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SIRONO:2016〜変な部活を作ろうと、毎日生徒会にやってくる人がいます〜

「却下です。 却下」


 僕は突き放すようにそう言った。 手に持っている紙は部活動を創立するための書類だ。

 「雑魚寝部」などと戯けたことが書かれたそれを机の上に置く。


「……三度目の正直って、嘘なのか」

「馬鹿なことは三度やっても、四度やっても、何度やっても駄目って言われるに決まってますよね?」


 赤ペンを筆箱から取り出して、書類を前にいる男性に見えやすい方向に戻しながら線を引いていく。


「まず、人数が足りません。 最低五人って言いましたよね? 昨日も、一昨日も」

「ああ、言ってたな」

「これ、四人しかいませんね」

「そう見えるかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。 もしかしたら突然増えたりとか」

「適当言って誤魔化そうとしないでください」


 端整な顔立ちがへらりと笑って僕の顔を見た。 「僕」などと言っても、これでも年頃の女子である。

 男子生徒と二人きりの部屋というのは、間違いが起こることはないと分かりつつも少しだけ照れるものがあった。


 そんな妙な照れを誤魔化すように、次の問題点に線を引いた。


「主な活動場所の【グラウンド】ですけど……。 ボールが飛んでくる可能性があるので許可は出来ませんね」

「大丈夫。 目覚め悪い方だから」

「ゴロ寝の活動に支障が出るという心配ではないです。

目覚めぬ人になるかもしれないのでダメです」


 何もわざわざグラウンドで寝る意味が分からない。


「それで、この、担当してくれる先生ですけど……。

この熊野先生、野球部の顧問ですよね?」


 ちゃんと判子も押されていて、筆記を偽装しているようにも見えない。 それにしても、あの真面目な先生がどうしてこんなのに……。


「ああ、クマ先生も疲れてるから眠りたいんだよ」

「家で寝てください家で」

「クマだけに、冬眠だな」

「まだ秋です」

「クマ先生も大変なんだよ。 家事に子育て、仕事にドリンクバー。 色々ストレスもたまってるんだろ」

「むしろ、あなたがストレス溜めさせてそうな人の筆頭ですよね」


 というか、ドリンクバーってなんだ。

 息を吐き出して、男の子、赤木くんの顔を見る。 三年生の秋。 あと部活動なんて出来るのはそう多くないだろうので、了承してやりたいのは、確かにあった。

 もしも僕が無理に通そうとしても、所詮は生徒会の会長なので通るはずもない。


 せめて書類ぐらいはまともにしていたら、少しだけ強引にでも押し込む手伝いぐらいはしたのに。

 ため息を飲み込みながら、赤木くんに言う。


「それに活動内容の「お昼寝する」って時点でおかしいですからね? これで通ると思ってるんですか?」

「そう言われても、クマる」

「クマネタを続けるの止めてください」


 そろそろ、二人きりでいる恥ずかしさに耐えきれなくなってくる。 何を意識しているのか、と馬鹿らしいけれど早めに終わらせることにする。


「なんにせよ、以上の点を直してから、また来てください」

「えーっと、活動内容と名前と部屋とクマ先生……クマ先生は良くないか?」

「そんなに疲れてるなら休ませてあげてくださいよ」

「いや……「これで野球部の練習見ながらでもゴロ寝が出来る!」って喜んでたぞ」


 熊野先生……。まぁ、野球を知らない女の先生で野球部の顧問というのは大変なのかもしれない。 この高校は野球部が強豪らしいし。

 ……部費の割り振り、野球部が多く締めすぎているのでなんとかしたいと考えているが、生徒会長の出来ることなんて殆どないも同じで、部費を他の部に回してやることは出来ない。

 強い部活動に多く割り振られるのもある種当然のことかもしれないけれど、皆お金を払っているのに、それの再分配が偏ってるのはいかんせん……。


 思考がズレた。 自分の考えとしたら、真面目な部活動の必要もないのだけど、先生方は赤木くんの書くよく分からない部活動を認めることはないだろう。


「……部室とか部費が必要なら。 活動内容とか、部活動名を適当にでっち上げてってするのはどうですか?

部室の空きもサークル棟にも、三年生の棟にも、本棟にもありますし、部費も少ないながら出すことは出来ますよ。 当然、完全に好きに使えるわけではないですけど」


 要は、作ってしまえばこっちの物だということだ。 こっちとは僕は含まれていないけれど。

 部員候補は皆三年生なので今年限りになるだろうけど、男の子達四人、卒業まで遊びに使う程度のことは難しくないはずだ。


「んー、まぁ、そうだな。 考えとく」

「無理には言いませんけどね。 褒められたことではないですから。

でも、そうするなら早めにしてくださいね」


 小さく息を吐き出して、生徒会室の窓の外を見る。

 まだ日は高いので、この話が終わってから勉強する時間もありそうだった。

 僕も赤木くんと同じく受験生で、あまりダラダラとしていられる時間は長くない。 あと一週間ほど、それで僕の任期は終わりで後輩に任せることになる。


 一応少しだけ話したけれど、僕とは違って真面目そうな人だった。 こんな馬鹿な部活の設立など門前払いだろう。


「では、とりあえず話は終わりましたので」


 これ以上、長居させるのは良くないだろう。

 無駄話をして引き止めて、一緒に部活動を設立しようとしている友人だとかと遊ぶ時間も減らしてしまうのは忍びない。

 赤木くんは軽く時計を見てから頭を掻く。


「ああ。 あ、あと、書類くれ」


 赤木くんに言われてから、引き出しを開けて、一番上にある紙を一枚渡す。

 まさか、こんなそうそう使われない紙を何日も連続で渡すことになるとは。


「……あと、百枚ぐらいくれないか?」

「そんなにある訳ないです。 一発で設立する気で来てくださいよ」

「いや……分かった。 家でコピーしてくるか」


 仕方ないか、と、生徒会室の窓を締める。


「一応、規定の紙じゃないとダメなんで、コピーしてきますよ。 多分15分ぐらいかかると思うので少し待っててください」

「いや、俺も行くよ。 流石に生徒会長さんを使いっぱなしには出来ないから」

「……生徒会長なんて言っても、何にもしないので気にしなくていいですよ」


 そう言っても、不真面目そうに見えて以外と律儀なのか、赤木くんは僕の横に着いて、一緒に歩く。

 職員室は少し遠い、秋の肌寒さも感じないほどに着込んでいるが、顔を撫でる風は少し冷たい。

 その風を暖めるような声が唇に触れていく。


「でも俺は、白野が生徒会長になって良かったと思ってるよ」

「……別に「笑顔溢れる学校」にもなっていないのに?」

「いや、マニュフェストとかじゃなくてな……。 そもそも、白野に投票してないし」


 見上げて、僕の隣にいる男の子の顔を見る。

 僕に投票してくれていなかったのか。 小さく笑うと、頭一つとちょっと上にある顔も綻んだ。


「じゃあ、なんでですか?」

「こうして……。 いや、別に」


 職員室に着いて、先生の許可を得てからコピー機を使う。


 ガシュンガシュンと印刷されていく紙切れの一枚を手に取って、ほんの少しだけ赤木くんが羨ましく思えた。


 この紙に、まず初めに彼の名前が書かれるんだ。 確か名前は赤木 宗也、だった。

 次に、赤木くんの名前の下に、三つの名前が書かれていく。 どんなに詰まらないことが書かれていようとも、馬鹿なことしか書けなかったとしても、その紙の文章は僕には書くことが出来ないんだ。


 生徒会長になれば、友達が出来るなんて思ってたんだけど。 今考えてみたら生徒会長だからって友達になる人がいるわけもなかった。


「……というか、これを……赤木くんが書いても、熊野先生が名前書かないとダメですよね?」

「まぁ、先生ならやってくれるさ」

「熊野先生にこれ以上負担を掛けるのは止めてあげてください」

「大丈夫だって、クマ先生には左手もあるんだから」

「先生の右手を使い潰そうとしないでください」


 小さく「まったく」と言ってから、出てきた百枚の紙を男の子に押し付ける。


「そこは空欄でいいです。 いけるのがあったら、それだけ熊野先生に渡して……」


 そう言うと、背後からぐしぐしと髪を荒らされて、振り向く。


「んんっ、あ、熊野先生」

「私がどうかしたのか?」


 女の人にしては高い背にスラリとした身体を見て、細くはあるもののチンチクリンが過ぎる自分と比べてしまいそうになって、努めて顔を見ることで劣等感を回避する。


「ああ、それか」


 熊野先生は赤木くんが持っているそれを見て頷いた。

 そのまま、赤木くんの手からそれを引っこ抜くように取って、机の上に置く。


「名前書いてやるから、少し待ってろ」


 熊野先生、どれだけゴロ寝がしたいんだ……。 ゴロ寝マニアか。

 全部の紙に名前を書き込もうとしている先生を止めて、先の話を伝える。


「あ、そうか。 それは助かるな。 ありがとう」

「いえ。 ……変な部活作るの、いいんですか?」


 僕がそう尋ねると、熊野先生は笑って僕の髪をかき乱した。 不思議な笑みを僕に向けてから、赤木くんの肩に手を置いて「頑張れよ」と一言。


「変な部活動は、よくないんじゃないか?」


 じゃあなんで。 そう聞き返して行くのは失礼かと思い、一礼をしてから職員室の外に出た。


 すぐに赤木くんとも別れて、一人で生徒会室に戻る。 まだ空は高い。

 椅子に座ってから、勉強道具を取り出した。

 こうしてここで勉強するのもあと少しだけ。 もう受験が始まっていくのだ。



◆◆◆◆◆


「ちょっとサボらせてくれ」


 翌日のことだ。 熊野先生が一言そう言ってから、椅子に座り込んだ。

 大変そうだな、などと他人事のように思いながら、生徒会室においてある紙コップに、自前の暖かいお茶を注いで先生の前に置く。


「その、よければどうぞ」

「あ、悪いな」


 綺麗な顔をした先生はお茶に口を付けて、少し口に含んでから息を吐き出す。


「野球部、三年も終わってさ楽になると思ってたら……。 次は甲子園目指すんだってよ」

「それは……」


 頑張ってくださいというのが通例なのかもしれないが、野球のことが分かっていない先生に。 それも部員が甲子園を目指すために手伝う必要のある先生にそう言うのはなんか酷である。

 熊野先生からすると、練習も本番も無駄に疲れるだけだろう。


「……まぁ、頑張ってるんだから、協力はするけどな」


 いい先生だな。 などと思う。 だから生徒も甲子園を目指せるのだろうけれど、まぁ大変で割りに合わない仕事だろう。


「頑張ってる奴は好きだ。 なんであろうとも、応援したくなる」

「赤木くんも頑張ってますもんね」

「あいつも頑張ってるな」

「創部するなんて、思い切ってますよね。 内容は思い切りすぎてて意味不明ですけど」

「いや、創部は頑張ってないだろ」


 ん? と疑問に思いつつ、先生の顔を見る。


「白野は頑張ってることとかあるのか? ああ、生徒会か」

「……生徒会は、そんなに。 やれることなんてないですし」

「そんなもんか? まぁいいと思うけどな。

勉強でも、部活でも、恋でも青春でも、なんでも頑張った方がいい」


 その中の何も頑張っていない。 勉強もそこそこ暇つぶし扱い、部活動は参加してないし、恋や青春なんて……好きな人はいるけれど、それでも身体もチンチクリンで、顔も子供っぽい僕ではどうしようもないだろう。

 ほんの少しでも手伝えたらそれで十分だ。


「みんな、付き合ったりとか色々あるみたいですね」

「白野はそういう浮いた話はないのか?」

「ないですよ。 ……そんなもんです」


 そうか。 といって、熊野先生は顔を緩く微笑ました。 不思議な笑顔に一瞬だけ見惚れて、僕は先生に尋ねる。


「野球部は、いかなくていいんですか?」

「顧問とは言っても、素人に出来ることは少なくてな」


 そんな物だろうか。 よく分からない。

 朧げに野球のルールを思い出すけれど、僕も素人である。 素人に出来ることが少ないということも分からなかった。


「……先生はなんで、赤木くんの部活動作りに協力的なんですか?」


 僕は尋ねるのと同時に生徒会室の扉が開いた。 既に見慣れた顔が見えて、先生はお茶を飲み干してから立ち上がった。


「設立には、協力する気はないさ」


 どういうことだろうか。

 部活を作るのには先生の署名が必要で、熊野先生はそれに署名をした。

 なのに、協力する気はない。


 ……疲れているのかな、熊野先生。


「こんにちは、部の設立のことですか?」

「おう、今日は結構書いてきた」

「……本当に、どんな部活でもいいんですね」


 へらへら。 そんな笑顔に少し照れながら、目を逸らして先生の方を見た。


「っと、ここはお邪魔にならないように退散しようかな」

「別に邪魔では」


 先生を引き止めようとするが、先生は聞いてくれることなく手を振って「頑張れ」と応援してくる。

 いや、その……赤木くんのことは別に嫌いでもなく、好意的に見ている人だけど。 もう受験の勉強もあれば、卒業もそれほど遠くない。

 ……振られることになっても、交際出来たとしても、どちらにしろ迷惑を掛けるだけなら、考えないようにした方がいいだろう。


「赤木くん、これなら少し変えたらいけますよ。【漫画部】って、確か4年前に人数が足りなくて廃部になりましたが、一応、あったので」

「……えっ、そんな遊ぶことしか考えてないのでもいけるの?」

「はい。 だいたい前例があったらいけますね。

部費で漫画を買った場合、部室から持ち出せないですけど……。 というから今年度は部費出せないので関係ないですね。

本棚と部室なら、すぐに用意出来ますよ」


 一枚だけ紙を抜き出して、机の上に置く。


「今からでも見に行きますか?」

「……いや、どうだろうな。 まぁ……そうするか」


 どこか歯切れの悪い赤木くんの横を通って、生徒会室の扉を開けた。


「以前使っていた場所でいいですか?

掃除ぐらいはする必要がありますが、僕も手伝いますから」

「ん、悪いな」


 こっちを見ているのにどこか上の空に赤木くんは言った。

 僕との話はつまらないだろうか。 まぁ、小気味のいいご機嫌な会話なんて出来そうにもない。


 生徒会室の近くにある一室に入り込む。

 長い間使われていないためにか、少し埃っぽい。 窓を開けて、換気をする。

 秋の冷たい風が吹き、僕のスカートを少しだけ揺らす。


「結構広いな」

「そうですね。 埃払えばいいだけなので、ちょっと掃除したら、すぐに使えますよ」


 窓の端にある埃を指の腹で撫でて、見てみる。


「……なぁ、一年生の時のさ、大掃除のこと覚えてるか?」

「何かありましたっけ?」

「白野が、俺が掃除してたところを手伝ってくれたんだよ。 自分のところは終わったからって」


 そんなことあっただろうか。 少しだけ考えてみるが思い出せなかった。

 赤木くんは僕の横を通って、窓を閉めた。埃だけ待って、赤い太陽の光をキラキラと反射する。

 埃は汚いけれど、この光景は少し綺麗だ。


「白野にとってはさ、そういうのもよくあることなんだよな。 そんなこと、分かりきってるのにーー」


 赤木くんは僕から目を逸らして、廊下の方に向かう。


「掃除、しないんですか?」

「創部が出来たら、適当にやっとくよ」


 どうしたのだろうか。


「もう夕方だな。 今から帰ると、暗くなるから、家まで送るよ」

「いいですよ。 気を使っていただかなくても、一人でも帰れます。 いつも通りですから」


 窓の外に見える、手を繋いで帰っている人を見つけて、少し顔を赤らめる。 夕焼けの色に染まっているだろうから、多少赤くなっても問題はないだろう。


「そうか……じゃあ、またな」

「あ、僕の生徒会の任期、明日までなんで……。 あの紙に、熊野先生のサインも書いていてくださいね」

「……ああ」

「さようなら、赤木くんも気を付けてくださいね」


 扉を締めて、鍵をかける。

 赤木くんの背を見つめながらため息を吐き出してから、生徒会室に戻る。

 少しだけ置いている私物を鞄の中に詰めてから、生徒会室の鍵をかけた。 引き戸の持つ部分を軽く撫でる。


 もう僕の高校生時代は終わるのかな。

 まだ残っているとは言えども、あとは勉強するぐらいだ。

 鍵をポッケに入れてから、生徒会室を後にして、外に出た。


 風も吹いていて、肌寒い。 夕焼けも終わりそうな空は少しだけもの寂しくて、隣に人がいてくれたら紛らうのだろうかと、他愛もないことを思う。


 へらへらと笑う顔を思い出した。 馬鹿らしい。


◆◆◆◆◆


 生徒会の服務を終える最後の日だ。 放課後には副会長、書記、庶務に会計の四人も来ることになっている。

 最後に生徒会担当の先生にお礼を言ってから、後任の生徒会長達に任せるという手筈になっていて、ちゃんと掃除出来るのは、この昼休みぐらいだ。


 綺麗にしているつもりだが、端とかはあまりちゃんとしていないのは間違いない。

 掃除はすぐに終わった。 まだまだ時間にはあまりがあって、教室に戻る前に漫画部の部室予定の部屋も掃除しておこうと立つ。


 そこに向かうと、赤木くんが先にいた。 掃除をするようにも見えなくて、かと言って何かをしているようでもない。 一人で寂しそうに外を眺めているだけだ。


 声をかけるのは憚られる。 けれど、音を立ててしまったので、赤木くんは振り向いて僕の顔を見た。


「白野。 なんでここに。 ……ああ、掃除か」

「んぅ、生徒会として、出来ることなんて最後ですから」

「白野は本当にいい奴だな」


 そう言ってから、赤木くんは首を横に振った。


「クマ先生に言ったけど、漫画部はダメだってよ」

「え、なんでですか?」

「さあ、遊びだからじゃないか?」

「雑魚寝は良くて……」


 これで、掃除をする意味はなくなった。


「いや、なんにせよ部室は必要なので、掃除はしますね」

「もういいよ。 俺も受験だしな」


 気を使っているか。 僕には良く分からなくなってくる。

 熊野先生も赤木くんも何がしたいのだろうか。


「最後にさ、放課後に残った書類全部書いて持っていくから、それも見てくれよ。 それで終わりにするから」

「……意味がなくないですか?」

「俺には意味があるんだよ」


 そう言ってから、赤木くんは部屋から去っていく。 僕は軽く掃除をしてから、生徒会室に戻って、書類を少しだけ書いた。


◆◆◆◆◆


 本当に、全部書いてきた。


「呆れるを通り越して、逆に感心しますよ」

「照れる」

「褒めてないです」


 そのどれもこれも、一発ネタにしても微妙としか言えないような物ばかりだ。 まさに数をこなすことが目的になっているようでまともな部活動が一つもない、本末転倒ではないか。


 そう思いながら、赤木くんの顔をじと目で見つめて見るが一切効果はない。

 性格も悪くなく、そんな変なことをする人でもないと思っていたけれど、馬鹿らしいと思う。


「……だから、部活動が立てたいんなら、ある程度はどうにかできますって。 まだ今日いっぱいは、作ってみせます」


 他の三人も律儀に名前を書き込んでいて、これでは見ないわけにも行かなかった。


「却下、却下です」

「そんなに真面目に見なくていいよ、 適当にゆっくり見てくれてたら」

「書いてきた本人が言うことではないですよね。

……書いてることはどうしようもないですけど、熱意は認めるので、これぐらいは」


 赤木くんは少し頬を掻きながら、僕のことをジッと見ている。 そんなに部活動が作りたいのか。

 羨ましく思った。 少し妬ましくもあって、意地悪しようか、などと思うけれど。 本当にする気にはなれない。


「いや、本当に適当で……」


 そう言ってから、赤木くんは僕をジッと見る。

 少し恥ずかしい。


「……人数は確かに足りてないですけど、兼部もありなので、今からでも人に頼めばいいと言う人もいると思いますよ」

「そうかもな」


 上の空に赤木くんは言う。


「調子わるいんですか? なら、残りは僕がやっておくので……」

「いや、そういうわけじゃなくてな。 もう終わるな、と思って」

「何がですか?」

「こうしていられるのも」

「まぁ、受験が始まりますからね」


 赤木くんは首を横に振る。


「そうだな」


 そんなチグハグな姿を笑ってから、暖かいお茶の入っている水筒を取り出す。

 まず自分の分だけ入れたあと、薄い湯気越しに尋ねる。


「赤木くんも飲みますか?」

「ああ、ありがとう」


 生徒会室においている紙コップに注いで、机の上を滑らせるように渡す。

 自分の分に口を付けて、暖かくなった口内から息を吐き出した。


「……時間がかかるので、もういなくても結構ですよ。

お友達が待ってたりも」

「しないな。 ……邪魔か?」

「いえ、そんなことは……」


 読むのを再開して、書かれた内容に心の中で突っ込みを入れていく。 サンマ愛好会ってなんだろう。 食べるの?食べるのかな。

 モソハソ裸縛りプレイ部って、なんかちょっとエッチだ。


「白野はさ……誰にでも優しいよな」

「いえ、優しくはないですよ」

「一週間前さ、俺を慰めてくれただろ? あれが本当に嬉しくて……」


 赤木くんはそう言ったあと、飄々としたいつもの笑みを浮かべ直して、紙コップを手に取った。


「いや。 誰にでもってのは分かってるんだけどな」


 何が言いたいのかは僕にでも分かった。 赤木くんは一気に熱いお茶を飲み干して、少し噎せながら空の紙コップを机の上に置く。

 そのあと、百枚の紙を僕の手から引っこ抜いて、鞄の中に仕舞い込む。


「悪い。 こんなことさせてな」


 そう言ってから、赤木くんは生徒会室の扉を開けた。

 僕は勉強道具を取り出して、勉強を再開しなおす。

 今日が最後のチャンスだったけれど、赤木くんが作るつもりがないのは分かったので、もうどうでもいいか。


 どうにも身に入らないことに気がついて、いつもの癖で窓を見ようとする。

 ここから見る景色も見納めだ。

 窓は閉まっていて、外の秋らしい景色の上に薄らと真っ赤な顔をした少女が一人。


「あ、あぅ、あぅ……」


 自分の真っ赤な顔にため息でも吐きつけようとしたけれど、震えた喉から出てきたのはため息ではなくて間抜けた変な声だけだ。


 熱いお茶を飲んでいたせいか、身体が酷く熱い。 辛いほど顔が真っ赤に染まっているのが分かった。


 引き出しから、一番上にあった紙を取り出した。

 赤木くんの名前と、他三人。 それに加えて僕の名前の書かれた部活動の設立申込書である。

 もう少し前に出してたら、良かったのかもしれない。


 もう明日は来ないだろう。 そう思って席を立った。

 帰ってから、もう30分は経っている。 校内にいるはずもなく、申込書を手の中に入れて握り潰す。

 ぐしゃぐしゃ、汚い音が生徒会室の中に響いた。


「ばーか」


 窓の外に移る自分に一言悪口を吐き出した。

 今更、だった。 同じ部活を今からでも出来たら、仲良くなれるのではないか。

 あるいは二人が進学してからでも……。 なんて、馬鹿らしい。 馬鹿としか言いようがない。


 結局、赤木くんの創部を手伝っていたのも、優しさからなんかではなくて、僕が一緒にいたいと望んだからだ。


「なら、好きだって言えば良かったのに」


 この一週間、赤木くんの放課後はずっとこの部屋で、幾らでもチャンスがあった。

 結局、逃げただけだ。


 声を殺して、生徒会室の角に隠れて涙を流す。

 それをどれだけしていたのか。 ドアが開く音、気だるそうな足音と、女性らしい綺麗な高い声。


「ちょっとサボらせてくれ」


 昨日と同じ言葉。 この一年で何度も聞いた言葉に、僕は顔を向ける。


「白野……っ、どうした!?

赤木に何か変なことされたのか!?」


 なんでここで赤木くんが出てくるのか。 意味が分からず、僕は首を横に振る。


「なんでも、ないです」

「泣いてるのに、なんでもないってことはないだろ」


 本当に何もなかった。 結局、一人で勝手に心の奥底で期待して、何もなく終わって悲しかっただけだ。


「本当に……なんで泣いてるのか、僕には分からないです。 泣くぐらいなら、言えば良かったのに」

「言うって……」

「好きだって、言ったら。 それで振られてから泣けば良かったのに。

ずっと前から、好きになってしまったって……言えば良かったのに」


 熊野先生は呆気にとられたように僕の顔を見る。


「……すみません。 疲れてるところに、こんな……つまらない話をして」

「いや、つまらないってことはない。 笑える話とまでは言わないけど」


 馬鹿な話だ。 片想いしていた根暗女子が、関係性がなくなって悲しんでるだけだった。

 ただちょっと、一年生の時に話をしただけで好きになって、変な期待をして……。


「別に、もう終わりでもないだろ。 卒業まで、まだまだ時間はある」

「……ないですよ。 だって、クラスも違いますし、話す機会なんてないですから」

「そうでもないだろ」


 熊野先生は僕の手に握られていた紙を取って開いた。

 胸ポケットに入れていたペンを取り出して、紙の上で走らせる。


「あとは申請するだけだ。 これで関係性は出来た」


 酷く、逃げ場を失ったかのような感覚を覚える。 追い詰められたようなそんな感覚だ。

 もう、好きという気持ちは人に知られてしまって、振られることが分かっていようと告白しなければならなくなってしまった。


 熊野先生は、すぐにその紙を破り捨てる。


「結局、好きって言うかなんて、関係性がどうとかじゃないんだよ。

言うか、言わないかだ。 毎日妙ちくりんな理由を付けて惚れた女の元に通い詰めても、言えずに終わる奴もいるんだよ」

「……分かってます」


 自分が振られるのが怖いだけの臆病者なのは分かっている。 だから、僕はどうしようもない。


「だから、これで終わりじゃないだろ? これから仲良くなるなり、なんでも出来る」

「……分かってます」


 足は動かない。 僕はどうしようもなく、赤木くんに「好きじゃない」と言われるのが怖かった。

 熊野先生は言いたいことが終わったからか、僕の頭を撫でて、生徒会室から出て行った。


 僕は、本当にダメなやつだ。


「でも、それでも……好きなんです」


 生徒会室に小さく響く。せめて、赤木くんが望んでいる部活ぐらい作れたら良かったのに。 何日だけの活動になるかも分からないけど。


 鞄を持って、生徒会室の外に出る。 鍵を締めて、職員室に返しに行く。


「あ、白野……」


 今、一番見たくなかった人の顔が、僕の目に移る。 驚いたようなそんな顔が少し近づいて、そのまま僕に尋ねた。


「大丈夫か、目が腫れてる」

「……生徒会室の掃除をしてたら埃っぽくて」


 嘘を吐いて、誤魔化そうとする。


「赤木くんはなんでまだ学校に?」

「いや、もう夕方だから……送ろうかと、思って」


 いいですよ。 と断ろうとして、僕は小さく頭を頷かせた。

 職員室に鍵を返して、もう生徒会のお役が終わった。

 二人で歩く道は、やけに影が長い。


「生徒会長じゃなくなったんです、僕」

「ああ、そうだな。 今までお疲れ様」

「ありがとうございます。 ……すみません。 部活、作れなくて」

「いや、目的は果たせたから、それでいいんだ」


 目的、と疑問に思う。

 赤木くんの柔らかな声が風を揺らすように、あまり大きくもないはずの声がやけに滑らかに僕の耳に入り込む。


 赤い夕暮れ、赤い紅葉、赤みを帯びている赤木くんの顔。 僕の目の前が赤だけで埋め尽くされたような錯覚を覚えた。


「ただ、好きな子と一緒に帰りたくて、歩きながら話したくて、その口実」


 何を言えばいいのか、なんて返すべきなのか、分からなかった。 ただ、純粋に赤木くんの顔が僕の視界を埋め尽くしている。

 口をパクパクと金魚のようにさせながら出た言葉は謝罪だった。


「……すみません」


 これでは振ってしまったようだ。 そう思って謝罪を誤魔化そうと口から出た言葉は、不思議なものだ。


「立ち止まって、しまって。

歩きながら、話すんです……よね」


 いつの間にか止まっていた足を、再び動かす。 上手く歩けている自身がなかった。 ふわふわと、雲の上を歩いているかのようだ。

 そんな感覚の中、口を開けるはずもなく、道の景色が後ろに流れていくだけになる。


「好きだ」


 そんなはずはない。 なんて、疑ってしまうのも当然のことだろう。

 好きな人から告白されるなんて、あまりに都合のいい。 言葉の通り、夢のようだ。

 言葉が出ない。 喉を引き絞ってみても、全然出ない。

 歩いている手が赤木くんの手に触れて、息が詰まる。


「はい。 ……僕も」


 喜ぶこと、などと出来るはずがない。

 緊張と困惑が心中を埋め尽くしていた。 けれど、確かに、僕は伝える必要があった。


「貴方が、好きです。 ずっと前から」


 赤木くんの顔が見れない。 どんな顔をしているのだろうか。


「部活とは違うけど、生徒会とも違うけど。

理由も口実も何もないけど……明日も会ってほしい」


 頷く他には、何もなかった。 沸騰しそうな頭の中で、自分の家の前に立ち止まる。


「僕の家、こっちで」

「家の前まで送るよ」

「いえ、ここが家の前で……」


 努めて顔を見ないようにしながら、玄関に手を掛ける。


「あの場所、掃除しましたから、また明日」

「ああ、また明日」


 生徒会長という仕事は終わってしまった。 毎日部活を作ろうとやってくる変な男の子もいなくなった。


 けれど、それでも、また明日。



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[一言] 面白かった。自分もこんな青春送りたかった。 今後も活動頑張ってください。
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