女神様からの贈り物
冬童話2016投稿作品です
あるところに、美しい2人の姉妹がいました。
姉の名前はディルフィー、妹の名前はアルビナ。
二人はとても仲の良い姉妹でしたが、家はとても貧しく、借金の代わりに姉妹のどちらかが村を治める、年の離れた領主と結婚しなければならなくなりました。
二人は領主と結婚するのが嫌でたまりません。
それと言うのも、領主はとてもお金持ちでしたが、ケチで横暴な振る舞いをする為、村人たちに嫌われていたからです。
父親が作った借金も、領主に無理やり買わされた品物の代金であったり、重く掛けられた税金の所為でした。
「姉さん、困ったことになったわね。私たちのどちらかが領主の花嫁にならないと、村を出て行かなければならないそうよ」
妹のアルビナが言いました。
「そんな。これから冬が来るのに、この村を出て行くのはお父さんやお母さんには無理よ」
二人の両親は身体が弱く、冬になると体調崩すことが多かったのです。
ディルフィーが言うと、アルビナは泣きながら言いました。
「だからと言って、私は領主と結婚なんてできないわ!私には好きな人がいるの。嫌よ。絶対に嫌!」
ベッドに突っ伏して泣き出したアルビナを見たディルフィーは、優しくアルビナの肩をさすりました。
「大丈夫よ。私が領主様と結婚するわ。だから、アルビナは安心してその人と一緒になりなさい」
「ディルフィー、ありがとう」
心の優しいディルフィーが、領主と結婚することになりました。
年の離れた領主は、美人のディルフィーと結婚が決まったことを大変喜び、両親の借金も無かったことにしてくれたのです。
それから三日後、村の教会で結婚式が行われることになりました。
領主は盛大に結婚式の用意をして、村人全員を結婚式に招待しました。
親子ほどの年が離れた領主と美しいディルフィーの結婚。
この不幸なディルフィーを、一目見ようと村中の人々が結婚式に集まります。
「お父さん、お母さん、今までお世話になりました。アルビナ、幸せになってね」
「ディルフィー、お前一人に辛いことを押し付けてしまってごめんな。あんな領主様でもお金持ちだ。自分の妻に、不自由な思いはさせないだろう。ディルフィーも幸せになりなさい」
「はい。お父さん」
かわいそうなディルフィーは、式が終わると馬車で領主の屋敷へ向かいました。
「馬鹿なディルフィーが結婚してくれて本当に良かったわ」
妹のアルビナが、遠ざかって行く領主とディルフィーを見て言いました。
アルビナは領主との結婚が嫌で、好きな人がいると嘘をついていたのです。
「ケチな領主が自分以外のことにお金を使うことなんて絶対にないもの。辛い思いをするのがわかっているのに、結婚だなんて私は絶対に嫌よ」
アルビナの言葉通り、領主の妻となったディルフィーは毎日朝から晩まで働き詰めになりました。
広い屋敷の掃除から食事の支度に洗濯まで、全ての家事をたった一人で行わなければなりません。
少しでも部屋が汚いとディルフィーは領主に怒られ、暴力を振るわれます。
どんなに具合が悪くても、休むことは許されませんでした。
ある日、ディルフィーは庭にある池の前で倒れてしまいました。
さすがの領主もこの時ばかりは心配して、村のお医者様を呼びました。
かわいそうなディルフィーは、授かった子供を流産していたのです。
妊娠していたことにも気付かずに子供を失ってしまったディルフィーは、池の前で一人、ひっそりと涙を流すようになりました。
池に映った満月を見つめながら、今夜もディルフィーは泣いております。
「気付いてあげれなくてごめんね。領主様も、ご自分と血の繋がった我が子がいたら、もしかしたら変われたかもしれないのに」
池の水は、毎日ディルフィーが掃除をしていたので、とても綺麗に澄んでいます。
ディルフィーが毎日泣いている様子を見ていた魚たちは、池の底に集まって相談をしました。
「かわいそうなディルフィー。あんな暴虐非道の領主とこのまま一緒に居たら、あの子は死んでしまうよ」
「何とか、ディルフィーを助ける方法はないものか」
「池の底にまで月光が差し込むようになったのも、ディルフィーが掃除をしてくれたから。あの子に何か恩返しがしたい」
「ああ。月の女神様。かわいそうなディルフィーに慈悲をお与えください」
池の魚たちが月の女神様にお祈りしました。
するとどうでしょう。
満月から、キラキラと優しい光がディルフィーを照らし、ディルフィーの姿は魚に変わりました。
ちゃぽん。
綺麗な魚になったディルフィーの前に、月の女神様が現れました。
月の女神様から、池の魚たちの願いを聞いてディルフィーの姿を魚に変えたことを教えられ、ディルフィーは魚たちにお礼を言いました。
池の魚たちに歓迎され、ディルフィーは心穏やかに過ごすようになりました。
ディルフィーが魚になってから暫くしたある日。
池の前に、やつれた様子のアルビナがやってきました。
ディルフィーは領主の屋敷にアルビナがいることを不思議に思い、池の水面近くまで妹の様子を見に行きます。
「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの! それと言うのも、ディルフィーの所為よ。領主と結婚したのに、逃げ出すなんて!」
「アルビナ! アルビナはどこだ? まだ、掃除が終わっていない! サボっていないで働け!」
領主の叫ぶ声が聞こえました。
「怒鳴らないでください。これからやろうとしていたところなんですから」
アルビナは、急いで屋敷へと戻って行きました。
ディルフィーは大変驚き、そして悲しみました。
自分が魚になった所為で、妹が領主と結婚させられていたのです。
心優しいディルフィーは、アルビナが不憫でなりません。
次第に落ち込んで、妹のアルビナを想っては嘆き悲しむようになりました。
悲しむディルフィーの様子に、池の魚たちは心配しました。
「ディルフィー、泣かないで。貴女が悪いわけではないわ。それに、貴女も随分と苦しんだのよ。そろそろ自分の幸せも考えてみたら?」
池の魚が慰めますが、ディルフィーの心には届きません。
「アルビナが苦しんでいるのに、どうして私の幸せを願えるのでしょう? そんなことできないわ」
アルビナを想ってはディルフィーは泣き出してしまいました。
悲しむディルフィーを不憫に思い、池の魚たちは月の女神様に祈ります。
祈りは通じ、月の女神様はディルフィーの前に現れました。
「ディルフィー。貴女はなぜ、そんなに悲しんでいるの?」
月の女神は優しく尋ねます。
「女神様。妹のアルビナが、私の代わりに領主と結婚させられてしまいました。あの子には好きな人がいたはずなのに。お願いです。アルビナも魚に変えてあげてください。あのままでは、あの子は死んでしまいます」
「ディルフィーの願いを叶えてあげましょう」
そうして、アルビナも魚の姿になり、姉妹は池の中で再会しました。
「姉さんなの? ここはどこ?」
「アルビナ、驚かないで。ここは、領主様の庭にある池の中よ。月の女神様のお力で、私たちは魚に変えていただいたの」
最初は驚いていたアルビナでしたが、ディルフィーがいなくなってからの事を話し始めました。
ディルフィーがいなくなったことを知った領主は、花嫁が逃げたと村で大騒ぎを起こし、アルビナに責任を取って、嫁に来るよう言い出したのです。
アルビナは断りましたが、領主に無理やり連れてこられてしまったのです。
「そうだったのね。私の所為で辛い思いをさせてしまってごめんなさい」
「許してあげるわ。だって、私を助けてくれたんだもの」
ディルフィーに笑顔が戻り、池の魚たちも安心し、アルビナを迎えて池の魚たちは楽しく過ごしました。
ところが、またディルフィーが悲しむようになったのです。
次第に元気が無くなり、ご飯も食べません。
心配した池の魚たちは、妹のアルビナにディルフィーのことを尋ねました。
「最近、ディルフィーがご飯を食べていないけれど、何か知ってるかい?」
「知らないわ。ご飯を食べないのは、食べたくないからじゃないの?」
「ご飯を食べないなんて、よっぽどのことだよ。アルビナ、ディルフィーに何があったのか聞いてきてくれる?」
「なんで、私が?」
姉を心配しないアルビナに池の魚たちは怒ります。
「ディルフィーは、貴女のお姉さんでしょ! 心配じゃないの?」
「わかったわよ。聞いてきてあげるわ」
しぶしぶと言った様子で、アルビナはディルフィーを呼びます。
「ディルフィー、最近ご飯を食べていないようだけれど、どうかしたの?」
「ああ、アルビナ。困ったことになったわ。私たちがいなくなった所為で、領主が怒っているみたいなの。村の人達に更に重い税金を納めさせているみたい。お父さんとお母さんが心配だわ。二人は大丈夫かしら?」
「大丈夫よ。きっと」
アルビナはきっぱりと言いました。
「あの二人は大丈夫だから、心配いらないわ」
「そう? そうよね」
アルビナの言葉に、ディルフィーは少し元気になりました。
ご飯を食べるようなり、池の魚たちも喜びました。
ところが、悲劇は起こりました。
領主の館にディルフィーとアルビナの両親が連れて来られたのです。
池の中から、両親の姿を見たディルフィーは驚きました。
もう、池の魚たちが何を言ってもディルフィーの心には届きません。
ディルフィーは、月の女神に祈りました。
両親を助けるために、人間に戻してくださいと。
月の女神は答えます。
「再び人間に戻ってしまうと、もう魚の姿には戻れません。それでもよろしいですか?」
「はい。お願いします。女神様」
池の魚たちの制止も聞かず、ディルフィーは再び人間の姿に戻りました。
女神はせめてもの慈悲にと、庭の池ではなく湖のほとりにディルフィーを連れて行きました。
この国の王子様が、湖のほとりを通ると知っていたからです。
ディルフィーが目を覚ますと、目の前に素敵な青年がいます。
「気が付きましたか? 僕はベリル王子。君はなぜ、湖のほとりに倒れていたのですか?」
ディルフィーは今までの事を包み隠さず、全てを話しました。
話を聞いた王子は次第に怒りだしました。
「なんて酷い話なんだ。実は、他の町や村からの陳情が届いたので、僕は領主を調査しに来たのです」
「そうでしたの」
「ディルフィーのお陰で領主を罰する大きな理由ができました。国の法律では、重婚は認めていません。領主はディルフィーが死んだものと報告して、アルビナと結婚していたのです。ディルフィー、僕と一緒に行って領主から村人たちを救ってあげましょう」
「はい。ベリル王子様」
二人は白馬に乗って、家来と共に領主の屋敷へ行きました。
領主の屋敷には村人たちが沢山集められています。
村人たちは皆、暗い表情をしていました。
もう春になったと言うのに、畑の準備もできずこのままでは、領主の掛ける税金を払えそうにありません。
領主は、王子と一緒にいるディルフィーに気が付きました。
「おい、ディルフィー! お前は今までどこに行っていたんだ? お前が逃げた所為で村人全員が苦しんでいるんだぞ。早く戻って掃除を始めないか!」
震えあがるディルフィーの前に、王子が立ちふさがります。
「何だお前は?」
「僕はベリル王子。領主が治める町や村から陳情があったので調査をしに来ました。領主、貴方はディルフィーと結婚しているのに、妹のアルビナとも結婚していますね。領主が国の法律を破ること等、あってはなりません。貴方の持つ全ての地位を剥奪します。過度な税金の徴収や他の町での余罪もあるので裁判に掛けましょう。領主を拘束しろ!」
王子の言葉に、家来たちは領主を捕まえました。
それまで領主に苦しめられていた村人たちは喜んで、王子たちをもてなす為にパーティを開くことになりました。
パーティが始まり、他の女たちは王子に話しかけに来ましたが、ディルフィーだけはやって来ません。
宴もたけなわになり、ようやくディルフィーが姿を現しました。
王子の熱い視線に気付かず、ディルフィーは空いた食器を持ってすぐに屋敷へと戻って行きます。
あまつさえ、体の弱い両親と一緒に帰ると言うではありませんか。
王子の心は悲しみに染まり、パーティの途中で退席してしまいました。
二人の様子を見ていた池の魚たちは相談します。
そして、月の女神様に自分たちも、もう一度、人間に戻してくれるようお願いし、女神はその願いを叶えました。
「このまま帰ってはいけないよ、ディルフィー」
見知らぬ人達に声を掛けられ驚いたディルフィーでしたが、すぐに池の魚たちだと気が付きました。
「皆さんのお陰です。ありがとうございました」
「そうだね。村は救われて、皆が喜んでいる。けれど、救ってくれたベリル王子の心は悲しみに染まっているよ。ディルフィー、貴女はベリル王子にお礼をきちんと伝えたのかい?」
ディルフィーは首を振ります。
お礼を言う暇もなく、パーティの準備や汚くなった屋敷の掃除と、ディルフィーは働いていたからです。
「今から、ベリル王子にお礼を言いに行きなさい。そして、心からお慰めするように。ご両親は我々が送り届けてあげよう」
「ありがとうございます。お魚さんたち」
「お礼を言うのは我々だ。ディルフィーが池の掃除をしてくれなければ、濁った水に身体が弱り死んでしまうところだったんだ。再び、人間の姿に戻ることも無かっただろう」
その言葉を聞いて、お父さんとお母さんは驚きました。
池の魚たちは、今の領主が来たときに行方不明になった、村の人たちだったのです。
お父さんとお母さんは知っている人を見付けては、抱き合って再会を喜び合いました。
ディルフィーも感動して、涙を流しました。
「さぁ。両親の心配はいらない。行きなさい、ディルフィー」
静かに頷くと、ディルフィーは池の中でよく一緒に過ごした娘に連れられて屋敷に行きました。
その頃、池の底で眠っていたアルビナは池の中に誰も魚たちがいないことに気が付きました。
村人たちが楽しくパーティーをしている声が聞こえてきます。
アルビナも、池の魚たちがしていたように月の女神様に祈りました。
私も人間の姿に戻してくださいと。
しかし、いくら祈っても月の女神は現れません。
アルビナは怒って、月の女神を罵り始めました。
あまりの言葉に、月の女神が声を掛けます。
「アルビナ、そのような汚い言葉を使うのはお止めなさい」
「月の女神様、お願いします。私をもう一度、人間に戻してください。池の魚たちが一匹もいない。私だけ置いて行くなんて、あんまりだわ」
「アルビナ、貴女はいつも自分の事ばかり。他者を思いやる心が無ければ、私の力は正しく掛かりません。魔法を掛けると、二度と魚に戻ることもできなくなります。それでも、人間に戻りたいと願いますか?」
女神は、忠告の様な質問をアルビナに問いかけます。
もし、ここで誰かを思いやる気持ちがあれば人間に戻してあげよう。
最後に慈悲をお与えになったのです。
けれど、アルビナの答えは誰かを思いやる言葉は一つもありません。
「そんなこと、どうだっていいわよ。早く行かないとパーティが終わってしまうわ」
「哀れな」
女神はそう呟きアルビナに魔法を掛けると、姿を消してしまいました。
トントン。
「開いていますよ」
ノックの音に王子は答えます。
しかし、返事をしたのにドアは一向に開きません。
不思議に思った王子様はドアを開けると、緊張した面持ちでディルフィーが立っているではありませんか。
「ディルフィー? 家に帰ったのだとばかり思っていました。どうぞ、中へお入りください」
笑顔を見せながら、王子はディルフィーを中へ迎え入れました。
「はい。お休みのところ、申し訳ありません」
「構いませんよ。ところでどうかしたのですか?」
「はい、遅くなってしまいましたがお礼を申し上げに参りました。ベリル王子様、村を救っていただき、ありがとうございます。私どもは、今の領主に変わってからずっと辛い思いをしてまいりました。本当に、ありがとうございます」
深く礼をすると、王子は優しく言います。
「顔を上げてくれますか? ディルフィー。僕は当然の事をしたまでです。礼には及びません」
ディルフィーは不思議そうに尋ねます。
「では、パーティに、何かご不満がございましたか? 何分、貧しい村ですので十分なおもてなしもできませんでしたから」
「そんなことありません。料理もとてもおいしいものでしたし、何より皆の気持ちが十分に伝わってくる、とても素晴らしいパーティでしたよ」
王子の言葉に、ディルフィーは増々わからなくなりました。
「池の魚さんたちが、いえ、元の領主様に仕えていた人たちが言うのです。ベルン王子様の心は悲しみに染まっていると! 私たちを救ってくださったのに、私たちはお慰めすることもできないなんて」
ディルフィーの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちました。
「泣かないでください、ディルフィー。確かに池の魚たちが話したように、先程まで僕の心は悲しみの色に染まっていました。けれども、貴女が来てくれた時から僕の心は悲しみではなく、そう、喜びに変わっていたのですよ」
「私が、来た時から?」
「はい。ディルフィー。貴女が好きです。僕と結婚してくれますか?」
「ええ、私もベルン王子様が好きです。喜んで結婚致します」
王子はディルフィーに優しくキスをすると、そっと抱きしめました。
二人は一緒にお城へ行き、盛大な結婚式を挙げ、沢山の人達から祝福されました。
昔々のお話です。
ある所に、優しい王様とお妃様が治める国がありました。
7人の子宝に恵まれて、誠実な臣民に慕われて、とても幸せに暮らしておりました。
え?
アルビナはどうしたかですって?
魚にも人間にも戻れなくなったアルビナは、蛙になってしまいましたとさ。
おしまい。
お読みいただきありがとうございました!