プロローグ
風が木の葉を揺らす音以外何も聞こえない山の中で、ゆっくりと刀を抜く。
美しく透き通った刀身に、頭上に輝く満月が映る。
心が一番落ち着くのは、刀を握っているこの瞬間。
刀は人を殺す道具。
それを一度握れば、嫌でも死がつきまとう。
死を身近に感じることがほとんどなくなった今の世の中では、経験することの出来ない感覚。
生と死の狭間に立ち
己の全てを賭け
相手の隙を
一瞬の好機を
息を殺してただひたすら待つ
勝者は生き、敗者は死ぬ
ただそれだけのこと
死線を越えた先にあるのは何か
それが知りたくて、毎日ひたすら刀を振るった。
鍛錬を欠かさなかった。
しかし、自分が人と本気で斬り合ったのは一度だけ。
その一度が、一生忘れられない経験になった。
切先を月に向け、ゆっくりと目を閉じる。
幼い頃、あの月をいつか真っ二つにしてやると意気込んでいたのが懐かしい。
またいつか、己の命を賭けた勝負をしてみたい。
戦闘狂と言われるかもしれない。
でも、戦いたいのではない。
生きていることを実感したい。
ただそれだけ。
光と影
善と悪
生と死
この世に相反するものはまだまだ沢山ある。
片方が無くなればもう片方に価値は無いだろう。
生きたいのではない
死にたいわけでもない
生への執着はなく
死への恐怖もない
刀を振ることが
生を実感することが
己の存在証明になる
だからこそ
だからこそ俺は
喜んで己の身を死地へと投げ出そう
たとえそれが矛盾しているとしても
それが俺の生きる意味だから
よろしくお願いします。