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【第12話 良いスキルだ】

 江差奪還作戦の失敗を受けて、アメリカは渡島大島の開発をさらに急ピッチで進め始めた。


 それを受けて、中国とロシアが挑発行為を繰り返すようになった。潜水艦や軍艦が渡島大島周辺に頻繁に出没し、アメリカはNATOへ出動要請を出した。かつて日本最大の無人島だった渡島大島は今や、世界中の軍事費が集まる軍事都市へと変貌していた。


 そんな中、北朝鮮が動いた。


 渡島大島への抗議として、大陸弾道ミサイル「火星19」をアラスカへ向けて発射したのだ。


 だが、打ち上げから数秒後——渡島大島から次世代迎撃ミサイル「NGI」が発射された。


 NGIは一発のミサイルから複数の「キル・ビークル」と呼ばれる衝突体が飛び出す兵器だ。本物の弾頭とデコイを全て見分けて撃ち落とす、いわば「空中の盾」だ。火星19は北朝鮮の空の上で空中分解し、その残骸が自国の街へ降り注いだ。


 打ち上げから迎撃まで、数秒。


 これはロシアと中国にとって衝撃的な事実だった。大陸を横断することができなくなった——そう悟った北朝鮮は、ロシアと中国の静止を無視して、アメリカへ向けてさらに数発の大陸横断ミサイルを撃ち込んだ。だが全て同様に数秒以内に迎撃され、残骸が北朝鮮の街に降り注いだ。


 それに乗じて韓国軍が北朝鮮へ侵攻した。


 三週間後、北朝鮮という国は地図から消えた。朝鮮半島は大韓半島と呼ばれるようになった。



 ◆



 来翔はそのニュースをテレビで眺めながら、コーヒーを飲んでいた。


 テーブルの上では、ネーラが必死に何かと格闘していた。


 五百ミリのペットボトルのスクリューキャップだ。ペットボトルの上部に足を絡めて、両腕だけで回そうと汗をかいている。


「ネーラ、無理だよ。開けてやるから貸しな」


「フタくらいは自分で開けてみたいんだよ……炭酸のジュースとかフタを開け閉めできるようになれば、炭酸が抜けなくなるもん!」


 諦めない。意地になっている。


 そのとき。


 プシュ、という小さな音がした。


 あれだけ固かったスクリューキャップが、クルクルと回り出した。


「やった!回せた!見て見て来翔!開けられた!早く見てよ!」


 来翔がキナ臭いニュースを消してテーブルを見ると、コーラのキャップが外れていた。


「お、やったじゃないか」


 来翔がキャップにコーラを注いでやると、ネーラはそれを受け取ってゴクゴクと飲んだ。


 直後、ネーラが騒ぎ始めた。


 久しぶりに異世界語だった。何を言っているのかわからないが、嬉しそうなのはわかる。しばらく騒いで落ち着いたネーラが、ようやく日本語で言った。


「来翔!わたし、レベルアップした!スキルも獲得できた!良いスキルだ!『蓋開け(pet)』だって!ねえ!蓋開けスキルを試したいから、もう一本ペットボトルを出してよ!」


「……まさか、ペットボトルのキャップを開けただけで?レベル2になったのか?」


 来翔はおーいお茶をテーブルに置いた。ネーラは同じように足を絡めて腕を回した。今度は、するりと開いた。


「やったー!もう力を入れなくても開けられる!スキルのおかげだ!」


 ネーラが喜んでいる。来翔は、素直に喜べなかった。


(不味い……異世界人は地球でもレベルアップできるのか)



 ◆



 来翔はすぐにワタルを呼んだ。


 ワタルは事情を聞いて、険しい顔をした。


「妖精さんがペットボトルのキャップを開けただけでスキルを獲得したということは……ヤツらが車を運転しただけで『運転』スキルを得る可能性があるということですよね。しかもレベルアップまで」


「だから、今の江差の異世界人は日に日に強くなってる可能性があります」


 二人はすぐに上ノ国町基地へ報告しに行った。


 結果は、以前と同じだった。


 エビデンスのないものは採用されない。それどころかワタルと来翔は精神疲労が激しいと判断されて、無期限の休暇扱いにされてしまった。二人にはカウンセラーが付けられ、一日おきに往診が来ることになった。



 ◆



 今日はドクター本城という女医が来翔の自宅に来ていた。


 穏やかな笑顔の、来翔より少し若そうな女医だった。


 ネーラは本城が来た瞬間から機嫌が悪くなっていた。来翔に近づく異性が大嫌いなので、本城のすぐ目の前に立ち塞がってにらみつけている。本城にはネーラが見えていないので気づいていない。来翔には本城の顔がネーラに遮られて見えない。


「来翔さんもワタルさんも、私から見ると正常なんです。なぜ妖精などと発言されたのか、もう少し教えていただけますか」


「まあ……僕もワタルさんも、ちょっと飲みすぎたのかもしれません。以後気をつけます」


「それならいいのですが。国からしばらくカウンセリングを続けるよう言われていますので、また明後日に伺います」


 本城が帰ると、ネーラがすぐに来翔に甘え出した。


「来翔〜。どうしてあの女が毎日来るの?」


「毎日じゃないよ。一日おきだ。次は明後日。今日はこれから漁港でワタルさんと釣りだぞ。ネーラも来るだろ」


 ネーラは途端に上機嫌になって、虫カゴから来翔お手製の小さな竿を取り出し、来翔の肩に乗った。



 ◆



 上ノ国漁港に着くと、ワタルがすでに糸を垂らしていた。


「カウンセリング終わりましたか」


「はい。次は明後日です。今後はネーラのことは自衛隊には言わない方がよさそうですね」


「そうですね。ただ、ヤツらのスキル獲得については、理論上ありうる現象として取り上げてはくれるそうです。じきに常識になると思いますよ。それに、妖精さんはレベル1からレベル2へ上がりましたけど、江差の異世界人はすでに高レベルのはずなので、そう簡単にはレベルアップしないはずです。まあ、これも地球のRPGの感覚での話ですけど」


 二人が糸を垂らしながら話し合っていると、ネーラが隣で小さな竿を構えていた。


 しばらくして、ネーラの竿に手応えがあった。


「来て来て来て来てー!」


 ネーラが必死に格闘している。来翔が手を伸ばすと、ネーラは意地になった。


「来翔は手を出しちゃダメ!わたしが釣る!」


 ネーラは海中のイワシを見据えて、叫んだ。


「軽くな〜れ!」


 レベル1から唯一使える付与魔法「軽量化(5%)」をイワシに向けて放った。わずかな差だが、それで互角だった戦いがネーラ有利に傾いた。そして、ネーラはイワシを釣り上げた。


「やったー!釣れた!」


 ワタルには、イワシが水面からゆっくりと宙に浮いてくるように見えていた。ネーラ本体も、ネーラが持つ竿も、ネーラの衣服も、ネーラ自身が「自分のもの」と認識したものは全て、ネーラと同様に他者には見えなくなる。なぜそうなるのかは、ネーラ自身にもわからないという。他の妖精も同じらしい。


 ただし、自分より大きなものは消えにくい。来翔の体をネーラが「自分のもの」にしようとしてみたが、さすがに消えなかった。ネーラよりも大きな銃を持っても、それも消えない。


 ワタルの目には、宙に浮いたイワシだけが見えていた。


「おや、妖精さん、イワシですね!」


 ネーラはドヤ顔でイワシをワタルへ向けて掲げた。ワタルには宙に浮くイワシとして見えているが、ネーラからすればイワシのサイズは鮭か、それ以上に感じているだろうと、ワタルは想像した。それがなんだかおかしくて、ワタルは笑った。


「妖精さん、秋になるとここでは鮭も釣れるんですよ。鮭はこれくらい大きいんです」


 ワタルが両腕を七十センチほどに広げて見せると、ネーラは目をランランとさせて、来翔に「鮭って魔物みたいな魚なの?」と聞いてきた。


 来翔は二人を見ながら思った。


(ワタルさんにも、そのうちネーラが見えるようになりそうだな)



 ◆



 二人が「心身疲弊」という名の休暇を漁港で満喫している間、世界の緊張はピークに達していた。


 アメリカは渡島大島からロシアと中国への睨みを強め、中露の反米感情が暴発寸前となった。江差奪還よりも世界情勢の方が優先されるようになり、透明化への対策も後回しにされた。日本政府にも「異世界人のレベルアップとスキル派生について」のレポートは届いていたが、長く冷え込んでいた中露との関係を打開するチャンスの方が優先された。和平という名の駆け引きが、静かに始まっていた。


 そんな中で、アメリカ最大のミステイクが起きた。


 江差沖に停泊していたはずの原子力潜水艦が、消えた。


 アメリカはその事実を隠蔽した。


 だが原因は、すでに始まっていた。


 江差を半年以上実効支配し続けた異世界人の中に、「操縦」スキルを獲得した者が現れていた。


 車を見て、乗って、動かした。それだけで、スキルは生まれた。


 そしてその者は、江差沖の原子力潜水艦を奪って消えた。


 アメリカの原子力潜水艦が、異世界人の手の中にある。


 来翔とワタルの休暇は、まだ続いていた。













・渡島大島は、北海道の西に浮かぶ火山島。普段はほぼ無人で、「名前は聞いたことあるけど行ったことはない日本代表」みたいな島だった。なお、作中では世界中の軍事費が集まり始めた結果、“誰も住んでなかった島に、世界最強クラスの兵器だけが集まる”という、だいぶ怖いことになっている。

・ちなみに渡島大島は活火山でもある。つまり作中の各国は、「異世界ゲートの最前線」であり「軍事要塞」であり「いつ噴火してもおかしくない火山島」に、最新兵器を山ほど並べている。冷静に考えると、立地ガチャがかなり悪い。

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