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【第22話 LEON】

 函館山決戦をマスコミはワタルと詩音と桜井の完全勝利として報じた。


 来翔はその報道を横目に、さっさと江差の自宅に帰っていた。


「カツミさん、留守中ありがとうございました。函館のお土産の田村のせんべいです。地元の人がオススメしてくれて、僕も食べてみたら凄く美味かったもので」


「ありゃま、南部せんべいかい!懐かしいね〜。でも来翔さん、次から人様に南部せんべいを買って行く時には水飴も一緒に買うのがマナーだよ。私らみたいな道南の人には水飴はいらないけどさ」


「え、そうなんですか。南部せんべいに水飴を付けて食べるんですか」


「そうだよ。この辺の道南の人間は付けない人も多いけどね。南部せんべいは水飴を垂らして食べるために薄味に作ってるんだから」


 カツミが南部せんべいをありがたく抱えて帰ると、ネーラが耳の部分をパリパリとかじりながら来翔を見上げた。


「どうして水飴を買ってないの!」


「ごめん、見てなかったよ。広島育ちだから南部せんべいなんてほとんど食べたことがなかったんだよ」


「どうりでこの耳に味がないわけだ!」


 それでもネーラはパリパリと食べ続けていた。



 ◆



 ちょうどその頃。


 津軽海峡を越えたワニ男三名とコモド男四名が、青森県の下北半島に上陸していた。


 彼らが足を踏み入れたのは猿ヶ森砂丘——日本最大の砂丘だ。ただし、この砂丘のほぼ全域は防衛省装備庁の「下北試験場」として管理されている。立ち入り禁止。一般人は一歩も入れない。自衛隊員が実弾演習を行う場所だ。


 敗走中のトカゲ人類は、まんまと日本最大の演習場に飛び込んだ。


 防衛省は即座に命令を下した。


「トカゲ人類は生死を問わず」


 函館山の惨劇を知っている自衛隊員に手加減などなかった。海から砂浜に上がってきたトカゲ人類七名に、容赦なく砲撃が始まった。


 ダラス将軍は即座に判断した。耐久力の高いワニ族三名が盾となり、砲撃の中を真っ直ぐ敵の隊列へ突進した。隊列が崩れた瞬間、同士討ちを恐れた自衛隊員の砲撃が止まった。


 その刹那にコモド男たちが動いた。自衛隊員に噛みつき、毒を入れ、倒れたところを仕留める。毒の恐ろしさに逃げ出す隊員も出た。


 ダラス将軍は冷静に周囲を見渡した。毒で倒れた隊員の装備に、見慣れない小さな金属の塊があった。


 手榴弾だ。


 見よう見まねで安全ピンを抜いて、自衛隊員の集団へ向けて投げた。ダラスの投擲は軽く二百メートルを超える。爆発が起きた。


(これが、魔法というものか)


 ダラス将軍はコモド男たちに同じ動作を指示した。奪っては投げ、奪っては投げ。猿ヶ森砂丘から自衛隊員が消えるのに、さほど時間はかからなかった。


 砂丘には手榴弾が山ほど残っていた。トカゲ人類にとって、それは人肉より優先度が高い戦利品だった。


 数日後、「投擲」スキルがトカゲ人類に派生した。


 投擲スキルを獲得したダラスの手榴弾は、空の爆撃機が飛ぶ高度に届くほど飛距離を伸ばした。当たることはなかったが、近くで炸裂した破片がコックピットのガラスを割り、不時着を余儀なくされる機体が出始めた。空爆が使えなくなった自衛隊と米軍は潜水艦からのトマホーク攻撃に切り替えた。


 だが海はワニ族の庭だ。潜水艦の巨体など、手榴弾を括り付ける大きな的に過ぎなかった。


 その間もコモド男たちは腹が減るたびに下北半島で餌を調達した。行方不明者が続出した。やがて、食べきれない四十名が自衛隊の倉庫に溜め込まれた。


 トカゲ人類の指は太く、引き金を引けない。コモド男たちは放棄された銃を四十名に持たせた。四十名は選んだ。餌になるよりは、トカゲの兵士として生きる道を。救出に来た自衛隊と米軍へ向けて銃を構え、高射砲を放ち、自走砲を操った。


 ダラス将軍は四十名を餌として扱わないことを決めた。私兵として歓迎し、採れたての人肉で宴会を開いた。四十名は吐きながら、それに付き合うしかなかった。


 猿ヶ森砂丘は奪還不可能地帯となった。かつての江差町のように特区とする法案が国会で浮上し始めた。


 首相が記者会見でこう述べた。


「冬になればトカゲは冬眠します。それまでは下北半島の皆様には疎開していただくしかないと考えます」


 その発言で国会は解散した。



 ◆



 来翔はそのニュースをテレビで見ながら呟いた。


「本当にダラス将軍ってのは、君たちの世界の英雄なんだな。たった七人で自衛隊と米軍相手に優勢に立てるなんて、こちら側の諸葛亮孔明より戦いのプロかもしれない」


 ネーラが隣で言った。


「『諸葛亮孔明という人物は知らないが、ダラス将軍はアチラでは教科書にも載るほどの英雄だ。アナタはそんな英雄に敗走させた最高の戦略家だ』だってさ!」


「ハハハ、それは褒めすぎだよ。レオンさん」


 来翔のダイニングテーブルに、コーヒーカップが三つあった。


 来翔とネーラのそれとは別に、テーブルの向かい側に一つ。そこに座っているのは、カメレオン男だった。


 保護色を解いた状態で、ヒラメの刺身をひとつずつ丁寧に食べている。箸の使い方を覚えたのはいつの頃からだろうか。醤油にしっかりつけてから食べるようになっていた。


 カメレオン男は二度目のゲート通過だった。本来のスキルである保護色から「ステルス」が派生していた。完全に気配を消し、迎撃システムにも反応されることなく奥尻島のゲートを通り抜けてきたのだ。ネーラを通じて江差在住だとは伝えてあったが、来翔の自宅に辿り着くまでにどれだけの時間がかかったのかは誰も知らない。気がついたら台所に立っていたので、来翔は最初は幽霊かと思って飛び退いた。


 カメレオン男は来翔に名前を尋ねられた。地球人が発音できない本名の代わりに、来翔がLEONと名付けた。映画のLEONを思い出したからだ。孤独な暗殺者が、縁もゆかりもない女の子を守りながら生きる——そのイメージが、賞金稼ぎのカメレオン男に重なった。


 LEONはダラス将軍のことをよく知っていた。ダラスはアチラの世界では追いかけてきた一味だ。同じトカゲ人類とはいえ、ダラスが仕える王とLEONの間に縁はない。むしろLEONはアチラではお尋ね者で、どの国家にも属さないソロの賞金稼ぎだ。今回も裏切りや寝返りではない。ただ、ゲートの前でお前に命を救われたという事実があるだけだ。


 ネーラがLEONの言葉を通訳した。


「『来翔なら勝てるだろ。俺をアナタの駒として使え。俺の暗殺者としての能力は、アナタならさらに引き出せるだろ』だってさ」


 来翔は少し間を置いてから、優しく微笑んだ。


「……よろしく、LEON」


 LEONはコーヒーを一口飲んで、テレビのダラス将軍を静かに見つめていた。




 







・南部せんべいは「保存食」から進化したお菓子です。つまり昔の人の非常食。なので味付けはかなり控えめ。その結果、「水飴を塗って完成する食べ物」という謎文化が誕生しました。初見の人はだいたい「先に言って!?」となります。

・南部せんべいの“耳”だけ先に食べる派は全国に存在します。中央は後回し。たい焼きと同じく、人類はなぜか端っこから攻略したがる習性があります。

・道南民は「水飴つける派」と「そのまま派」で静かに分裂しています。なお本人たちは争ってないつもりですが、「え、水飴つけないの?」の圧だけは結構強いです。

・硬い南部せんべいは、たまに「これ本当に食い物?」みたいな個体が混ざっています。だがそれがいい。歯で戦うタイプのお菓子です。

・ピーナッツ入り南部せんべいを初めて考えた人は天才です。南部せんべい界におけるニュータイプと言われています(言われてません)。


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