ミラちゃんはゲーム中
私のお友達のミラちゃんはいつも一人でゲームをやっている。パズル、格闘、育成、ロールプレイ。ありとあらゆるジャンルのゲームで遊んでいる。
「ねえ、ミラちゃん? 今日はどんなゲームをやってるの?」
「ん? 今日はタクティクスゲームよ」
「タクティクス? それってどんなゲーム?」
「プレイヤーは自陣のキャラを使って敵陣を攻め落とすゲームね。最初に作戦を考えて、それをキャラに指示してゲームを進めていくの。要はシュミレーションゲームと同じよ」
「へぇ~」
私はミラちゃんの話を半分も理解できていないけど、とりあえず頷いておいた。横から画面を覗くと『あなたのターンです』と出ている。どうやらターン制らしい。戦いに順番なんてないのに、意味が分からない。
ミラちゃんは十字のボタンをカチカチと動かしながらコマンドを選択していく。攻撃、魔法、回復、防御、撤退。色々と選択肢が多過ぎて私にはやっぱりよく分からないし、難しかった。
「このキャラに出てる『M』ってマークなに?」
「それは属性のアイコンよ」
「属性? 火とか水みたいな?」
「いいえ、そういうのとはちょっと趣向が異なるわね」
「ふーん……」
『M』の属性って何だろうね? 私は前衛のキャラ全ての頭に着くそのマークが少しだけ不思議に思えた。
「じゃあ、このキャラに付いてる『S』も属性なの?」
「そうよ」
『S』と『M』。このゲームはきっとアルファベットがキャラの属性になっているのだろう。
「あ、味方が一人攻撃された! HPがかなり減ったけど、大丈夫なの?」
「案ずることはないわ。スキルですぐに回復できるから。えーと、メニューから魔法を選んで……この技を発動すれば」
ミラちゃんがそう呟き、ボタンを押すと画面にデカデカと文字が現れた。
『愛の鞭!』
「わっ!? なんか急にアニメみたいな絵が出てきた!」
「これは魔法を発動する時に出る演出ね。スキップする事も出来るけど、今日はあなたも見てるからこのまま続けるわ」
「わ、わーい」
私は少しHな格好をした女の人が鞭を振るっているシーンで喜びの声をあげた。というか、あれ? この女の人、どうして味方に攻撃してるのかな?
「あっ、ねえ? そのキャラ死にかけだったのに、鞭で攻撃したら本当に死んじゃうよ?」
「いいえ、このキャラの場合、これで正解なのよ。見てて、もうすぐコンボスキルが発動するから」
「う、うん」
スキル『むしろご褒美です!』が発動しました。画面にはそう出ていた。
「ね、ねえ? 裸のおじさんが出てきたんだけど? ハァハァ言ってるんだけど? 大丈夫なの?」
「大丈夫よ。見てみなさい。HPが回復してるでしょ?」
言われて鞭で叩かれたキャラを見ると、たしかにHPのゲージがかなり回復していた。しかもなぜか金色に輝いている。
「ど、どういうことなの?」
「これは『M』の属性が持つ特殊なスキルでね。『S』の属性を持つ味方キャラにスキルで攻撃される事によって一時的にEXモードに突入するの」
「EXモード?」
「エクスタシーモードよ」
「あまり触れちゃいけない話題な気がする」
なぜかそんな気がした。
理由は分からない。
「とにかくこのモードが発動中はほぼ無敵ね。味方からだけじゃなく、敵の攻撃も回復に変換できるから」
「す、凄いんだね。『M』属性って」
「ええ、放っておいても勝手にHPが回復していくから困らないわ。逆に『S』属性は定期的に何かを攻撃しないとMP(精神力)が下がっていくから大変なのよ」
「よく分からないけど、面倒臭そうって事は分かったよ」
「人の業はそれほど深いって事なの。覚えておきなさい」
「う、うん?」
ミラちゃんはときどき難しい事を言うから、反応に困ってしまう。でもそんなミラちゃんがたまにかっこよく見えるから不思議だった。
それからゲームはどんどん進み、とうとう画面に『勝利!』の二文字がデカデカと表示された。その瞬間、四つん這いになった裸のおじさんの背中に腰掛ける女の人が高笑いしてるシーンが流れ始めた。どうやらミラちゃんのキャラクター達が敵の陣地を制圧したらしい。
でも、どうしてこの女の人は味方のおじさんの背中に腰掛けてるんだろう? というか、このおじさんはどうして裸なの? 戦場じゃないの、そこ?
「どう? 戦いを最後まで見た感想は?」
「ちょっと不思議なゲームって感じかな」
私は正直にそう答えた。
後日。
ミラちゃんの肌は透き通るように白い。引きこもりがちなミラちゃんは、今日も今日とてゲームを楽しんでいた。
「ねえ、たまにはお外で遊ぼうよ」
「嫌よ。どうして外でゲームをやらなきゃいけないの?」
「まずゲームから離れようよ」
「わたしからゲームを取ったら何も残らないじゃない。それこそセーブ機能のないRPGと一緒よ」
「たしかにそれじゃあ、何も残らないけど……」
なにもたとえ話までゲームで表現しなくてもいいのに。
「それで今日はどんなゲームをやってるの?」
「今日は落ちモノパズルよ」
「あ、それは私も知ってる。テト○スとかぷよ○よと同じゲームだよね」
「そうよ」
でもなぜだろう。落ちてくるのはぷよぷよでもブロックでもなくて、セクシーな姿をした男の人だった。やたら際どい角度でワイシャツがはだけている。
「あれ? 落ちてくる人と下にいる人で少し見た目が違うんだね」
「ええ、今、下にいるのは俗に『受け』と呼ばれているわ」
「う、受け?」
「そう。そして上から来るのが『攻め』よ」
「へぇー」
私がよく分からない感心をしてる間に『攻め』が『受け』に上から覆いかぶさった。その瞬間、二人の姿が消えてしまう。
「あれ? たった二つのピースが重なっただけで消えちゃうの?」
「『攻め』と『受け』が上手く噛み合えばそうね。でも、こうして横に配置すれば……」
「あ、消えない! やっぱり両方とも『攻め』だから?」
「そういう事よ」
「あ、今度は上から『受け』が落ちて――ええ!? 何で下から『攻め』が昇って来るの!?」
「それはこの上から落ちてくる『受け』が『誘い受け』だからよ。ほら、よく見て。ほかのピースよりも落ちて来るのが遅いでしょ?」
言われてみれば、たしかに少しだけ速度が遅い気がした。
「わ! 下にいる他の『攻め』も一気に上がって来た!」
むしろ我先にと他の『攻め』を蹴落とそうとしている。
惨い。惨すぎるよ、この争い。
「彼も罪深い男ね。魔性よ。彼は魔性の男なのよ」
「そ、そうなんだ」
私にはよく分からない感覚だった。ミラちゃんの言っている事は本当に難しい。
まあ、それはともかく、ようやく一組が完成し、ピースが消えていく。そしてそれに連動して他の『攻め』も消えていくではないか。
「え? どういう事?」
「失恋によってハートブレイクしたのね」
「え? ごめん。意味が分からないんだけど……男同士だよね?」
「彼らは本気であの『受け』を愛してしまったの。それが本気の恋だったからこそ、他の『攻め』に取られて傷心してしまったのよ。もしあなたが好きな人にフられて、その人を忘れたい時に、思い出の場所に残っていられるかしら?」
「うーん……。本気で忘れたい時は無理かも」
「そう。だから彼らはここを去っていったの。傷付いた心を癒してくれる場所を探してね。切ないでしょ?」
「そ、そうだね……」
もう私の口から言える言葉はそれだけだった。
その後。
「ミラちゃん、今日はどんなゲームをやってるの?」
私はいつも通り、横からミラちゃんの持つゲーム機の画面を覗き込んだ。
「今日はビジュアルノベルよ」
「へえ、どんなストーリー?」
「お菓子の国からやってきた妖精と協力して魔法少女になった主人公が敵を倒しながら自分探しをする物語ね。パッケージのあらすじにはそう書いてあるけど、まだ序盤だから詳しい事は分からないわ。良かったら、主人公と妖精の会話を見てみる?」
「あ、うん。じゃあ、見せて」
そう言って私はもう一度、画面を覗き込んだ。背景のイラスト的に彼女達は女の子の部屋にいるのだろう。おそらくそこが主人公の部屋なのだと思うが。
主『嫌よ! 魔法少女なんかに絶対にならないわ!』
妖『そこをなんとかお願いだポン!』
主『嫌ったら嫌なの! そもそもどうして私なの?』
妖『それは君に魔法少女として資格があるからだポン!』
主『魔法少女として資格……? それって夢見がちとか、現実から目を背けてるから?』
妖『それもあるポン』
主『否定してよ! 傷付くじゃない!』
妖『妖精は嘘を吐く事が出来ないんだポン。それに二十歳過ぎても働かずに玉の輿を狙えると本気で信じてる人間を傷付けても全く心が痛まないポン』
主『この外道!』
妖『ひどいポン。妖精のハートは繊細なのに』
シュンと落ち込み、項垂れる妖精の絵が出てくる。それから更に慌てる主人公の絵が出てきた。
主『ああ! ごめん! そんなつもりはなかったのよ? あなたを傷付けるつもりなんて本当になかったの。それにほら? あなただって私を傷付けたでしょ? だからおあいこって事で、手を打ちましょ? ね?』
妖『何をそんなに必死になってるポン? 傷付いたのは本当だけど、君にそこまで気を使われると逆にショックが大きくなるポン』
主『ぐっ! こいつ……!』
主人公も主人公だけど、この妖精も妖精でなかなか濃いキャラをしていると思う。そもそも彼女は幾つなのだろうか? 二十歳過ぎって? え? マジか?
主『と、とにかく私は魔法少女になんかならないからね!』
妖『それは残念だポン。今なら女王に頼んで願い事を一つだけ叶えてもらえるのに』
主『そこ詳しく。いえ、詳しくお願いします。妖精様』
妖『き、急に態度が殊勝になったポンね……』
「この主人公、あれだね。なんというか、駄目な大人って感じだね」
「ええ。でも、なんだか将来の自分を見ているようでドキドキするのよね」
「ミラちゃん……。それ、洒落になってないからね」
彼女ならちょっと有り得ると思ってしまうのも仕方ないと思う。この子、本当にゲームばかりで勉強しないし、心配になってしまう。
「ほらボタンを押すから続きを見ましょう?」
「う、うん」
私が促されるままミラちゃんから目を逸らした。正直、働くミラちゃんを想像できないけど、考えるのはもうやめる事にした。それにいざとなったら私がミラちゃんを養ってあげなきゃ。
主『人間なんてそんなもんですって。あ、肩お揉みしましょうか?』
妖『え、遠慮しておくポン』
主『そうですか? タイピングで鍛えたこのテクニックをお見せする時が来たと思ったのに』
妖『き、機会があったらお願いするポン』
主『そうですか。じゃあ、さっきのお話を詳しく聞かせてください』
妖『分かったポン。実は――』
暗転。
妖『――という事なんだポン』
主『つまり自分達の世界を救ってもらう変わりに願い事を何でも叶えてくれるって事ですね?』
妖『そういう事だポン。正直、もう時間がないんだポン。だから一刻も早く君にお願いしたいんだポン』
主『分かりました。お受けします』
妖『本当に!? ありがとうだポン!』
主『ええ、でも約束はお願いしますよ?』
妖『分かってるポン。妖精、嘘吐かない』
主『なら契約完了です』
その瞬間、一人の女性と妖精が握手する絵が大きく表示された。おそらくイベントCGという一枚絵なのだろう。主人公、美人なのに会話のせいでひどく見える。
母『うう、ミラちゃん。ついに独り言まで……』
「…………」
私はドアの隙間からこっそり中を覗き込むおばさんの台詞を見て、呆然としてしまった。
「あ、この主人公、もともとわたしと同じ名前だったのよ」
「そ、そうなんだ」
この時の私は多分、なんとも言い難い表情をしていたと思う。