【第33話 元木工職人】
ワタルは首都の警備の仕事を始めていた。
広すぎる屋敷にはメイドと執事が三十人もいる。日本にいた頃とはまるで違う贅沢な日々だったが、一つだけ不満があった。ほぼ毎日、ランチタイムにマーガレットが差し入れをしてくることだ。
この日もいつものように馬車で現れた。
「こんにちは、マーガレットさん。今日も美しいですね」
社交辞令だけでマーガレットの顔が真っ赤になって俯いてしまう。
「今日はサンドイッチを作ってきました。ちゃんと家畜肉のハムで作りましたよ!」
「ありがとう!いつも気を使わせてすまないね」
マーガレットは照れながらバスケットから弁当箱を取り出した。
ワタルが目を止めた。
「え?……それ、曲げわっぱですか」
「え?この箱ですか?曲げわっぱって言うんですか?どこかの献上品らしくて、お父様から頂いたんです。サンドイッチを入れるのにちょうど良くて。ご自宅にもまだありますから、ワタルさんにもお持ちしましょうか?」
「あ、いや、俺はいらないよ。ちょっとだけ故郷のことを思い出しちゃっただけ」
ワタルは異世界には似合わない曲げわっぱに入れられたサンドイッチを食べながら、来翔の事を考えていた。
(来翔さん、今頃どこにいるんだろう)
◆
その頃、南区のビリーの屋敷にシモン区長が来翔を訪ねてきた。
「この度は我が区の憲兵が申し訳ありませんでした。冤罪の件はどう詫びれば良いやら……」
「そこまで怒っていませんし、気にしないでください。憲兵の皆さんも真っ当な仕事をしていただけですから」
「そう言っていただけると本当にありがたい!実はお願いがございまして。来翔さんが労役中に作られた曲げわっぱが首都で大変な評判でして。総督のお嬢さんが大変お気に召したようで、さらに欲しいとのご要望がございました。つきましては来翔さんに新たな曲げわっぱを制作いただき、首都へ献上に行っていただけないでしょうか。ちょうど首都には勇者様もいらっしゃいますし」
「曲げわっぱをですか。総督のお嬢さんがあれを……ずいぶん古風な趣味をお持ちなんですね。それなら、お嬢さんのような高貴な方には蒔絵の重箱なんかも作りましょうか?」
「じゅ、重箱?蒔絵?とはどのようなものでしょうか?」
「曲げわっぱの超豪華版ですね」
シモンが目を輝かせた。
「是非お願いします!総督閣下もきっとお喜びに!」
◆
来翔は南区の材木店にやってきた。
「献上品の重箱はどの木で作ろうかな……。異世界の木材については全く知識がないんだよな」
店主も蒔絵の重箱を知らないので、どれを勧めたら良いのか困り果てていた。
「来翔さん、高級な曲げわっぱでしょう?それでしたら、私の故郷の森の木をお使いになるのが献上品に相応しいですわ」
リスタオールが口を挟んだ。
「リスタオールさんの故郷の木材ですか?この店にありますか?」
「材木店に並ぶことはありません。直接、故郷まで取りに行かなければ手に入りません。高級すぎて金銭では取引できませんの」
「買えないなら無理じゃないですか」
「直接取りに行けばタダですわ。自分で拾えば良いんですから」
「勝手に拾っても大丈夫なんですか?」
「もちろん。私の故郷にはその木しか自生していません。エルフは薪でさえその木を使いますのよ?」
「薪にするんですか……どんな木なんですか?」
「世界樹ですわ」
来翔の手が止まった。
「せ……世界樹!?」
「そうですわよ。ご存知でしたか?」
「名前だけは……。それって、工具で普通に削れますか?オリハルコンのカンナとか必要ですか?」
「ウフフ、特別な工具は必要ありませんわ。ただし、世界樹を拾えるのも加工できるのも、草木から愛された人だけですの。来翔さんはフェアリーを従えておりますから、条件は満たしています。ただし、加工はエルフの森の中でしか出来ませんの」
「それは何故ですか?」
「まず法律です。世界樹はおがくずにさえ価値がありますの。加工済みでなければ外へ持ち出せません。それから実用上の問題として、森の外では世界樹は非常に硬い。ミスリル以上の工具でなければ削れません。でも森の中では柔らかい。世界樹は世界樹の森の中でしか加工できないのですわ」
「なるほど……わかりました。それなら行きましょう、エルフの森へ」
◆
来翔一行がエルフの森を目指すことになった。
水と食べ物の都合でカスミはLEONと共に奥尻島へ一時帰還した。来翔は今の状況をまとめた報告書をカスミに持たせた。
エルフの森へ向かうメンバーは来翔、ネーラ、レフト、リスタオール、護衛としてビリーの四人一羽となった。
旧コナ国の国境付近でビリーが注意した。
「ここから先は魔物が出るぜ。来翔も戦えると思っていいんだよな?」
「こちら側の魔物の強さはわかりませんが、やってみます」
「ガハハ!ワニ族やゾーン団に勝てるアンタが魔物にやられるはずがねぇよ!」
リスタオールが恐る恐る手を挙げた。
「あの、私はMPは誰よりも多いのですが、一切戦えませんので……宛にされても困りますわ」
「え?エルフって弓や精霊魔法が使えないんですか!?」
「なぜ、エルフだと弓や精霊魔法を使えると思われるのですか?そんなエルフは見たことがありませんわよ?」
「す、すみません。あちら側の勝手なイメージでした……」
来翔は内心で少し凹んだが、気を取り直して国境を越えた。
街道沿いには野良の馬車業者が客引きをしていた。
「ここからひたすら西です。歩くと約二週間。馬車なら一週間、蜘蛛車なら五日ですわ」
「蜘蛛車?」
馬車業者の中に、馬ではなく巨大な蜘蛛に幌車を引かせている業者がいた。
「あぁ、あれが蜘蛛車か」
来翔が料金を聞くと一日十五万Qだという。即座に断って馬車業者に切り替えた。一日一万Qの人の良さそうな老御者の馬車を選んで、西を目指して走り出した。
「リスタオールさん、この世界の人はどうやって方角を見るんですか?星や太陽ですか?」
「星や太陽でどうやって方角を……?西なんて簡単にわかりますわよ。風ですわ。風は常に西から吹いていますでしょ?」
「そうなんですか!向かい風なら西ということですか。帰りは追い風になるんですね」
「当たり前ですわ。本当に異世界の方はそんなことも知らないのですわね。逆に興味が沸いてきましたわ。異世界では星や太陽で方角を?」
「昔の人はそうでした。今はスマホかな」
「すまほ?なんですの?」
来翔がスマホを取り出してリスタオールに渡した。
「こちらでは使えないんですが、あちらではこれがあればどこへでも行けるんですよ」
「便利ですわね。でも、こんな小さな板ですと無くしたら大変ですわね」
「まさにその通り!異世界人はこの板を無くすと大人でも泣くことがあるくらいですよ。バカみたいでしょ?」
「ほら!私もスマホ持ってるんだよ!見て見て!日本はすごく綺麗な国なんだ!」
ネーラがリュックサックから三インチのスマホを取り出して、乙部町の景色や、クリスマス、ひな祭りの映像をリスタオールへ見せた。リスタオールは幸せそうな景色の数々を、バッテリーが切れるまでずっと眺めていた。
「あら、ごめんなさい。何も映らなくなりましたわ……」
「電池が切れただけだよ!充電すれば元通りになるの!」
「では私が回復魔法を施しますわ」
「スマホは回復魔法で充電できないよ!来翔!充電してよ!」
来翔がソーラー充電器をスマホに繋いだ。リスタオールが少し残念そうな顔をした。
「回復魔法でも回復できないものがあるのですわね……」
「うん!日本には魔法が使える人がいないから、明かりも暖房も全部電気なんだよ!」
「それなら電気系統の魔法を取得すれば、日本で役に立ちますわね」
「そうだよ!来翔!電気魔法使いを仲間にしたら毎月の電気料金が安くなるんじゃない?」
「ハハハ、それは難しいな。電気って直流か交流かで全然違うからね」
異世界の電気魔法を家庭の電力に転用するのが不可能なように、回復魔法でスマホは充電できない。この世界にはこの世界の理がある。馬車に揺られながら、そんなたわいもない会話が続いた。
そのとき。
「お喋りを一旦、止めてもらおうか。来翔、お客さんだぜ」
ビリーが厳しい顔で前方を指した。
御者が続けて叫んだ。「オークだ!オークが出た!」
街道の前に、身長二メートルを超える二足歩行の豚顔の魔物が三匹、馬車の馬を狙って待ち構えていた。馬が怯えて立ち止まった。
来翔とビリーが馬車から降りて、馬の前に立った。
「来翔、やってみるかい?ワニ族やゾーン団よりは遥かに弱いぜ?」
「ビリーさんは武器は?」
「俺様は殴ることしか出来なくてな」
「わかりました。それなら僕も似たようなものです」
来翔が杓文字を構えた。
「おいおい、そんな木ベラで戦うつもりじゃないよな?」
「僕の故郷の広島県ではこれが最強の武器なんですよ」
二人がオークに向かって同時に踏み込んだ。
ビリーが右のオークの腹にボディブローを叩き込んだ。
ドゴーーン!!
来翔は左のオークの腹に、広島カープのランス——リチャード・ランス——のフルスイングを放った。三振かホームランか、迷いのない豪快な一振り。当たれば消えるまで飛んでいく。
ビダーーン!!
左右のオーク二匹が同時に絶命した。
残る真ん中のオークへ、二人が間髪を入れずに同時に踏み込んだ。
ドゴーーン!!
ビダーーン!!
真ん中のオークも絶命した。
リスタオールと御者が唖然として見ていた。
「あら……来翔さんはただの木工職人ではなかったようですわね……」
「そうだよ!来翔は人類初のC'なの!近接戦闘を認められた唯一のC-Classハンターで、月給が九十四万円から百七万円に上がったんだよ!凄いでしょ!」
ネーラが胸を張った。
絶命したオークが街道を塞いでいたので、ネーラがオークに軽量化を唱えた。来翔とビリーが二人がかりで道の端に退けていると、御者が馬車から降りてきてオーク肉の解体を始めた。
「旦那、せっかくですから上手い部位だけ切り出しましょう。今夜の晩飯になりますよ」
御者は鮮やかにモモ肉を切り落として馬車に積んだ。
馬車が再び走り出した。
向かい風が心地よく流れていた。西の方角から、ずっと。




