突然の来客3
シュガーは応接室でカーソンに用意されたクッキーをかじり、紅茶をすすっていた。
「相変わらずカーソンのお菓子とお茶は美味しいわねえ。」
ただ、とシュガーは思う。使用人の数がこの屋敷には足りていない。普段はウィリアムとカーソンの二人しかいないから不便を感じないのだろうけどシュガーのように突然の来客が来た時には対応しきれていない。例えばお茶のおかわりが欲しい時も使用人が傍にいないので頼むことが出来ない。
シュガーは空になったティーカップの縁を指でなぞった。おそらくカーソンはウィリアムの着替えを手伝っているのだろう。ウィリアムの着替えに時間が掛かることはシュガーも承知している。
「いい加減、ウィリアムも新しい使用人を雇えばいいのにねえ……。」
シュガーはそう独り言をいいながらもウィリアムは新しく使用人を迎え入れることをしないだろうと思っていた。シュガーの目にはウィリアムはカーソンを独り占めしたい子供の様に見えた。
「待たせたな。」
ウィリアムがカーソンと共に応接室に入ってきた。
「おっそーい、ウィル。すごく待ったわよ。お茶ももう飲み干しちゃったわ。」
シュガーはティーカップを逆さまにしてお茶が空になったことを主張した。
「申し訳ありません。すぐにお茶のおかわりを用意いたします。」
カーソンはシュガーに謝罪したが、シュガーは何も気にしてないように無邪気に笑った。
「もうお茶は十分よ。気にしなくてもいいわ、カーソン。それよりもウィルとお仕事の話をしましょう。」
シュガーの言葉にウィリアムは顔をしかめた。
「確かな筋の話なんだろうな。この前の情報はデマだったじゃないか。」
ウィリアムはシュガーを睨みつけた。だが、そんなことは構わないという風にシュガーは話を続ける。
「今度の情報は、魔女の伝説のある田舎の村の話よ。」
「魔女?」
カーソンが首を傾げながら尋ねた。
「そう、魔女!箒で空を飛び、杖と言葉で魔法を操る、長寿で闇の世界を暗躍してきた魔女の話!どう?興味が湧いてこない?」
楽しそうにくるくると舞いながら言葉を並べるシュガーをウィリアムは呆れた様子で眺めた。
「それで、その魔女が僕の仕事と何の関係があるんだ?」
シュガーはウィリアムの口元に人差し指を近づけながらいい質問ね。と言った。
「その村では魔女を殺して沈めたという湖があるのよ。」
いわゆる魔女狩りとは違うのですか?とカーソンが口を挟んだ。
「それなら今になって魔女の呪いとか村人が騒ぎ出したりはしないわ。
その湖から毒が出ていて今は魚一匹いないそうよ。」
シュガーが真剣な眼差しで言った。それを聞いてウィリアムは眉間に皺を寄せる。
「その湖を僕に調べろというのか?」
「異端狩り。というあなたのお仕事に見合うものだと思うけどん。」
ウィリアムの爵位の別名である『異端狩り』。それは各地で起こる怪奇現象を暴き解決するためにある。それが自然現象であるか人為的なものであるか、本当の怪奇現象であるかは問題ではない。『異端狩り』はただただ現象を解決するためだけにいる。それがウィリアムが爵位と共に与えられた使命だ。
「それ以上に詳しい情報は無いのか?」
ウィリアムは眉間に皺を深くして聞いた。
「悪いけど、私も現地に行ってる訳ではないから詳しい情報は無いわね。でも信憑性はあるわよ?少なくとも村人達は湖から出る毒を魔女の呪いだと信じているわ。」
ごめんなさいねとシュガーは言いながら、人差し指でウィリアムの眉間の皺を伸ばした。
「ダメよ、ウィリアム。難しい顔してると皺が痕に残っちゃうでしょ?」
「…お前がろくな情報を持って来ないからだろ。」
ウィリアムとシュガーのやり取りを傍で聞いていたカーソンは思案するように腕を組んだ。
「それで、坊ちゃん。どうされますか?」
ウィリアムはふんと鼻を鳴らす。
「仕方がない。現地に赴くしかないだろう。カーソンすぐに荷物をまとめろ。準備が出来次第出発だ。」
森の中に小さな湖があった。森はうっそうとしていたが湖の周りには草ひとつ生えていなかった。湖の水面は銀色に光っていた。鏡のような水面からは生命の息吹を感じられない。ひどく無機質な印象なのに何故か甘い香りがした。
湖のすぐ近くに狼がいた。若くて黒い大きなオスの狼だ。狼は湖と一定の距離を保ちながら湖の周りを歩いていた
湖の甘い香りに誘われたのか小さな羽虫が水面に触れた。すると羽虫は触れた所から溶けるように湖の中に消えた。
狼はそれを見て、喉の奥を微かに震わせ、湖から立ち去った。