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2.年下の姉 アキラ

 私がこの世界で目覚めてから十日が経つ。


 最初はうつらうつらと眠かった。昼も夜も、気づけば眠り込んでいる。大司祭様は毎日決まった時間にやってきては、私の様子を何かに書付け、帰っていった。

 部屋に置かれた香炉からは、常に細い煙がたなびいている。

 眠っている時に、遠くから例の祝詞が聞こえることもあった。

 

 女神というからには、もっと万能だと思っていた。寝てばっかってなんなの。牛なの。

 ままならない体調がもどかしく、その日は大司祭様相手に愚痴ってしまった。大司祭様は穏やかな表情で「焦ることはございません」と慰めてくれた。


「まだ御身がこちらの世界に馴染んでおられないのでしょう。ひと月もすれば眠気も抜けるはずです」

「そういうものですか……そういえば、先代の女神様が私の母なんですよね? 全く記憶にないんですけど、いつ会えますか?」


 ずっと気になっていたことを聞いてみる。

 大司祭様は、平然とした顔で口を開いた。


「我が国に降臨される女神様は、先代の女神様が産んだ方だと決まっております。ですので、女神様のお母上は先代のミヤビ様で間違いありません」


 大司祭様のお話によると、私と一の姫は厳密には姉妹とは言えないらしい。

 私は先代女神が百花の王(ピオニー)を通じて産んだ子供。そして一の姫様はこの地で産まれた子供だからと説明され、ますます訳が分からなくなった。


 産んだのが先代ミヤビ様なら、やっぱり私たちは血を分けた姉妹だと思うんだけど。

 生まれた場所が違うだけだし……もしかして父親の血統が問題なのかな? 

 

 大司祭様は、いいえ、と首を振った。


「血統ではなく現れ方が問題です」


 私は今のこの姿でピオニーという名の蕾から出てきたけど、一の姫は普通に赤ちゃんとして産まれたそうだ。

 ちなみにピオニーっていうのは、女神の交代時期がくると、神殿の地下にある特別な魔法陣から勝手に生えてくる不思議生物らしい。……ファンタジックすぎて、ちょっと想像がつかない。牡丹みたいで綺麗な花だと思ったけど、そんな珍妙な植物の中に三年もいたのか、私。

 

 ピオニーに蕾がつくのと同時に、先代女神は元の世界へ帰っていくんだって。

 

 産んで貰った記憶も、育てて貰った記憶もない。

 結局、自分の母がどんな人なのかは分からずじまいだった。

 母の胎から生まれた一の姫が、羨ましくなる。花から産まれるなんて、御伽噺で十分だ。

 

「一の姫は13歳なんですよね? だったら、私の方がお姉さんです」


 計算、間違ってますよ。胸を張ってみたけど、大司祭様はあっさり否定した。


「いいえ。女神様の場合、蕾から出られた日が誕生日となられますので」


 この国で過ごした年月が基準になっていると説明され、私は唸ってしまった。


「自分より年下の女の子が姉だなんて、なんだか変な感じがするんですけど」

「じきに慣れましょう。もう5年もすれば、一の姫は女神様のお年に並ばれます。その後は一の姫様の方が年上になられますので」


 ふわっ!?

 俄には信じられないようなことをサラっと言ってのけた大司祭様を、まじまじと見つめる。

 

「え、じゃあ、私は? まさか年を取らないとか言うんじゃ――」

「ああ、そちらから説明せねばなりませんでしたね」


 大司祭様は驚く私に向かって、恭しく頭を下げた。


「不老は女神様の秘蹟のひとつにございます。百花の王(ピオニー)から降臨された貴女様と、人としてお生まれになった一の姫様との大きな違いとも言えまする。一の姫様は高貴な血筋ではあらせられますが、いわばただびと。女神様とは器が違うのです」


 きっと大司祭様に悪気はないんだろう。賛美してるつもりなんだと思う。

 だけど私は、不老という言葉の重みに打ちのめされそうになった。

 

 ただでさえ見知らぬ世界に一人放り出された感覚なのに、これから出会う人達と仲良くなっても、私だけが若いままなのか。やった、ラッキー! とは喜べない。今の私にとっては、孤独への不安を増す材料でしかなかった。

 それが女神様だからと言われればそれまでだけど、心がついてこない。


 急に黙り込んだ私を見て、大司祭様は眉をさげた。

 しょんぼりと悲しげな顔になったご老体に、罪悪感が募る。


「……ごめんなさい。上手く言えないですけど、すごく淋しくなって」

「そうでしたか。申し訳ございません。女神様のお気持ちに寄り添えないばかりか、お心を損ねてしまうとは。大司祭失格ですな」


 今のやり取りのせいで、大司祭様が違う人に変わったら嫌だ。ぶんぶんと首を振り、否定する。この世界で、彼は普通に話しかけてくれる貴重な人なのに。

 大司祭様は安堵したように頬を緩め、優しい口ぶりで話しかけてきた。


「ご案じめされますな。女神様のお心をお慰めする為、よりすぐりの男たちを用意してございます。一の姫様と教師役の司祭を紹介したあと、彼らを第一神殿(ラファトフェ)に移らせる予定ですので」

「ふぁぁー!」


 今度こそ私は叫んでしまった。


 ご案じめされるわ!

 大司祭様との会話は心臓に悪い。

 しらっとした顔で次から次へと爆弾を投下してくるの、ほんと止めて欲しい。


「お、男たち、って!?」

「供物とお考え下さいませ。代々の女神様にも側仕えの者は複数おりました。ですから、一の姫様がお産まれになったのです」


 どこまでも邪気のない笑顔で言われてしまえば、「あ、はい」と答えるより他ない。

 堂々と女神様の逆ハーレム設立を宣言しましたよ、この人。

 

 ……悪気は、うん。ないんだろうな。


「無理やり襲われるとか、そういうのはないですよね?」


 念のため確認しておく。

 女神への捧げ物的な意味合いがあったとしても、こっちが要らなかったら返品できるよね? 

 できると言って!


「もちろんでございます。あくまで女神様のお心をお慰めするのが、彼らの努めでありますれば。合意なく女神様に不埒な真似をする者は、このヘンネベリが決して許しません」


 ホッと胸を撫で下ろすと、大司祭様は目元の皺を深くして微笑んだ。


 

 それから4日後。

 私は朝から支度に追われた。

 ドレープたっぷりのドレスを着せられ、宝石の散りばめられた腕輪をいくつも嵌められ、額飾りまで付けられる。

 鏡の中に現れたのは、高慢そうな女神。

 すらりと背の高い女が、豊満な胸を強調するドレス姿でこちらを見返している。ぽってりとした唇に、濡れたような長い睫毛。……っていうと色っぽい美人みたいだけど、派手で品のない顔だ。昔から私は自分の顔が好きじゃない。


 支度が終わると、女官に導かれ、奥の間へ進む。

 そこで私は姉である一の姫と、若い司祭に引き合わされた。


「女神様。こちら一の姫様と、隣は教師役を務めております司祭イソラでございます」


 一の姫は、降臨の儀式の時に見かけた例の少女だった。

 私の肌は黄色みがかってるけど、一の姫の肌は陶器のように真っ白ですべらか。全体的に清楚な美人系だ。十三歳でこれなんだから、大人になったらさぞ綺麗になるだろう。

 いいなぁ、私もこんな顔に生まれたかった。血を分けた姉妹なのに、歴然とした差が憎い。


 姉の家庭教師をしているという司祭は、文句のつけようがない美男子だった。

 青みがかった黒髪はサラサラだし、群青色の目元は涼やか。スッと通った鼻筋に理知的な薄い唇と、パーツも配置も完璧に整っている。

 自分がバタ臭い顔だからか、この手の薄味イケメンに弱いんだよね。


 イソラ様にすっかり見惚れてしまった私に気づき、大司祭様は咳払いした。

 はっ。綺麗どころ二人を鑑賞してる場合じゃなかった。


「お初にお目にかかります、女神様」


 一の姫は優雅な仕草でドレスの裾を摘んだ。十三歳とは思えないほど洗練された物腰だ。

 か、可愛い。

 おしゃまな感じがまた、たまらなく可愛いです!


 この世界でたった一人の家族にようやく会えたという喜びで、胸がいっぱいになる。

 壇上に設えられた椅子に座ったままでいることなんて出来ない。私は衝動的に立ち上がり、壇上から降りた。私の胸くらいまでしかない背丈の姉は、きょとんとした表情でこちらを見つめていた。


「ずっと会いたかった! 初めまして、一の姫様」


 一回り小さな手を取り、ぎゅっと握る。

 驚いたのか、一の姫は俯いてしまった。伏し目がちの瞳は、困惑に揺れている。


「そんな風に急に手を掴んでは、吃驚してしまいますよ」


 背後から大司祭様の声がかかる。

 名残惜しかったけど、そっと手を放し、私は一の姫の顔を覗き込んだ。


「ごめんね。痛かった?」


 一の姫は小さく首を振った。表情はまだ硬いままだけど、怒った素振りはない。


「あなたのこと、なんて呼べばいいかな。名前で呼んでもいい? アキラちゃん、とか」


 目の前の少女をいい年した私が姉さんと呼ぶのは可哀想な気がして、そう聞いてみた。

 一の姫が口を開く前に大司祭様がやってきて、私のすぐ隣に立つ。


「女神様は本当に慈悲深く、御心が豊かでいらっしゃる。さあ、一の姫様」

「身に余る光栄です」


 まるで決められた台詞みたいに淀みなく、アキラちゃんは答えた。一瞬、大司祭様から圧力を感じた気がしたけど、気のせいだよね。

 

「まだこの世界に来て日が浅いから、分からないことだらけなんだ。色々教えてくれると嬉しいな」


 一の姫は大人びた表情で「私に出来る範囲でしたら」と言ってくれた。

 おおう。なんというか、非常にクールな対応だ。塩ではないと思いたい。


「私のことはミヤビって呼んでね。たった二人の姉妹なんだもの、仲良くしようね」


 馬鹿みたいに一生懸命話しかける私に、アキラちゃんはずっと微笑んでいた。

 口数が少ないタイプ? それとも人見知りするのかな?

 少しずつでいいから、仲良くなりたいな。

 

 顔合わせはすぐに終わってしまった。

 一の姫はイソラ様に付き添われ、第二神殿(トフェ)へ帰っていった。私はその華奢な背中をいつまでも見送った。




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