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【第25話 レベルアップ】

 Ωを発動してから二週間が経った。


 空爆で損傷していた自動迎撃システムが再起動した。この二週間、軍隊がゲートを通過してきたことは一度もなかった。迎撃システムの復旧に伴い、毎朝の鍋釣岩破壊も終了することが決まった。


 奥尻島には広範囲攻撃に特化した桜井が残ることになり、その孫請けとして来翔も島に留まった。


「ネーラとLEONさんはどうする?江差に帰るか?」


「LEONはカスミとレフトが心配だから帰りたいって。私も奥尻には遊ぶところがないから帰りたい。でも……桜井が来翔にちょっかいかけてくるし」


「桜井さんと僕とでは歳が違いすぎるよ。親子ほどとは言わないけど、僕と桜井さんのお母さんの方が歳が近いはずだ。ワタルさんのヘリに乗せてもらえるよう頼んでおく」


 カーコとキーコのチヌークに乗って、ネーラとLEONは江差へ帰っていった。



 ◆



 基地の自販機前で缶コーヒーを飲んでいると、桜井が横に来た。


「来翔さん、さっきのヘリで妖精さんは帰ったんですか」


「はい。うちの妖精はインコも飼ってるので、世話もあるし。今の奥尻は子供には退屈でしょ」


「ウフフ、そう聞くと妖精って普通の子供みたいですね。私にもいつか見えるのかな」


「心を通わせると見えるらしいんですが、見えない相手と心を通わせるのはほぼ不可能ですよね」


 思わず二人で笑ってしまった。


「アハハ、確かに。でも、実際に目で見えるLEONさんとも親しくなれる気がしません。函館山の印象が強すぎて、別の種族とはいえ怖いです」


「すみません、今後はLEONには現場には来させないようにします」


 来翔は心に刻んだ。桜井も詩音も、トカゲ人類に対するトラウマを抱えている。LEONが仲間であっても、彼女たちの前に連れていくのは控えよう。



 ◆



 五日間、ゲートを通過してくる侵入者はゼロだった。


 桜井が名寄市へ帰ることになり、孫請けの来翔も江差へ帰る段取りになった。が、クロガネ幕僚長に呼び止められた。


「幕僚長としてではなく、一人の男として話したいことがあります。来翔さん、ネーラさんかLEONさんにゲートの向こう側を調べてきてもらえないでしょうか」


「どちらも、僕の頼みなら引き受けてくれると思います。ただ——」


「ただ、何ですか」


「アチラの事情がわかったところで、日本政府がアチラの人たちと和平交渉できるとは思えません。アメリカの言いなりな政府が異世界との和平を選ぶとは考えにくい。それに、LEONさんはアチラでもお尋ね者ですので、使者としては最も相応しくない。ネーラは希少種なので、魔法の才能がある人には話を聞いてもらえるかもしれません。ただ、アチラでも妖精が見えるのは魔法の才能がある人だけだそうで——実は地球人がネーラの姿を見られないのも、地球人には魔法の才能がゼロだからなんです」


「なるほど。LEONさんを使者として行かせると逆効果になる可能性があると」


「はい。ネーラならまだ対話になるかもしれませんが、アチラでも簡単に捕まって屋台で売られたような子ですから……使者としては少し心もとないです」


 クロガネ幕僚長は持っていたマグカップを落としそうになった。「そ、そうですか……。どちらも使者としては相応しくないんですね」


 来翔はあっけらかんと答えた。


「それなら、僕がネーラとLEONさんと三人で行ってきましょうか」


「は?」


「それなら、僕がネーラとLEONさんと三人で行ってきましょうか」


「大事なことなので二度言いましたが、もう一度言いましょうか。新政権がハンターの県外活動を認める法律を作りましたよね。北海道以外で活動しても、もう罪には問われない」


 クロガネ幕僚長がマグカップを床に落とした。カランカラカラ……という音が会議室に響いた。



 ◆



 その日は結論が出なかった。来翔は江差に帰った。


 帰宅してから、ネーラとLEONに異世界の話を聞き始めた。


「ネーラの国は妖精しかいないのか」


「うん。ミツバチと一緒に暮らしてて、収入源は蜂蜜だよ」


「妖精は全員、付与魔法しか使えないのか」


「うん!攻撃魔法も防御魔法も無理。女王様でも無理」


「LEONさんの家はゲートから近い?」


 ネーラが通訳した。「お尋ね者だから家なんてないってさ。カメレオン族はトカゲ王国の中では、保護色の隠密行動が元で卑怯者と蔑まれる種族だから、王国を出る人しかいないんだって。他国で暗殺者かスパイになるのがほとんどで、自宅って概念がないみたい」


「帝国に行ったことはある?」


「私はないよ。LEONはあるってさ。帝国はゲートのあるXXX国の周辺で一番栄えてて、人間族だけじゃなくて獣人も亜人もいろんな人種がごちゃごちゃに暮らしてるんだって」


「LEONさんはアチラで使えるお金はどれくらい持ってる?」


「この家を新築で建てられるくらいのお金があるってさ。アチラでは土地はタダだけどね」


「空気はこちらと同じか」


「たぶん同じだよ。魔素があるかないかの違い。LEONの目は魔素も見えるから、LEONは、こちらの魔素がない空気の方が好きだってさ。妖精族も魔素は見えてない」


「国に入る時に身分証は必要か」


「身分証?何それ?」


「わかった。それだけ聞ければ十分だよ。最後に僕がアチラへ行って泊まれる宿はあるかな?」


「え?来翔がアチラへ行くの?」


「まあ、憲法と新法の辻褄合わせ次第かな?」


「LEONがお尋ね者でも泊まれる宿なら世界中に知ってるってさ。もしも、妖精の国に来るなら私の家に泊めてあげるね!」


「僕でも入れるくらいでかい家なのかい?」


「あ、そっか!来翔とLEONは家の外で寝るしかないね」


 その夜から、ネーラは久しぶりの里帰りに向けて荷造りを始めた。小さな手で虫カゴの中を整理して、ペプシの青いキャップを一番上に置いた。



 ◆



 数日後、ワタルが来翔の家に来た。


「本気でアチラ側へ行くんですか」


「誰かが一度は行ってみないとね。あとは憲法と新法の辻褄合わせ次第だって幕僚長が言ってます」


「県外活動の許可法を曲解しすぎですよ。本当に来翔さんには驚かされる……」


 ワタルが一息ついてから、真剣な顔で言った。


「俺も行きますからね」


「そうですか」


 二人の会話の意味はわからなかったが、何かを察したLEONが保護色になって消えた。カスミが台所から顔を出して明るく言った。


「ありゃま!二人が深刻な顔してるからLEONちゃんが消えちゃった!あの子は臆病なのよ、すぐに消えちゃうんだから」


 二人は思わず笑った。


 それでも、政府の回答を待つしかなかった。



 ◆



 一方、福島県の帰還困難区域では、高さ五メートルの鉄筋コンクリートの壁が完成していた。


 日本政府は「隔離のため」と説明した。だが誰の目にも、それは国境線にしか見えなかった。世論の反発が限界を超えた。


 民間の軍事組織が立ち上がった。「Lizard Killer's Company」——略してLKC。日本の複数の企業が共同で出資し、自衛隊並みの兵力を持つ組織だ。国から銃の所持許可を得て、壁の外側に詰所を次々と建てた。


 コモドドラゴン族が壁を越えて人狩りに来るたびにLKCと衝突した。それが煩わしくなったトカゲ戦士は、人狩りをトカゲ軍の人間兵に任せるようになった。人が人を狩る。LKCは人間兵への攻撃許可を出した。


 日本人と日本人が銃口を向け合う光景が、当たり前になっていった。


 戦場は帰還困難区域を超えて郡山市まで広がった。国道四号線が分断され、東北が徐々に孤立していった。


 そんな地獄絵図の中で、トカゲ戦士に新スキルが派生した。


「汚染耐性」。


 それを得た七名のトカゲ戦士は、原発に近づけるようになった。


 人間兵が教えた。原発には燃料棒というものがあって、それを東京湾に持ち込めば人間は降伏する、と。


 汚染耐性を持つワニ族二名が、専用の容器に納めた燃料棒を海から東京湾まで運んだ。お台場に設置して、すぐに福島へ引き返した。


 その日のうちに東京がパニックに陥った。


 福島の帰還困難区域では、静かな変化が起きていた。


 ダラス将軍と他のトカゲ戦士たちのレベルが、一つ上がっていた。




 


 



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