僕は君が好きだった
夏の切ない恋
君と僕のお話。
彼女はとてもいい人間だった。
人間嫌いの僕が言うんだ、間違いは無い。
「そんなこと無いよ」
朝顔の浴衣を着た彼女は少し照れたように笑うと、手に持っていた忘れな草の鉢を大切そうに抱きしめた。
「これからもきっと君みたいな人には会わないだろうな」
僕はそう言うと、左手に持っていた一輪の花を握りしめる。
まるで、その花の息の根を止めるように強く。
君と僕の距離は、5メートルほど離れている。
僕は花を渡したくてここにいるのに。
足を踏み出した時、彼女は
「その花」
「え?」
「君の持っている、その花」
「これ?」
「花の名前、キスツスだよね」
「そうだよ。よく知っているね」
「うん。私その花嫌い」
「お願い。その花が嫌いなの。その花を捨てて」
悲しそうな顔をして、そう言った。
渋々、言われた通りにキスツスを捨てる。
「この浴衣、どう?」
白地に青と紫の朝顔がよく冴えている浴衣を着て彼女は笑った。
結いた髪には、シクラメンの花をモチーフにした髪飾りが付いている。
「よく似合っているよ」
(とっても、綺麗だ)
「よかった。嬉しい」
彼女は嬉しそうに笑って、歩き出そうとした。
僕に背を向け、前だけを向いて。
彼女の涼しげな襟足を僕はじっと見つめていた。
彼女が行ってしまう。
彼女に会えるのはこれが最後だ。
きっともう、言いたいことも言えない。
いつだって後悔ばかりのこの世界で、僕はこれ以上後悔したくは無い。
なあ、きっと君も同じ気持ちだろう。
だから今、僕の目の前にいるんだろう。
「まだ、行くな」
精一杯出した声は、彼女に届いたらしく彼女は静かに振り返る。
「どうしたの」
困ったような、悲しそうな、そんな顔をして目をそらしながらつぶやいた。
僕はうるさい胸の鼓動を隠して言う。
「なんで、君だったの」
「私にも分からないよ」
「あと一ヶ月もしない内に秋が来る」
「もうすぐ夏が終わるね」
「夏が終わる前に、なんで」
「神様のいたずらかなあ」
ふざけたように笑うと彼女は髪に付いていたシクラメンの髪飾りを取った。
そうしてじっと僕の目を見つめている。
綺麗な瞳だ。
僕は君の瞳が好きだ。
柔らかそうなその髪の毛も
透き通るように白い肌も
全部。
全部。
「僕は、君が好きだった」
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耳障りな蝉の声が僕を現実へと引き戻した。
クーラーの効きすぎた部屋の中でテレビもつけたまま寝てしまっていたらしい。
身体は冷え切っていて、時計を見ると2時間あまり針は進んでいた。
8月17日。
カレンダーには丸が付いている。
「早く君に会いに行かなくちゃ」
重たい身体を起こして、蒸し暑い外へと足を踏み出した。
こんなにもくだらない感情で、僕の頭の中は一杯なんだよ。
夏だから?
暑さのせい?
きっとどんな言葉をあてがっても僕の頭の中は解決しない。
小さな紙袋の中にはシオンの押し花の栞と、君の大切なシクラメンの髪飾りが入っている。
これをちゃんと君に渡そう。
会って渡さなくちゃいけない。
バスを2本乗り継いで、海岸近くの墓場に付いた。
「やっと君に会えた」
「待たせてごめんな」
そう言って、たくさんの花が手向けてある場所にシクラメンの髪飾りを置いた。
「シクラメンの髪飾り、ちゃんと君に返す。これは君のだ。僕はしっかりと受け取ったよ」
シオンの押し花の栞を紙袋に入れたまま墓石に置いた。
「これは、この間渡そうと思っていた栞。やっと君に渡すことができる」
君があの時キスツスの花を捨てろと、そう言ったから僕は明日もこんなくだらない感情に悩ませながら生きていく。
君ほどいい人間はいない。
僕はきっと君のような人に出会うことは一生ないだろう。
「僕は、君が好きだった」
シクラメンの花飾りも、忘れな草も朝顔もシオンも。
すべて君の好きな花だ。
僕は君が花を好きなくらい、君のことが好きだった。
また会える日まで、僕は毎年花を持って君に気持ちを伝える。
いつかあった時はお互い恥ずかしくて目も合わせられないんじゃないかな。
朝顔の浴衣を着た少女が、嬉しそうに笑っていた。
そんな夏の話。
あとがき
花言葉
忘れな草
私を忘れないで
真実の愛
朝顔
儚い恋
愛情
キスツス
私は明日死ぬだろう
シクラメン
切ない私の愛を受けてください
シオン
追憶
君を忘れない
東方にある人を思う
ご閲覧ありがとうございます。
文書力を高め、いつか書き直します。
読み辛い文書で申し訳ないです。
花言葉を知った上でもう一度読むと、少しは分かりやすくなるかなと思います。