、時計の日付がなくなっており、携帯はじぶんがもっていたものがどのタイプかも思い出せず。さらにズボンのポケットから形態そのものもなくなっていたからだ。
次に自分の住所を思い出そうとしてみたが、都道府県がわかるだけで自分がどこに住んでいたかは思い出せなかった。けれども、東京が首都だとか、すべての県庁所在地は言えた。意味が分からない。
これはもう俺が自分を思い出すのに必要な詳細な知識に限り消去されたのではないかと思う。
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俺はできる限り記憶を掘り下げた後、暇なので空間について今度は調べてみた。
調べてみたといっても歩き回ったり、走ったり、止まったり、前転してみたり・・・あれっ?とおもう。
今までこの空間を平面として扱ってきたが実は違うのではないかと思いついたからだ。まず、階段を上るイメージで右足を上げてそこに一段上に地があると思ってみると体を支えることができた。おお!これはすごい!暇を持て余す俺に実験という名の暇つぶしができた瞬間だった。
それからしばらくの間いろいろ試した。
地面ではなく椅子をイメージして座ったり、階段を上ったり、下りたりもした。滑り台をイメージして滑ってみたりもしたが、景色が変わらないため滑っているとあまり感じることができなかったのでなんか虚しさを覚えた。いや、20歳と成人を迎えた男性が滑り台で楽しもうとする時点で何とも言えないし虚しさとか今更感もあるが・・・。
あらかたやりつくしたと思う。エレベータやエスカレータ風の移動もしたし、空港などにある自動歩行もした。途中からそういった移動は周りが完全な『白』だとわかりづらいので、16時18分から動かなくなった時計を原点として12時方向を正のY軸3時方向を正のX軸として移動することでどれだけ進んでいるのかの実感とした。これを思いついたので早速もう一度滑り台を試した。原点に戻るのも、高速エスカレータ移動をすればいいだけなので楽だ。他にも俺はゲームのプレイ動画で見た「上に落ちる変態」という機動はどういうものか少し興味があったのでやってみたりと・・・まぁ思いつけばきりがないことをやっていたわけだ。
そしてついに俺は座標移動つまり瞬間移動や転移といったことにまで手を出した。
暇つぶしという実験の結果。
この空間は傾斜角度や速さ、自分が居れる座標や進行方向なども自由自在に変えられる。ということがわかった。
そして、転移を試して満足した俺は気づいた。時計の置いた原点に扉が出現していたことに・・・