第6話 ファンタジア ――幻想の終わり――
【ファンタジアシティ 南部】
各地で特殊軍、警備軍は敗れていた。次々と押し寄せてくるバトル=アルファ。そして、驚異的な生物兵器ハンターA型。トワイラルとミュートは勝利を確信していた。ピューリタンの言葉を信じ……。それがウソだという事を2人は知らない。
連合軍将軍のクラスタもまた勝利を確信していた。敵の指揮官ピューリタンを捕え、市内の半分以上を制圧し、圧倒的な兵力を有するクラスタ率いる連合軍。どちらが勝つか、一目瞭然だった。
「負傷者多数! これ以上の戦闘は不能です!!」
「ファンタジア北部・西部完全に制圧されました!」
「……あと少しだ」
トワイラルもバカではない。なんとなくおかしい事に気付き始めていた。だが、彼は頭を何度も横切るイヤな予感を打ち消していた。ピューリタンの言葉、で。
「トワイラル少将! 東部も壊滅的です!!」
「南部のハンターA型の襲撃に対する指令を!」
「あと少しだ!」
ピューリタンの言葉が本当ならもうすぐ全バトル=アルファが停まる。生物兵器も停まるハズだ。そして、政府軍が勝利を手に入れる。ピューリタンの言葉が本当ならば。
決して気付かないワケじゃない。でも、それでも、最後の希望と仲間の言葉を信じていた。仲間の言葉を疑い、裏切り、自分の独断だけで撤退をしたくはなかった。仲間を踏みにじりたくなかった。
「ぐぁッ!」
[攻撃セヨ! 破壊セヨ!]
「来たぞ! 迎え、ぐぇッ!」
[攻撃セヨ! 破壊セヨ!]
次々と現れる軍用兵器。二足歩行の物から四足歩行、六足歩行の大型の軍用兵器まであらゆるタイプの軍用兵器が来ていた。
「うぁッ!」
「ぐぁぁッ!」
大勢の兵士がアサルトライフルを手に、次々とやって来るバトル=アルファを迎撃する。無数の銃弾が飛び交い、お互いを撃ち抜いていく。
緑や青のクリスタルで出来た道路に血が飛び、人が倒れる。火花と破片が飛び、バトル=アルファが倒れる。見えなくなる道路。それでも酷き銃撃戦は終わらない。
「トワイ、ぐゥ!」
また1人、また1人と倒れ、命を散しゆく兵士。トワイラルはそんな彼らから目を伏せる。そして、心で祈る。すぐにでもバトル=アルファが停まる事を、銃撃戦が終わる事を。
「ぐぁぁッ!」
「ハンター……!」
黒衣を着た大男。黒いヘルメットをかぶり、サングラスをした大男。見える素肌が灰色の大男。それがハンターA型であった。人間をベースにした生物兵器。量産された生物兵器だった。
このハンターA型やC型の素体となるのは、とある女性のクローンだった。彼女のクローンを元にし、あらゆる薬品を投与して作り出される生物兵器。それがハンターA型だった。
「クッソ……!」
ハンターA型は素手で兵士を殴る。その筋力は異常だった。一発殴っただけで何メートルも吹き飛ばされる。下から上に打ち上げただけで高く飛ばされる。
そんな異常な筋力をした生物兵器が何十体もいるこの戦場。どう考えても勝つのは不可能だった。それでも踏ん張っているのは、いや、踏ん張ってきたのは……
「ぐぇッ!」
「ぎゃぁぁッ!」
ピューリタンの言葉を信じてだった。でも、もうトワイラルにも分かっていた。心の奥底では気付いていた。
涙がうっすらと目を覆い、こぼれてくる。目から溢れ出る温かい液体が頬を伝う。認めたくなかった。信じていた。勝てると思っていた。でも、信じざるを得なかった。
「なんで、ウソついたッ……! 俺らは仲間じゃなかったのかよッ!!」
トワイラルは溢れる涙を袖で拭う。なんで泣いているのか自分でも分からなかった。もう長い間、泣いた事はなかった。それでも、涙を抑えれなかった。
ピューリタンの言葉がウソだったから? ファンタジアシティを失うから? 多くの兵士や市民が殺されたから? クラスタに負けたから? “仲間を捨てる命令”を出そうとしているから?
彼には分からなかった。この涙がなんで出てくるのかも、なぜピューリタンにウソつかれたのかも……
「……クソッ…… 全軍、撤退、しろッ!」
命令と共に一斉に撤退を始める政府軍。その背中を目がけて射撃するバトル=アルファ。容赦なかった。でも、それが戦争。逃げる者であろうと容赦せずに殺す。敵は徹底的に潰す。
逃げ遅れた兵士。ケガを負い、血を流し、動けない兵士達。彼らは見捨てられる。見捨てられ、戦場に置いてきぼりにされる。そんな者はほとんどが射殺された。感情なきバトル=アルファに命乞いは無駄な抵抗でしかなかった。
血に染まったファンタジアシティ。血の色をした太陽が昇る頃、以前のような美しいクリスタルの街並みはどこにもなかった。
多くの死体と壊れた機械で地面は埋まり、多くの建物が焼け、黒い煙だけを上げていた。建物の中には焼け焦げた死体。ほとんどが逃げ遅れた市民の死体だった。
死んだ市民。子供も大人も、女性も男性も、若い人も老人も関係なしだった。炎に焼かれたか、バトル=アルファに射殺されたか、ハンターA型に殴り殺されたか、だった。
手錠を嵌められ、連行されるピューリタン。その周囲にはアサルトライフルを持ったバトル=アルファ。彼女の表情は暗かった。それだけだった。他には何もなかった。
心を絶望に染め、もはや何もする気も起らなかった。このまま処刑されてもいいとさえ思っていた。街をこんな有り様にしたのも自分の油断。死をもって償うしかない……
[クラスタ将軍 敵将・ピューリタンを連行しました]
「ごくろう」
「…………」
ピューリタンはトワイラル達を撤退させる為にウソをついた。2人をあの場から引かせるにはあの方法しかなかった。しかし、そのせいで大勢の兵士が死んだ。
もし、あの時、トワイラルとミュートも捕えられたら、軍はきっと、もっと早く撤退しただろう。指揮官がいなくなれば、自然と撤退したハズだ。死なないで済んだ兵士も大勢いたハズだ。
ウソはつくべきじゃなかったのだろうか? でも、そうすればトワイラルとミュートが捕まる。もしかしたら殺されていたかも知れない。2人を連れて来たのは自分だ。
「私の勝ち、だ」
「……………」
大切な仲間か、顔も知らない大勢の部下か。どちらかを選択する事なんて出来ない。しかし、どちらかを選択しなければならなかった。
深く考えなかったが、あの時、ピューリタンが取ったのは仲間だった。仲間を取り、部下を捨てた。
だが、それも悲劇だった。ピューリタンはトワイラルとミュートが大切でウソをついた。撤退させる為に、2人を死なせない為に。
しかし、トワイラルはそれが分からなかった。彼は彼女に裏切られたと思っていた。ウソをつかれ、裏切られた、と。
ファンタジアシティの戦いは悲劇だった。多くの市民や兵士の命を奪った。ピューリタンとトワイラルの絆に亀裂が入った。
美しき幻想都市ファンタジアシティ。“幻想”でしかなかった。夢は終わり、崩壊した街が現実だった――……