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勇者のオマケ改め……

短編『勇者のオマケ改め……』と変更点はございません。


2011年9月14日 「一卵性の」という文を削除しました。web拍手にて「男女の双子は二卵性ではないでしょうか?」というコメントをいただき、調べて見たら一卵性の男女の双子は極めて稀にしか生まれない事がわかりました。コメントを送ってくださった方、本当にありがとうございます!

 私がこの世界で最初に見た物は空だった。


 雲がほとんどない澄んだ水のような空を、私は目覚めてからしばらく、ボーっと眺めていた。

 体はどこかの原っぱに横たわっているらしい。青々しい草の香りが鼻孔をよぎった。

 風が体をフワリと撫ぜる心地よさに私は二度寝を決め込もうとした。まぁ、結局強制的に叩き起こされたんですけどね。

 遠くからドカドカとリズムを持った地響きがし、ゆっくりとそちらに目を向けると、そこにはお世辞にも優しそうとは言えない風貌の……ぶっちゃけ盗賊としか思えない輩が馬に乗り向かってきていた。

 さすがに危機感を持った私だが、時すでに遅し。連中は私の周りを囲うように陣を組むとニヤニヤといやらしい笑みを浮かべこちらを見下ろしてきた。

 中途半端に起き上がっていた私はそいつらを睨みあげながら、相手の出方を窺っていた。

 すると、連中の中から一際がたいのいいオッサンが進み出てきた。どうやらコイツが頭のようだ。


「よぉ嬢ちゃん」


 馴れ馴れしい男だ。この相手を舐めきった態度といい第一印象は最悪である。


「随分珍しい毛色だが、そりゃ地毛かい?」


 男達は無遠慮に私を――私の髪を凝視している。なんと失礼な奴らだろう。

 だが、よくよく見てみると、確かに連中の中には黒系の髪色をしている人間は一人もいない。それどころか東洋系の顔立ちですらない。どちらかと言うとヨーロッパ的な顔立ちだ。私が持っているヨーロピアンイメージとは違い、まったく品がないが。


「よく見りゃ目ん玉も真っ黒じゃねーか! ハハッ! こりゃとんだ拾いもんだ」


 嬉しそうに頭が叫ぶと、周りの男達も「オオー!」と盛り上がる。うるさい。


「嬢ちゃんいったいどこの出身だ? 名前は?」


 どっかに売り飛ばすつもりのくせに名前を尋ねるのかこの男は。


「……出身は日本。名前は刹

セツ


「ニホン?」


 聞いた事もない。と言う表情である。周りの男達も皆一様に同じ表情だ。

 私が正直に出身と名前を明かしたのはある予感があったからだ。

 ここが異世界であるという予感。

 そう考えたキッカケは何を隠そう目の前の男達が騎乗している動物だった。

 最初は馬かと思ったが、違う。私の中の知識では、馬には角など生えていなかった。

 馬に角と言うと、あのユニコーンを思い起こすが、これとはまったく別物だろう。

 何故なら、私が知るメルヘン生物ユニコーンには、こんな肉を食い千切るのに役立ちそうな牙など生えていないからである。

 こんな「肉食ですよ」と主張するようなオーラをまとったユニコーンなど、乙女として断じて認めるわけにはいかない。

 そこからここは、私が知る世界とは違う場所……異世界であるという考えに行き着いた。

 だから私はわざわざ出身地を明かした。もし異世界であれば、今の男達のような反応がかえってくると思ったから。

 そして予感は予想へと……


「……アメリカは知っていますか?」


 日本だけなら知らない人もこの地球上には存在するだろう。だが、アメリカを知らない人間というのは余程の辺境でなければまずいないはずだ。見る限り、この男達の生活水準はそこまで低いようには見えない。

 サバンナやアマゾンに住んでいる類の方々ではないのは明白だ。


「アメリカ?」


 予想が確信へと変わった。


「……ここは何という国ですか?」


 最後の足掻きをしてみる。無駄と笑うなかれ。これでも一応混乱の境地に達し、今すぐにでも泣き叫びたいくらいなのだ。


「はぁ? 嬢ちゃん頭大丈夫か?」


「いいから答えろ」


 多少口が悪くなってしまったがそれも仕方がないだろう。男達は私の口調に色めき立ったが頭は大して気にした風でもなかった。


「ここはグランフール国のド田舎、地名で言うならフォルンだ」


 最後の足掻きが……終わった。


********* セツ視点 **********


 私の名前は木崎刹

きさき せつ

18歳。

 剣道が趣味の普通の女子高生だ。……普通だってば。

 私には双子の弟がいる。数秒しか差はないが、姉は姉だ。弟の名前は木崎烈

きさき れつ


 私達はあの日、二人で剣道場で稽古をしていた。私も烈も剣道が趣味ではあるけれど、物凄く強いと言うわけではない。大会で二位か三位にやっと入れるくらいだ。しかも小さな大会で。

 いい汗をかき、私服に着替え終わった時、それはイキナリ来た。


 召喚である。


 いや、正しくは、多分召喚だったのだと思う。

 私には、足元に急に現れた魔法陣しか見えなかったが、烈には何やら誰かの声が聞こえていたようだ。


『え!? 世界を救う!? 僕が!?』


 察しのいい人ならもうここで分かるだろう。

そう。

 私は勇者である烈のオマケで異世界に召喚されたのである。

 迷惑甚だしい話だ。光の渦に飲み込まれる瞬間、私はおそらく烈が話していた相手と思わしき声を聞いた。


『なんかもう……ごめん』


 おい!! 何がごめんだ!! そんな言葉で済まされるような問題じゃないだろコレ!

 と言うか、勇者である烈と引き離されて別々の場所に召喚されるって何なんだ。嫌がらせか。嫌がらせなのか。

 そう悪態を心の中でつきながらも、私は最後に聞いた言葉を思い返した。


『とりあえずは能力を授けとくから頑張って……ホントごめん』


 能力はいいが、何回謝る気なんだコイツは。いや何回謝られても許したりしないが。などとその時は思ったものだ。


 そして現在。

 私は盗賊の死屍累々の中に立っています。いや殺してませんけどね。


********* セツ視点 **********


「グ……ッ! 何者だテメェ……」


 唯一意識のある頭が私を睨みつけながら吐くように言った。女性に対して態度のなってない奴だ。


「私? 私は……」


 私はこの世界でどんな存在なんだろう。

 ふと、そう思った。勇者は烈の役割だ。離されて召喚された事を鑑みるに勇者補佐などの役目を持っているわけでもないのだろう。

 ならば、私はいったい何なのか。

 この授けられた力も、おそらくはオマケで召喚してしまった事に対する対価……と言うか謝罪の気持ちなのだろう。あの声が幾度も「ごめん」を繰り返していた事からそれがわかる。

 世界に求められたわけでもないのにこの世界に来てしまった異物……それが私だ。

 だがそれだとあまりにも私が不憫なので、自分自身の役割を勝手に決めた。


「私は……【勇者の血縁者】だよ」


「……はぁ?」


 完全に虎の威を借りる狐状態だが、それも仕方ないだろう。この世界に必要とされているのは勇者である烈のみだ。私はオマケとして着てしまったのだから、オマケとして存在するしかない。

 切ない気持ちが湧き上がったが、それはあえて無視した。


********* セツ視点 **********


 その後私は勇者である烈を探し、共に魔王を倒しに……行かなかった。

 烈が見つからなかったわけではない。むしろ、国中が勇者降臨に沸き上がりお祭り騒ぎだった。

 だが私はここで考えた。烈にもあの声の主からチート能力は貰っているはずだ。それならば私など必要ないのではないだろうか?

 そもそも私はオマケなわけで、いてもいなくても大丈夫だという存在のはずだ。

 ならばここはオマケにされてしまった私のほんの少しの意趣返しとして傍観者に徹するのも悪くないのではないだろうか?

 と言うわけで、私は髪色や性別などを隠し、冒険者として生きていくことにした。

 ありがたい事に、声から貰った能力はまさにチートと言って差し支えない程のもので、まさに敵無しだった。

 そうやって生活しながらも、勇者の情報は逐一手に入れた。当たり前だ。いくらチート能力を持っているとしても弟を心配しない姉などいないだろう。まぁその心配もただの杞憂でしたけどね。

 勇者はメキメキ頭角を現し、遂には魔族との和平を果たした。

 魔王討伐に行ったはずなのに何故和平となったのかは、政治に疎い私にはまったくもってわからなかったが、まぁ大した怪我もなかったようなので良しとしよう。

 そして、勇者としての役目を終えた事を知った私は、魔族領から帰ってくる途中の烈に会いに行った。


********* セツ視点 **********


「勇者様に会いたい? 駄目に決まってるだろう」


 勇者が宿泊している領主の門番には文字通り門前払いされた。勇者としての役目を果たした勇者に会おうと面会を申し込む人間が後を断たないらしい。

 私もそのミーハー共と同類だと思われたようだ。門番の態度がひどく冷たい。

 勇者にはこの国一番の魔道師(魔道師団団長)とこの国一番の剣士(国軍将軍)がついているはずだ。そいつらとも今後のパイプを持とうと勇者経由で接触を果たそうとする貴族連中がいるらしい。

 ハッキリ言って迷惑この上ない。私はただこの世界での唯一の肉親に会いたいだけなのに。

 仕方がない。王都までの道中で押し掛けるしかないようだ。勿論相応のリスクはある。襲撃者だと思われてうっかり殺されたりしたらたまったものではない。まぁチート能力があるからそう簡単には殺されないだろうけど。

 今私の目の前には勇者達一行を乗せた馬車がゆっくりと優雅に王都への道を進んでいた。

 煌びやかな細工の馬車が陽に照らされ輝いている。まるで勇者の栄光を讃えているかのようだ。

 ……少し卑屈な気持ちになるのはやはり私がオマケだからだろうか。

 ほんの少し、陰鬱な気分になっていたら、視界の端にある一団が見えた。

 各々が手に剣を持ち、その目には押さえきれない殺気がこもっている。

 その視線は真っ直ぐに勇者が乗る馬車へと向けられていた。

 ……いや確かに襲撃者に間違えられたら困るとか思ったけどさぁ……本当に勇者を殺そうとする人間なんているんだなぁ……

 あれかな? 役目を終えたチート能力を持つ人間なんて生きているだけ邪魔って事かな?

 それとも魔王を討伐せず和平なんてしてきた勇者に納得がいかないとか?

 人間っていうのは本当に面倒で自分勝手だなぁ。いや私も人間だけどさ。

 一団は、一瞬息をつめると、次の瞬間馬車に向かって雄叫びを上げなら突進していった。

 馬鹿だ。

 なんで叫ぶ。なんで奇襲なのに叫んで自分達の存在をアピールしちゃう。

 あれか。最後の華として華々しく散ろうって言う魂胆か?

 馬車からは別段焦ったような気配はない。まぁあれだけ派手に殺気を飛ばしてれば余程の鈍感野朗かド素人じゃなければ気づくだろう。

 次の瞬間、馬車の扉が勢いよく開いた。

 中から飛び出してきた男は流れるような動作で剣を抜き放つと、そのまま襲撃者の首を切り飛ばした。

 お子様には決して見せられないグロ注意な戦闘が繰り広げられます。勿論R指定です。心臓が弱い方は今すぐ気絶しましょう。

 私は冒険者という職業柄、このような荒事もしょっちゅうあった。もう慣れた。乙女として色々な物を失った気がするが人生とは諦めの連続であるとどっかの誰かが言っていた気がするので、その言葉にすがろうと思う。仕方ないんだと。

 そんな馬鹿みたいな事を考えている間に、襲撃者の惨殺劇は終わりを迎えたようだ。

 周囲は血の色と匂いに満ち、さすがの私も顔をしかめる。

 その中心にいるのは、この世界を生み出した男。まさに鬼神の如き太刀筋と動きだった。

 男は深い藍色の髪をしており、それは今は懐かしい日本人を思い起こさせた。

 そんなよくわからない感慨にふけっていると、男がこちらに視線をよこした。瞳はアイスブルーだ。まるで凍るような視線である。思わず「こっち見んな」と言いたくなった。


「……そこにいるのはわかっている。何者だ貴様」


 あっちゃー。バレてる。

 まぁ国一番の剣士だと言う話しだし、今の戦闘を見てもかなりの腕前であるのは間違えようがない。私の気配に気づいたのもまぁ奴ならあり得るだろう。


「貴様とはご挨拶だな。ただの通りすがりの冒険者だよ」


 元来の負けん気がここで頭をひょっこりと出す。


「ただの通りすがりの? よく言うな。気配を消しておいて」


 その気配に気づいたお前はいったいなんなんだと。


「――クロウ? どうしたの? 誰と話してる?」


 その声を聞いた瞬間、私は不覚にも涙が出そうになった。

 本当はすごく会いたかった。だけど会えなかった。オマケなんていう曖昧な立場の私とは違って勇者という確固たる必要とされる立場であるアイツとは、顔を合わせるのが本当は怖かった。

 激情のまま当り散らしてしまいそうで会いに行けなかった。

 だけど、それらは本当は杞憂であった事が今ならわかる。だってアイツの――烈の声を聞いただけでこんなにも嬉しいという感情が溢れ出てくるんだから。


「今誰なのかを聞いてるとこだ。レツは馬車の中にいろ。もしかしたら伏兵がいるかもしれん」


「……烈」


 普段の、意識して低めに出す声とは違った、本来の地声で話す。すると、馬車の中にいた烈が転げ出るように飛び出してきた。


「その声……刹!?」


 覚えていてくれた。たった一人の、私の半身。烈は一年前より少し背が伸びているようだった。髪の毛は後ろに一つに縛り、腰には薄く輝く聖剣があった。

 一年前とは違う姿。だけど刹を見つめるその瞳はまったく変わらなくて……


「やっと……会えたね、烈」


 私はそう言って、体のほとんどを覆っていたマントを脱ぎ捨てた。


****** 将軍

クロウ

視点 ********


 その【黒】に、俺は見た瞬間囚われた。


 俺の名前はクロウ・キサキ。おそらく名前で察する事が出来るだろうが、初代勇者の家系だ。

 勇者は異世界のキサキ家の者が毎回召喚される。召喚された勇者は必ずと言っていいほどこの世界の者と恋に落ち、この世界で生涯を終える。

 勇者として召喚されて帰った者がいないためか、召喚された勇者は皆一様に混乱する。こちらではキサキとは勇者の一族である事は子供でも知っている事だが、異世界にいる勇者の一族達は知らないのだ。

 俺はそんな勇者の血が特に色濃く出た。勇者の色とも言える黒に近い藍色の髪色。周りの連中はそれを美しいと褒め称えたが、俺にはまったくなんの感慨も浮かばなかった。

 こんな暗い色のどこが美しいんだ。正直うっとうしいとしか思えない。

 貴色と呼ばれる【黒】に限りなく近い藍。

 勇者の血が色濃く出たせいか、俺は優秀な人間として周りからは見なされていた。

 どんなに努力をしたところで、結局すべては【勇者の血】のおかげになってしまう。

 それがどれだけ屈辱的だったか。

 盲目的に俺の髪色を敬う連中に、俺は心底呆れた。両親でさえも、俺を見ず俺の髪を見つめていた。

 俺の事を見る人間など、どこにもいなかった。

 俺は周りを見るのをやめた。周りを見ても不愉快になるだけだと学んだ俺はただひたすらに剣の道にのめり込んだ。どんなに武勲を立てても結局は【勇者の血】のおかげになるから栄誉や栄光など目もくれなかった。

 そうしている間に、いつの間にか気づいた時には国一番の剣士と呼ばれ、将軍という役職についていた。

 そんな俺が五代目の勇者に会った時に持った感想は『平凡な男』だった。

 確かに勇者の証である黒い髪に黒い瞳をしている。周りを囲う全員がそれを美しいと褒め称える。

 昔の俺と同じ光景だった。

 それを冷めた目で見ながら俺は、勇者についていく魔王討伐の旅に想いをはせていた。

 俺にとっては戦いが全てだ。それ以外は目にするのも鬱陶しい。


****** 将軍

クロウ

視点 ********


 旅の結果を一言で言い表すなら、『肩透かし』だった。

 確かに幾度か魔族と戦いもしたが、当の魔王とは戦うどころか会う事すらなかった。

 そもそもこの世界に魔王は存在していなかった。

 勇者を召喚するのはこの世界の神だ。だから勇者が召喚されたという事は魔王が存在するという事なのだと、俺達人間側は勝手に思い込んでいた。

 だが魔族の領域に行き、力ある魔族達(現在の魔族をまとめている)と和平を結ぶに至った。元々魔族との関係が悪化していたわけでもない。ただ神が勇者を召喚したから魔王討伐という流れになっただけの話だったのだ。

 だが今回の勇者召喚がまったくの無駄だったというわけではない。これで魔族とは表面上だけでも和平を結び、今後は少しずつでも交流を持つ事がすでに決定されている。

 今回の勇者の役目が今までの魔王討伐とは違い、真の平和をもたらすものだったと人間も魔族も受け止めている。

 だが俺は不満だった。魔族との和平にではない。俺は今回の旅で思う存分戦う事ができると期待していただけに、この展開にひどく落胆したのだ。

 欲求不満ともいうべき状態だった王都へ帰還する馬車の中で、俺は外から向けられる殺気に気づいた。

 心が躍った。

 相手が誰で何が目的かなどと一瞬も考えなかった。

 ただ欲するがままに、体が求めるがままに馬車の外へと躍り出た。

 首を刎ねる。腹を切り裂く。一撃の下敵を屠る。それは最早快感とも言うべき感覚だった。

 すべての敵を倒し終え、快感の余韻に浸っていると、チラリと気配に気づいた。

 殺戮に酔いしれていたとしても、今までまったく気がつかなかった。相当の手練だ。

 その事に俺は喜ばしい気持ちを覚えた。まだまだ戦い足りない。もっと多くの敵を。もっと強い相手を。体が、心が求めている。


「……そこにいるのはわかっている。何者だ貴様」


 これで出てこなければ、問答無用で斬りかかるのみ。それもそれで楽しそうではあるが。


「貴様とはご挨拶だな。ただの通りすがりの冒険者だよ」


 その言葉に、知らず口の端が上がる。


「ただの通りすがりの? よく言うな。気配を消しておいて」


 本当にただの通りすがりや野次馬だとしても、そんな事は俺には関係ない。相手が強い事は間違いないのだから、相手が嫌がっても戦うだけだ。

 俺は鞘におさめていた剣に手を触れた。


「――クロウ? どうしたの? 誰と話してる?」


 その時、馬車の中から勇者が話しかけてきた。相手にとっては絶妙なタイミングだろう。俺にとっては最低のタイミングと言えるが。


「今誰なのかを聞いてるとこだ。レツは馬車の中にいろ。もしかしたら伏兵がいるかもしれん」


 聞きようによっては勇者の身を案じる言葉と聞こえるだろう。だがその実、俺の獲物を横取りするなという警告の言葉ではあるのだが。


「……烈」


 その時、目の前の自称通りすがりが、妙に高めの声で勇者の名を呟いた。

 それはさっきまでの声とは違い、どこか澄んだ空気を思わせる雰囲気を持っていた。ほんの少し、俺の中に目の前の人物への興味が生まれた。

 今までは戦えるか戦えないかの二択しか存在しなかった俺にはありえない事である。

 その声に触発されたように、勇者が馬車の中から転げ出てくる。その顔にあるのは驚きと喜色と……ほんの少しの恐怖。まるで、期待しているものでなかったらどうしようとでも言いたげな表情である。


「その声……刹!?」


「やっと……会えたね、烈」


 通りすがりは嬉しそうに言うと、纏っていたマントを一気に脱ぎ捨てた。

 その下から現れたのは――


 【黒】だった。


 その【黒】に、俺は見た瞬間囚われた。


 勇者と同じ黒。だが俺には、まったく別物に見えた。

 勇者の黒を褒め称えていた連中の言葉が蘇る。

 その美辞麗句を俺は今まで鼻で笑っていたが、今この時、あいつらの気持ちが分かった気がした。

 目の前の人物が、まさにその美辞麗句をそっくりそのまま当てはめたくなるほど美しかったからだ。

 いや、あんな言葉だけではとても足りない。目の前の存在を言い表すにはどうしても言葉が足りなかった。

 艶やかな黒髪。滑らかな肌。緩く弧を描く唇。そして何より、強い意思を持ちなおかつ喜びに潤んでいる漆黒の瞳。

 そして俺は気がついた。俺は勇者と同じ色である黒に囚われたのではなく……


 彼女の存在そのものに囚われたのだと。


********* セツ視点 **********


 マントを脱ぎ去ると、烈は瞳に涙を滲ませ、私に抱きついてきた。こらえ切れなかったひゃっくりのような泣き声が、耳元で聞こえる。


「あ……会いたかったっ! 会いたかったよ刹ッ!」


「私も……会いたかったよ」


 そっと抱き返してやると、いよいよ烈の泣き声は大きくなりもはや泣き叫んでいると表現してもいいくらいになった。

 その泣き声に急かされるように、馬車の中からメガネをかけた神経質そうな男が降りてきた。


「レツ? どうしたのです? ……そちらの方は? 黒い……髪?」


 胡散臭げに私を見た視線が、黒い髪に止まると瞳が大きく見開かれた。


「……こんちゃーす」


 とりあえず挨拶をしてみたが、抱きしめられているためちゃんと発音できず微妙な言葉になってしまった。


「あなたは何者です? 黒い髪……それに顔立ちがレツに似ているように見えますが」


 質問攻めしたい気持ちもわかるが、まずはこの抱きつき虫をどうにかしてほしい。さっきから殺戮剣士がこっちをジッと見てて居心地悪いし。

 あれか。勇者に馴れ馴れしく触るなこのメス豚が!みたいな感じか。よく見ろ。触ってきてんのは勇者だ。私じゃない。

 そう考えていると、おもむろに殺戮剣士が動き出した。こちらに向かって大股で近づいてきたと思ったらベリッとテープのように剥がされる。

 あー……やっぱりメス豚がコースですかそうですか……

 しかし予想に反して殺戮剣士は守るべき勇者をその辺にポイッと放ると、腕に抱え込んでいた私に視線を向けてきた。なんだろう。その視線が妙に熱く感じる。


「……勇者放っていいのかよ」


「かまわん」


 いや、かまうだろ。勇者だぞ勇者。役目を終えたと言ってもとりあえずは勇者なんだからもう少し丁重に扱えよ。


「勇者などより……今はお前だ」


 え。ナニコレ。何が起こってるんです?

 私の腰に腕を回し固定する殺戮剣士……というか、そろそろ殺戮剣士って言うのも面倒くさいな。なんか嫌な空気になりつつあるしここは話題転換も兼ねて……


「さっきの質問に答えてやるよ。私はそこにほっぽかれてる勇者の双子の姉の木崎刹だ。で? あんたは?」


 私が名乗ると、メガネの男は驚愕し、目の前の剣士は嬉しそうに顔をほころばせた。

 お前さっきと随分印象違うけどなんなん? こっちが素なの?


「セツ……か」


 剣士はまるで愛おしいものの名前のように私の名を口にする。

 甘い。激甘い。なんだその声は。砂糖を口いっぱいに含んでもこんな甘い声は出ないぞ普通。


「俺の名はクロウ・キサキ。この国の国軍将軍だ」


「え? キサキ?」


 驚きのあまり素っ頓狂な声をあげてしまった。奴の名前が私と同じ『キサキ』である事に吃驚したのだ。


「その事については後で説明するよー刹」


 放り出されて転がっていた烈が、私に寄り添いながら言った。

 が、次の瞬間には、またクロウの手によって遠くに放り出されていた。


「ちょ!?」


「近い。これに寄るな」


 抗議の声をあげようとしたが、さっきまでの甘い声はどこへやら、ひどく冷たい声でクロウは烈に吐き捨てるように言った。おい、態度がおかしくないか? これ普通逆だろ。


「ちょっとまてお前! あれ一応勇者だろ!? 勇者を投げ飛ばしていいのかよ!?」


「だからかまわんと言っているだろう」


「いやかまうよ! むしろ何で私を投げ飛ばさない!? 普通怪しい私の方を拘束するでも投げ飛ばすでもするだろう!?」


「お前を投げ飛ばしたりなどするものか。もしそんな事をする輩がいたら……」


 クロウの瞳がスッと細められる。周囲の温度が一気に冷え込み背中を冷たい汗が伝い落ちる。


「……潰す」


 おい烈。おい勇者様。目の前に魔王がいるぞ。今すぐ討伐しろ。お願いだから討伐してください。


「……無理です」


 私の視線の意味を正確に読み取ったのか、烈はさっきまでとは違う涙を目に浮かべプルプルと震えながら言った。

 使えん! なにこの勇者使えない!

 勇者のオマケだからハッキリ言うが、お前今勇者の威厳の欠片もないぞ! 言うなればチワワ! チワワのような存在!

 もういい! このチワワみたいな勇者を連れてこの魔王から逃亡してやる!


 私はこの時知る由もなかった。

 まさかこの後、この魔王から求婚という名の脅しを頂き、無敵と思っていたチート能力をなんなく破られ、絶対に行きたくないと思っていた王城に無理やり連行される事になろうとは。

 まったく、全然、欠片も思いもしなかった。


********* 神様視点 **********


 あ、どもども、こんにちは。神様です。

 今回も異世界の木崎家の双子さんを召喚させていただきました神様です。

 いやぁ、やっぱ木崎さん家はいいね! 勇者にピッタシ! 僕が与えた能力がちゃんと使えるからね! 普通の異世界人だと妙な雑念って言うかノイズが入ってちゃんとシンクロしないから、木崎さん家みたいに何も考えてないお馬鹿……いやいや、純粋な人達ってすごい助かる!

 今までは一人ずつ召喚させてもらってたんだけど、今回は事情が事情なだけに二人いっぺんに来てもらっちゃいました。

 今回はねぇ、長く続いた魔族との戦いを終結させるっていう役割の勇者と、あと魔王そのものを鎮める勇者を呼んでみました!

 戦いを終結させる勇者っていうのは言わずもがな烈君ですね! あのヘタレ……いやいや、優しさがまさにベストマッチ! な役割だったんじゃないかと自画自賛します!

 そして次に……これが最も重要な案件だった訳ですが……魔王を鎮める役目……まぁぶっちゃけ生贄ですね。それが刹ちゃんです。

 で、件の魔王ですが、この世界の人達は皆魔王はいないって思ってるみたいだったけど本当はいるんですよ? それが何を隠そうあのクロウさんです。

 皆魔王は魔族の中から生まれるとばかり思っているようですが、元々魔族だって人間から派生した亜種なわけで、人間から魔王が生まれる可能性だって十分あるんですよ?

 そもそも魔王って言うのは絶望に身を焼かれ憎悪に心を焦がした存在です。誰にも顧みられる事なく、戦いにのみ安らぎを得ていたクロウさんは遅かれ早かれ、いずれ魔王になっていた事でしょう。まぁ本人は自覚なかったようですが。

 それに、実際に魔王になったとしても、元々人間だったという事で、また違う名前がつけられていたかもしれませんね。こう、世紀の虐殺者とか。

 で、そうなったらそうなったで、また勇者を呼んで倒してもらえばいいかなぁとかも思ったんですけど……一応勇者の家系の人間だし、彼がああなったのはちょっとだけ神である僕のせいかなぁとかも思った訳ですよ。

 だからまぁ、神の温情みたいな物で、今回も異世界の木崎家の方に犠牲になっていただきました。

 別にクロウさんが怖かった訳ではありません。このまま行くと神である僕を殺しにきそうな勢いだったとか全く関係ありません。

 自分の身の安全のために生贄として刹ちゃんを魔王に捧げたわけでは決してありません。

 それで良心が咎めて、最初の一年くらいは自由を味あわせてあげようと召喚場所をズラしたなんて事実は一切ありません。

 ありませんったらありません。


…………ごめんね刹ちゃん。


【勇者のオマケ改め……魔王の生贄】完

頑張って完結させたいと思います。更新は遅くなるでしょうが生暖かく見守ってください。よろしくお願いします。

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